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試し読み

【キャンペーン実施中】“悪天候”の“館”に呼ばれた“名探偵”。ミステリーの名手、有栖川有栖が贈る「まさかの結末」! 大人気心霊探偵小説「濱地健三郎シリーズ」より「霧氷館の亡霊」特別試し読み!#1

ミステリーの名手、有栖川有栖さんが贈る大人気心霊探偵小説「濱地健三郎シリーズ」。
第3弾の『濱地健三郎の呪える事件簿』の発売を記念して、シリーズ既刊から特に反響の大きかった「あの日を境に」「霧氷館の亡霊」「浴槽の花婿」の3作を期間限定で配信します。
試し読み第2弾は『濱地健三郎の霊なる事件簿』 (角川文庫) より「霧氷館の亡霊」。ぜひ読んでみて下さい!

サイン本プレゼントキャンペーン実施中‼

これを記念して10月11日(火)より、Twitterで感想を投稿くださった方を対象に、シリーズ1作目のサイン本プレゼントキャンペーンを実施中です!
(応募要項は記事末尾をご覧ください)

「霧氷館の亡霊」#1

 急速に発達したシベリア寒気団が北海道と東北地方を包んだため、各地がむろのような寒波に見舞われ、山間部では豪雪による被害が懸念され始めていた。新幹線が関東平野を抜けるや、たちまち空はどんよりと曇って車窓は銀世界となる。
 冬期に北国に出張することは濱地健三郎にとって珍しくないし、寒さを苦にするたちでもない。とはいえ今回の現場は雪深いところらしいので、どこかで思わぬ足止めを食わねばいいが、と案じないでもなかった。
 行く手で何事が待っているかは知れず、仕事の準備のしようもない。本を読むでもなく居眠りをするでもなく、濱地はずっと窓の外を眺め、とりとめもない想念にふけって過ごした。
 東北本線から別の線に乗り換えて、さらに一時間。指定された駅に降り立ったのは午後三時前だ。コートを腕にかけた男が二人、改札口で待っていた。
「濱地先生ですね。遠路はるばるお越しいただき、ありがどうございます。きりやまこうすけです。こんな悪天候の中を恐縮です」
 肩幅の広い大柄な方が、よく響く低い声で言った。くしゃくしゃとした癖のある髪を、ほんのりと茶色に染めている。洒落しやれ者らしいイタリア・ブランドのジャケットに靴。人を威圧するような雰囲気があるのは上背のせいばかりではないだろう。目つきが鋭く、表情にもどこか険がある。年齢は四十を少し越したあたりか。
 昂輔は、さりげなく濱地の全身を観察していたから、この探偵がいくつぐらいなのか見当をつけようとしたのかもしれない。だとしたら何歳にも見えて、自分より上か下かも推察しかねただろう。
 依頼人は彼の妻、桐山なのだが、体が弱いためふだんから家の外に出るのはまれで、ましてやこんな天候とあっては外出ができないために夫の彼が出迎えにきたという。
 一緒に待っていた黒縁眼鏡の男についての紹介はなく、当人も無言のままだった。こちらは中肉中背で、草食動物のように穏やかな表情をしている。昂輔より三つ四つ年下というところだろう。
「ここから車で三十分ほど走りますので、お話は車中で」
 寒冷地仕様のミニバンは、シートヒーターがよく利いていた。黒縁眼鏡がハンドルを握り、濱地らは後部座席に座る。
「雪道を走りますが、彼の運転は確かですからご安心ください」昂輔は言った。「もりといって、うちに同居している人です」
 運転席の男はルームミラーに映る濱地に軽く会釈してから、大粒の雪が降りしきる中、ゆっくりと発車させた。同居人というだけでは、どういうじようなのかはっきりしない。
「杜さんは、お身内の方なのですか?」
 濱地が尋ねると、昂輔は鹿爪らしい顔で答える。
「いいえ、そうではありません。わたしが大変お世話になったことがあるもので、当家に住んでもらっているんです。家族だけでは広すぎるので助かります」
「平たく言うと居候です」
 初めて杜が声を発した。くぐもっていて、やや言葉がめいりようではない。
「三食昼寝付きでは申し訳がないので、運転手から料理人から雑事全般をやらせてもらっています」
「ほお、料理も」
 器用そうには見えなかったので、濱地には意外だった。
「大したものは作れません。『お世話になったことがある』なんて昂輔さんはおっしゃいましたが、とんでもない。ひたすらぼくがお世話になっています」
 数軒の店があるだけの駅前を離れると、町並みはたちまち果て、コンクリートの橋を渡る。いかにも冷え冷えとした川の瀬で、一羽のさぎいんうつな灰色の空を見上げていた。
「濱地先生は普通の探偵ではなく、超自然現象を専門に扱う心霊探偵……なんですね?」
 昂輔が探るようにいてくる。半信半疑なのだろう。
「はい、このとおり」
 対面した時に出しそびれた名刺を渡しながら、肩書を示す。
「呪いやたたりや、幽霊やらについて調べるだけでなく、解決に導いていただけると妻が申していますが、本当ですか?」
「幸運にも恵まれているのか、これまで失敗したことがありません。万一、お役に立てなかった場合は、経費だけいただければ結構です」
「頼もしい。しかし、はたして濱地先生にはるばる東京からお越しいただくほどのことかどうか、わたしには判らんのです」
「電話をかけていらした奥様は、かなり心配なさっているようでしたが」
「あれは根が心配性な上、可愛い息子のことになるとおおにうろたえてしまうから……。いや、わたしもこうのことは気になってはおるんです。精神状態が不安定で、何かにおびえているのは確かなので」
 ルームミラーの中の杜はまっすぐに前を見ていたが、背後のやりとりに聴き入っている気配がある。
 桐山楚乃子から事務所に電話がかかってきたのは五日前のこと。子供の様子が普通ではなく、心理カウンセラーに相談してもらちが明かずに悩んでいたところ、たまたま濱地のことを知って相談をしてきたのだ。
 カウンセリングが有効ではなかったからといって心霊探偵に頼るというのは唐突に思えたが、九つになる息子の昂太は「家の中に何かがいる」と怯え、日常生活に支障をきたしかけているらしい。母親としては、わらにもすがる思いで電話をかけてきたのだ。
「息子の訴えを聞いているうちにわたしにも不安が伝染したみたいで、やすらぎの場であるべき家が薄気味悪く感じられるようになりました。へんなところで申し訳ないのですが、一度こちらにいらして原因をお調べいただけないでしょうか。そして、息子とわたしが平穏を取り戻せるようにしてください」──というのが彼女の切なる依頼だった。
「『家族だけでは広すぎる屋敷』だと奥様もおっしゃっていました。もしかすると、息子さんにはその広さが不安なのではありませんか? 心霊探偵よりも、やはりカウンセラーが対処すべき事案かもしれませんよ」
 ここまできておいて今さら、ということを言って、濱地は昂輔の反応をうかがう。
「あの子は、走り回って遊べるわが家の広さが気に入っていました。小さな頃からずっと過ごしてきた家を理由もなく怖がるようになるのは奇妙です」
 楚乃子によると、昂太に異変が現われたのは三ヵ月ほど前からだということだ。四ヵ月前には同居していた祖母を亡くしている。その影響が出てきたとも考えられたが、母親のみならず父親もそれを否定した。
「息子は義母にあまり懐いておらず、むしろけむたがっていました。お祖母ばあちゃんが死んだショックで精神のバランスを失ったとは思えませんね」
 ひとまずはその言を受けれておこう。
「お化けの映画を観たり怖い本を読んだりしたせい、ということでもありませんよ。それなら本人がそう言うだろうし、息子は繊細でもおくびようでもなく、タイプとしてはやんちゃ坊主ですから。──ねえ、杜さん」
 運転席の男は「ふだんは元気のいいお子さんですね」と言う。杜の目から見ても、このところの昂太は「ちょっとおかしい」のだそうだ。
「まだ何とも言えませんが、息子さんは本当に不可視なものをている可能性もあります。昂太君の血統に、そのような能力を持つ方はいますか? あるいは、いましたか?」
 昂輔は、すっぱいものを口に含んだような顔になる。
「幽霊のたぐいを視る人間はおりません。そういう能力は遺伝するんですか?」
「しばしば。ですが、お身内にいないからといって昂太君がそうでないとはかぎらない。──お屋敷には素敵なお名前がついていましたね」
「亡くなった義父が気取って〈ひようかん〉と呼んでいました。あたりの森によく樹氷ができて、きれいな景色が見られるのが自慢だったんです。〈樹氷館〉でもよさそうなものですが、霧氷の方がしっくりきたんでしょう」
 命名者がどこまで厳密に言葉を選んだのかは不明だが、霧の粒が樹木にぶつかって氷となって付着し、気泡が交じって白濁した色になるのが樹氷で、霧氷よりも意味するものの範囲が狭い。
「失礼を承知でお尋ねします。霧氷館について、よからぬ因縁などはありますか?」
「一切ありません。ひなには似合わぬ大きな洋館というだけで、地元の子供にお化け屋敷呼ばわりされているかどうかまでは知りませんが」
 桐山夫妻は望んでその屋敷で暮らしているが、霧氷館は彼らが建てたものではない。消費者金融業をしていた楚乃子の父が、債務者から借金のカタとして取得したものだった。当初は「そんな物件をもらっても仕方がない」とぼやいていた義父は、交通の便がよろしくない屋敷を法人向けの保養所にでも改装しようと考えたりしたが、しばらく滞在しているうちにいたく気に入って翻意し、半ばリタイアするのを機に引っ越す。娘の楚乃子は高校生だった。彼女は東京の大学に進んで昂輔と出会い、卒業後に結婚。新婚時代を東京で過ごしてから、五年前に家族でこちらに移ってきていた。
 昂輔の義父は勝負勘がえた人物だったようで、利息制限法で定められた上限を超えた過払い金が問題となってとうの返還請求が始まる前に自分の会社を畳み、県内や首都圏にマンションを買って家賃収入で手堅く稼ぐ投資にシフトしていた。義父亡き後はその手腕を義母が受け継ぎ、義母亡き後は昂輔一家がひたすらその恩恵を享受している。
「借金のカタというのが、先生には引っ掛かりますか? 相手は泣きの涙で手放したわけではなく、どちらかというと義父が大損をしたというのが実態ですよ。義父の好みに合ったのは、たまたまにすぎません」
「霧氷館のことで不幸になった人は、過去も現在も存在しない、ということですね。昂太君にとってもいい環境だったそうですが、奥様や亡くなったお義母かあさまにとっても?」
「妻は結婚後に体を壊しまして、静かな場所で落ち着いた生活をするのをありがたがっています。通院する必要がある病に侵されているわけではないから、不便を感じることもない。義母にとっても、のんびり過ごせてよかったでしょう」
「大きなお屋敷にみんなあこがれますが、維持や管理が大変かと。それが負担になることはありませんか?」
「必要に応じて人を呼んでいるので、家の広さに振り回されることはありません。私の家族は妻と息子だけですけれど、他にも同居人が三人いて、何くれと手伝ってくれます」
 杜日出夫の他にも、昂輔の妹の等々力とどろきと、義父と愛人の間にできた娘のみやゆうが暮らしているそうだ。使用人はいないから、霧氷館の住人は締めて六人。
 それぞれの居候たちがやってきた事情を聞き出そうとしたところで、昂輔が「濱地先生」とあらたまった声で言う。
「あと五分もすれば家に着いてしまうので、ここで率直に申します。先生の手腕について疑うつもりはじんもないのですが、わたしが期待しているのは一にも二にも昂太の心が平穏を取り戻すことです。そうなれば妻の憂いもなくなり、わたし自身も安心できる。あくまでも希望するのはそれで、幽霊を退散させていただくには及びません」
 言わんとするところをそんたくすれば、こういうことか。昂輔はもとより心霊現象など信じておらず、心因性のトラブルに悩まされている昂太の気の迷いを打ち消してくれたら充分だ。もっともらしいおはらいの儀式や暗示などで結果を出してくれたらよい、と。濱地は機嫌を損ねるでもなく、そういう場合もあり得るか、と思うだけだった。
 車は曲がりくねったやますその道をたどっていくが、除雪が行き届いているので走行に支障はない。すっぽりと雪をかぶっているのは、昂輔によるとぶなけやきの森で、秋には鮮やかな錦秋を織り成すそうだ。
 霧氷館が木立の向こうに見えてくる。

「霧氷館の亡霊」#2につづく

『濱地健三郎の呪える事件簿』発売記念!
「濱地健三郎シリーズ」1作目『濱地健三郎の霊なる事件簿』サイン本プレゼントキャンペーン



記事の感想をご投稿いただいた方の中から抽選で10名様に「濱地健三郎シリーズ」1作目『濱地健三郎の霊なる事件簿』サイン本をプレゼント!

【ご応募方法】
①KADOKAWA文芸編集部アカウント( @kadokawashoseki )をフォロー
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【応募締め切り】
2022年11月7日(月)23:59ツイート分まで

キャンペーンの詳細はこちらをご覧ください。
https://kadobun.jp/news/campaign/entry-46840.html

ご応募お待ちしております!

作品紹介



濱地健三郎の呪える事件簿
著者 有栖川 有栖
定価: 1,925円(本体1,750円+税)
発売日:2022年09月30日

ここから読んでも楽しめる! 大人気心霊探偵小説第3弾!
探偵・濱地健三郎には鋭い推理力だけでなく、幽霊を視る能力がある。彼の事務所には、奇妙な現象に悩む依頼人のみならず、警視庁捜査一課の刑事も秘かに足を運ぶほどだ。リモート飲み会で現れた、他の人には視えない「小さな手」の正体。廃屋で手招きする「頭と手首のない霊」に隠された真実。歴史家志望の美男子を襲った心霊は、古い邸宅のどこに巣食っていたのか。濱地と助手のコンビが、6つの驚くべき謎を解き明かしていく――。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000334/
amazonページはこちら


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