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死体は安楽死させられた!? 映画『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』原作小説を特別公開!#5

安楽死の闇と向き合う警察医療ミステリ、中山七里さんの『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』が、綾野剛さん、北川景子さんの共演で映画化。11月13日(金)の公開前に、原作小説の冒頭部分をお見せします。


ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人


>>前話を読む

 しばらく廊下を歩き、やっと目的の研究室に辿たどり着いた。ノックすると部屋の中から、どうぞと穏やかな声が返ってきた。
「やあ、犬養さん。遅くまでご苦労様」
 出迎えてくれたのはこの研究室の主、くら准教授だった。理知的な目が印象的な四十二歳。捜査一課が度々検案を要請している関係で、すっかりかおみになっている。
「頼まれていた案件、ついさっき終わりましたよ。ちょうど今、報告書を書いていたところです。ええと、そっちの人は……」
「去年から組んでいる高千穂です」
「ああ、よろしくお願いします。さてと、こんな時間に出向いてきたということは、一刻も早く結果を聞きに来たということかな」
「そうしていただければ有難いですね」
「先に作成されていたという死亡診断書はもう見ましたか」
「取り寄せている最中です」
「死因は心不全ということですが、犬養さんも知っての通り心不全というのは病名ではなく状態を指し示すものです。今回の場合、直接の死因となったのは虚血性心疾患と呼ばれるものです。つまり冠動脈の血流不足により、心筋が虚血に至ってしてしまうのです」
「つまり心臓疾患であることに間違いないのですか」
「ええ。体表面に外傷はなく、臓器が破裂した形跡もありませんでした。こうそく部も明確で間質のしゆ、心筋の凝固壊死が顕著に見られます。死因が心臓疾患であることは疑いありません」
 馬鹿な、と口をついて出そうになった。それでは小枝子の証言が正しかったことになる。
「ただしに落ちないこともあります。検体の血液を調べたところ、カリウム濃度が異常に高いのですよ」
「カリウム濃度?」
「カリウムというのは人体に必要なミネラルの一つですが、血中濃度が上がり過ぎると心筋に悪影響を及ぼします。検体のカリウム濃度は実に10・0mEq/l。通常の約三倍の数値でした。最初は高カリウム血症を疑いましたが、消化管の出血も細胞崩壊も見られない。念のためにけつ漿しよう採血も試みましたが、高カリウム血症の特徴はいだせませんでした」
 おそらく喋っている本人は専門用語と思っていないのだろう。嚙んで含めるような説明は要求できないまでも、概略は何とか理解できる。
「つまり、異常に高いカリウム濃度は病気由来のものではない、という意味ですか」
「あくまでも可能性の問題ですよ。しかし人為的に血中濃度を高くされたというのであれば、納得のいく数値です。いや、というより、この症状に酷似した前例があるのですよ」
 蔵間はのそりと身体を乗り出してきた。
「犬養さんは東海大学の安楽死事件というのを憶えていますか」
 憶えている。平成三年、東海大学医学部付属病院で発生した事件だ。
「患者は多発性骨髄腫を患いこんすい状態が長く続いていました。家族は患者の苦しむ姿を見るに忍びなく、患者を楽にして欲しいと助手に懇願します。そこで鎮痛剤や抗精神病薬を通常よりも多く投与しましたが、症状は好転しません。再度家族から懇願された助手はベラパミル塩酸塩製剤を通常量の二倍投与し、それでも脈拍に変化がなかったので、塩化カリウム製剤20mlを注射し、遂に患者は急性高カリウム血症による心停止で死亡しました」
「蔵間先生。それじゃあ」
「事件発覚後に患者死亡時のデータが公開されましたが、この検体はそのケースとうりふたつなのですよ」

 馬籠健一は塩化カリウム製剤の注射によって殺害された可能性あり──。
 犬養が蔵間の所見を報告すると、麻生はそうかと低く答えた。
「よかったな、犬養。首の皮がつながったじゃないか」
「どうも」
「すぐに帳場を立てる。鑑識の結果も出る頃だから、一回目の捜査会議では相当煮詰まった話ができるだろうな」
 まだ事件性も明らかになっていない状況で自宅へ鑑識をったのは独断専行のそしりを免れないが、結果オーライの側面もある。いずれにしても怪我の功名といったところか。
「資産調査も必要だ。保険内容の確認も進めなきゃならん」
「馬籠の治療費を捻出するために預金を取り崩していると、小枝子は証言していました。おそらくそれほどの資産は残っていないでしょう」
「だからこそ、余計に保険の契約内容が気になる」
「俺には実行犯の方が気になりますね」
 犬養は本音を洩らす。
 保険金欲しさ、あるいは邪魔になったとかの理由で夫の殺害を企てる妻など珍しくも何ともない。それよりは白衣を着て、粛々と塩化カリウム製剤を患者に投与した謎の人物に職業的な興味が湧く。
「馬籠宅を訪れた医者は二人。そのうち臨終を看取った医者は、死亡診断書から素性が明らかになっています。ところが肝心の一人目の医者については何も分かっていません」
「もし小枝子から塩化カリウム製剤を注射してくれと依頼されても、真っ当な医者であれば引き受けるはずもないからな。そうか、お前はその医者が本物の医者じゃないと疑っているのか」
 指摘されて犬養は黙り込む。
 麻生の発想は刑事として自然な発想だ。小枝子から依頼を受けた何者かが医師を装って馬籠を殺害したという仮説は、充分に頷ける話だった。
 しかし犬養はもう一つ、別の仮説も考えている。あまりに突飛で、あまりに即物的な見方なので口にするのもはばかられる。
「本物の医師か、それとも医師を装っているだけなのか。いずれにしても、塩化カリウム製剤なんてものを入手できる立場の人間であるのは間違いない。捜査の網を拡げれば必ず引っ掛かってくるはずだ」
 麻生はさも当然のように言った。

(つづく)

中山七里『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000206/

映画『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』公式サイト
https://wwws.warnerbros.co.jp/doctordeathmovie/


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