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不審死体の解剖に立ち会う犬養と高千穂は……。 映画『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』原作小説を特別公開!#4

安楽死の闇と向き合う警察医療ミステリ、中山七里さんの『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』が、綾野剛さん、北川景子さんの共演で映画化。11月13日(金)の公開前に、原作小説の冒頭部分をお見せします。


ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人


>>前話を読む

 これはどういうことだ。
 小枝子と大地の証言がまるで相違している。昨日今日の話なので記憶が薄れるはずもない。
 大地の証言を信じるのなら、自動的に小枝子が噓を吐いていることになる。
 何が一件落着なものか。疑惑で真っ黒ではないか。
 謀殺の臭いを嗅ぎ当てて、犬養の五感が矢庭に鋭くなる。最初の医師が馬籠に注射した薬剤はいったい何だったのか。それが馬籠の命を奪った直接の原因ではなかったのか。
 ぎりぎりで間に合った。今晩が通夜で明日あしたが告別式なら、まだ死体は焼かれていない。
 犬養は再び廊下に出て明日香を呼び寄せる。
「ひょっとしたらとんでもないカードを引き当てたかも知れないな」
「じゃあ、大地くんの言った通り」
「まだ断言はできんが、どちらにせよこのまま遺体を焼かせる訳にはいかん。急いで鑑定処分許可状を発行してもらってこい。それから鑑識を自宅へ呼べ」
 犬養はクルマのキーを明日香の手に握らせる。
「犬養さんはどうするんですか」
 葬儀の式次第はともかく、火葬するはずの遺体をいったん奪われる上に解剖されるのだ。喪主の小枝子以下参列者からは猛烈な反発が予想される。
「精々、現場が混乱しないよう保存に努める。とにかく急がせろ」
 そうして明日香を本部へ送り出した後、犬養は何食わぬ顔で葬儀を観察していた。不審な人物はいないか、誰かが不自然な動きを見せていないか──だが焼香の煙が漂う中、葬儀はつつがなく進行していく。
 葬式は参列者の数で故人の人脈が、そして参列者の態度で生前の信望がうかがい知れる。馬籠健一という人物は交際範囲が狭かったが、小枝子の言うように他人から慕われていたのだろう。おざなりに手を合わせる参列者はただの一人も見掛けなかった。
 動きがあったのは午後十時を過ぎた頃だった。いきなり斎場の外がにぎわしくなったかと思うと、通夜の席に数人の捜査員がちんにゆうしてきた。その中には明日香の姿もある。
 矢庭に小枝子をはじめとした参列者たちが騒ぎ出したが、斎場側には既に事情を説明している。数人がげつこうしたように立ち上がったが、これも犬養が抑えた。
「手続き上の問題です。ご遺体は一時お預かりしますが、葬儀はこのまま続けていただいて結構です」
 だが捜査員たちが健一のなきがらを運び出す段になると、予想通り小枝子が猛烈に食ってかかった。
「あ、あなたたちは何の権利があって主人の遺体を」
 ひつぎに取りすがって離すまいとするのを、犬養が制止させる。
「権利というよりは義務ですね。たとえ病死といえども、疑わしい部分が一カ所でもあれば警察は捜査しなければなりません」
 犬養は努めて平静に言ってのける。相手が感情的になっているのなら、どう思われようがこちらは事務的に対処するのが一番だ。
「馬籠さん。どうして往診にきた医者が二人だったことを言ってくれなかったんですか」
 意表を突かれ、小枝子の表情が凍りついた。やはり大地の告発が真実だったとみえる。
「ご心配には及びません。埋葬の予定は少し遅れるかも知れませんが、ご遺体は責任を持ってご返却します」
 だが小枝子の顔色は、心配の種が他にあることを如実に物語っていた。

 犬養が一課に戻ると、麻生あそう班長がてぐすね引いて帰りを待っていた。
「病死扱いの案件を無理やり掘り起こしてきたというのは本当か」
「無理やりというのは語弊がありますね。ちゃんと鑑定処分許可状を入手した上で遺体を搬送しましたよ」
「女房をはじめとした遺族から抗議の電話が掛かってきた。いったい、どういう算段で事件性を嗅ぎつけた」
 まさか女の言い分よりも子供の言葉を真に受けたとは言えない。
「証言のですよ。別の医者が来ていたのに、それを忘れていたなんて有り得ませんからね」
「しかし二人目の医師が作成した死亡診断書には死因は心不全と記載されていたんだろ」
「最初も本物の医者だとしたら誤魔化す方法があったかも知れません。少年の証言では被害者に薬剤を投与しているようですから」
「本当に事件性があるなら、女房が一枚んでいることになるな」
「ええ。馬籠は零細工場を経営していたそうですから、カネにまつわる話もいくつか浮上するでしょうね」
「保険金殺人、か」
「保険金殺人も否定できません。司法解剖の結果を待って、保険会社にも探りを入れるつもりです」
「しかし、何も出なかったらどうする」
 麻生はめつけるように犬養の反応を窺う。
「通夜の席から遺体をかっぱらった。法医学教室に無理を言って司法解剖した。その結果が大山鳴動してネズミゼロ匹になった場合、誰が責任を取る」
 何もなければそれに越したことはない、というのは責任を取ったことのない人間の台詞せりふだ。殊に組織の場合は予算と面子メンツが行動規範を束縛する。
「二人の医者が来訪したのも、単に最初の医者は役に立たなかったから新しい医者を呼んだとも考えられる。もしそうだったら、どうする」
 それは当然、犬養も考えた。だが、長年現場まわりで靴底を擦り減らした本能が行動に駆り立てたのだ。
「こんな首でよければ、いつでも差し出しますよ。まあ、その時には不本意ながら道連れがくっついてくるでしょうけどね」
 途端に麻生は嫌そうな顔をした。
「今までお前が見込み違いだったことは一度もないが、多少は他人に降り掛かる迷惑も考慮しろ」
 視界の隅で小さくなっている明日香を見つける。独断で捜査を決めたのは犬養だが、巻き込んだ張本人は明日香だ。小さくなっているのは、それを自覚しているからだろう。
 だからなおさら、麻生のしつせきこうべを垂れる訳にはいかない。
「大丈夫ですよ。ちゃんと機能している組織なら、一人が暴走しても軌道修正しようとする力が働きますから」
「……皮肉のつもりか」
「とんでもない。第一、いち個人の暴走で面子を失うような組織なんて、しよせんそれだけのモンですよ」
 麻生はにらみ殺すような目でこちらを見る。
「今はお前の連勝記録が更新されることを祈るばかりだ」
 どうにも居たたまれないので、外の空気を吸いたくなった。明日香の後ろに回り、行くぞ、とだけ声を掛けた。
「行くって、どこへですか」
「法医学教室だ。報告書が上がってくるまで、ここでじっと待っているつもりか」
 居たたまれないのは同様らしく、明日香は返事もせずについてくる。
 二人の向かった先は馬籠の遺体を搬送した東大ほんごうキャンパスにある法医学教室だった。深夜にもかかわらず、医2号館本館からは明かりがれている。レンガ造りの古色そうぜんとしたたたずまいは、それだけで威圧されるような厳めしさを感じる。
 棟に入っても威圧感はそのままだ。医学に携わる者にとって建物や設備が古いのは考えものだろうが、少なくとも部外者には権威づけとして有効になる。
 ヒトの生死を扱い解剖室まで備えている場所なので、ここにも厳然と死の臭いが存在する。だが犯罪現場に漂うような暴力的なものではなく、管理されたせいひつな臭いだ。
「犬養さん。まさか解剖室に行くつもりですか」
 抑揚を殺した声から明日香の緊張が伝わる。
「解剖の現場に来たのは初めてか」
「いつもは解剖結果報告書を読むだけだから……」
「一度くらいは解剖の有様を見ておいた方がいい。報告書に記載された内容が映像になって浮かぶようになる」
 明日香はご免だという風に首を振る。

(つづく)

中山七里『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000206/

映画『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』公式サイト
https://wwws.warnerbros.co.jp/doctordeathmovie/


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