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親子で食い違う証言――警視庁No,1コンビは真実を見抜けるか 映画『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』原作小説を特別公開!#3

安楽死の闇と向き合う警察医療ミステリ、中山七里さんの『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』が、綾野剛さん、北川景子さんの共演で映画化。11月13日(金)の公開前に、原作小説の冒頭部分をお見せします。


ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人


>>前話を読む

 途端に小枝子は目をいた。
「大地! 何てことをしたの。お父さんは病気で死んだのに、それがどうして殺されたなんて話になるのよっ」
 母親の勘気に触れて、大地はびくりと肩を震わせる。
「お父さんは誰からも慕われて、誰からも憎まれなかった。そんな人が殺される訳ないじゃないの」
「でもお母さん、あの医者が来てから急にお父さんの具合が悪くなったじゃないか」
「もう、とっくに手遅れだったのよ。お医者さんのせいなんかじゃないのっ」
 小枝子は大地の肩をわしづかみにして前後に揺さぶる。大地は泣き出す一歩手前だったが、それを犬養が止めた。
「馬籠さん、葬儀の席でこれを言うのは心苦しいのですが、どうか落ち着いてください」
 小枝子と大地の間にやんわりと割って入り、二人を引き離す。そして大地の身体を明日香にゆだねる。
「奥さんと話がしたい。大地くんを連れて別室に待機していてくれ」
 もちろん大地を落ち着いた場所に誘導して別個に聴取するという意味だ。母親のいる前では、大地も自由に話すことができないだろう。
「あ、あ、あの子は父親の死に動揺してあんなことを言ったんです」
「おいくつですか」
「八歳です」
「ああ、父親に甘えたい盛りですね。夢想しがちな年齢ですからね。お母さんの言う通り、動揺して110番に通報してしまったというのも大いにうなずけます」
「ウチの子がご迷惑をお掛けして……本当に申し訳ありませんでした」
 小枝子は米つきバッタのように何度も頭を下げる。
「いえいえ、大地くんの勘違いならそれに越したことはありませんよ。ただ、通報があったからには報告書を作成しなければならないので、事情だけお聞かせいただけませんか」
「事情と言いますと……」
「ご主人が亡くなられた際の状況を詳しく教えてください。その調書を作成してこの件は無事終了です」
 小枝子はこくこくと細かく頷いてから、しばらく考えをまとめるかのように口をつぐむ。再び話し出したのは三十秒も経ってからだった。
「主人の健一は自動車部品を扱う工場を経営していました。堅実な性格が幸いして大地が幼稚園に行く頃までは順風満帆だったんですけど、四年前から体調を悪くしたんです。最初はただの疲労だと思って無理を重ねていたら、ある日工場の中で倒れてしまって……診察してもらい、肺がんを患っていることが分かりました」
「肺がんは治りにくいがんの一つでしたね」
「ええ、五年生存率が数パーセントしかないとか。それでも主人は絶望することなく、懸命に闘病を始めました。仕事を部下の人に一任して、入院治療に専念したんです。でも、一年経ち、二年経っても病状は悪化するばかりで……三年目からは、本人の希望なら自宅療養に切り替えてもいいと言われました」
「回復しないのに、ですか」
「お恥ずかしい話ですが、その頃には工場も人手に渡し、預金を取り崩して入院治療費をどうにかこうにかねんしゆつしていたんです」
 つまり入院費が工面できなくなったので、病院側から患者を引き取るように言われたのだ。
「がん保険にでも入っていたら少しはマシだったんでしょうけど、もう後の祭りですよね。それで細々と自宅療養を続けていたんですけど昨日のうちから、急に容態が悪くなって。慌ててお医者さまに来ていただいた時には、もう呼吸が止まっていたんです」
「医師の診断では、直接の死因は何だったんですか」
「心不全でした」
「肺がんの症状が悪化した訳じゃないんですか」
「入院していた時分から抗がん剤を投与していたんですけど、お医者さまの説明では、抗がん剤の副作用で心不全を起こすことがあるって」
 言われて犬養は思い出す。以前扱った事件で専門医から説明を受けたことがあった。その医師によれば抗がん剤の中には心毒性を持ち、心臓の筋肉にダメージを与えるものがあるのだという。そして心臓の筋肉のぜいじやく化は狭心症や心不全を起こす要因となる。
「四年間の闘病生活ですっかり弱っていたんでしょうね。最期は力尽きるみたいにあつなかったんです。がんにかかる前は本当に元気でしたから、大地もその頃の印象がなかなかぬぐえないのだと思います。臨終に立ち会っても、お父さんが死んだなんて噓だと、何度も何度も遺体を揺さぶるんです」
 その様子が目に浮かぶようでやりきれなかった。
「臨終に立ち会った医師が死亡診断書を作成してくれたんですね。拝見してもよろしいですか」
「埋葬許可をいただくために、もう区役所へ提出しました」
「それなら結構です。後ほど問い合わせてみますので」
 闘病生活が長かったのなら、既往症の記録が残っている。死亡診断書に死因が心不全と記載されていれば、小枝子の説明の裏付けが取れる。それで今回の一件は落着するはずだ。
 犬養は部屋を出て、はすかいにある別の控室のドアノブに手を掛ける。犬養がノブを引くのと、反対側から明日香が押すのが同時だった。
 母親からの聴取が終わった──そう告げる前に、明日香が緊迫した様子で話し掛けてきた。
「犬養さん、変です」
「何が変だ。母親の説明には何も不審な点が見当たらなかった」
「大地くんの話では、医者は二人きたというんです」
「二人?」
「馬籠さんの臨終をった医者が来るほんの一時間前、別の医師がやってきたって」
 犬養の脳裏にせんこうが走った。
 小枝子はそんなことはひと言も口にしていない。
「母親の横にいてくれ。子供からの聴取を邪魔されたくない」
 明日香と交替する形で、犬養は大地とたいする。明日香の扱いが功を奏したのか、大地はいくぶん落ち着いていた。
「大地くん。今、お姉さんにした話をもう一度聞かせてくれないか。家にやって来たお医者さんが二人いたというのは本当かい」
 本当だよ、と大地は事もなげに答える。
「最初のお医者さんはお昼前に来たんだよ。看護婦さんと一緒でさ。お父さんの具合を診て、注射をしてすぐに帰ったんだよ。それまではお父さん、ちゃんとしやべっていたのに、急に静かになってさ。そうするとお母さんが慌てて別のお医者さんを呼んだんだよ。二人目のお医者さんは、お父さんの目に光を当てたり胸に聴診器を当てたりしていたけど、お父さんはゴリンジュウですって言うんだ」
「じゃあ、君の言う悪いお医者さんというのは」
「うん、最初に来たお医者さんのことだよ」
「どんな顔だったか憶えているかい」
「えっとね」
 大地は視線を斜め上に向けて記憶をまさぐっているようだった。
「頭のてつぺん禿げててさ、ちょっと怖い感じの人。背はあまり高くなかった」
「お母さんはそのお医者さんのことを何て呼んでいた。名前で呼んでいたのか」
「ううん。ただ先生って呼んでただけだよ」
「二人目のお医者さんとは完全に別人だったんだな」
「うん。二人目のお医者さんは背が高くて髪の毛もあったもの。間違える訳ないよ」
 犬養は大地の目を直視する。女の噓は見抜けなくても子供の噓は見破れる。大地が虚偽を口にしているとは到底思えなかった。

(つづく)

中山七里『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000206/

映画『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』公式サイト
https://wwws.warnerbros.co.jp/doctordeathmovie/


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