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試し読み

『校閲ガール』著者が描く、キャビンアテンダントボーイ! ある事情で客室乗務員に転職した治真は……【試し読み 宮木あや子「CAボーイ」第2話】

発売中の電子エンタメ小説誌「カドブンノベル 2019年9月号」では、『校閲ガール』の著者・宮木あや子さんが描く新・お仕事ストーリー「CAボーイ」が連載中!
好評につき、第1話につづき第2話の試し読みも実施します!


 生ビール一杯二百九十円の居酒屋で財布と相談しながら酒を飲んでいた時代を経て、生ビール一杯八百円の居酒屋へ抵抗なく入れるようになったのは、だいたい就職何年後からだったろうか。外国人だらけの六本木のアイリッシュパブ、小さな円卓を囲みまさの音頭で転職祝いの乾杯をしたあと、はるは大学時代に入り浸っていた床もテーブルもしょうゆの瓶もべたべたで、メニューの何もかもがかった居酒屋のことを思い出す。
けいすけもう身体は大丈夫なん?」
 一年少し前に過労で血を吐き入院した啓介も来た。すごい勢いでマーフィーズのグラスを半分くらい空にした啓介に対し、雅樹が心配そうに問う。
「平気平気。楽なセクションに異動したら楽すぎてちょっと太っちゃったよ」
「せやんな? ちょっとどころじゃなく太ったよな? 何キロ増えたん?」
「二十キロ」
「あかんで、別の方向から死神襲ってくんで!?」
 啓介は治真や雅樹たちより二年遅れて大学を卒業したため、まだ「正式に」就職して三年と少しである。ただ、高校生のころから趣味でずっとプログラミングやアプリ制作をしており、四年で卒業する見込みで外資系IT企業に就職してしまっていたため、在学しながらその企業の契約扱いで二年働いた。正社員になった翌年、年収が一千万を超えた。しかし激務すぎて速攻で血を吐いた。
「時間に余裕ができたから最近はしょっちゅう海外行っててさ、現地でいもん食ってばっかいるから更に太るんだよね」
「百キロ超えたらダイエットしいや。エコノミーやとケツが椅子にぎゅうぎゅうなるし隣の客にも嫌がられるで」
「いやいや、ビジネス乗ってますから! IT成金ですからワタシ!」
「うっわ、め殺したいわ」
「治真がNALに就職するならそっちのマイラーになっときゃよかったよ。クレカのポイントもTSSのマイルにしか移行できないし」
「いや、おまえの接客とかしたないわ、しかもビジネスやろ、めっさむかつくわ」
 ははは、と勝者の高笑いを響かせ、啓介は二杯目のビールを頼む。そのタイミングでさとが「悪い、帰りがけに電話が来ちゃって」と人をかき分けてやってきた。そして一年半ぶりに会う元同級生を見て目を丸くする。
「啓介!? 太りすぎじゃね!? その腹どうした!?」
「万が一の事態に備えての蓄えです。悟志はだいぶくたびれたね?」
「ありがたいことに第一線ですから」
 仕立ての良さそうな上着を脱いで壁際のフックにかけ、注文を取りに来た店員にギネスを注文したあと、悟志は治真に向かって「本当におめでとう、やったな」と言ってこぶしを差し出してきた。この中では悟志が一番在米期間が長く、言動がかなりアメリカ人っぽい。感情表現も豊かだ。治真もその拳に自分の拳を軽くぶつける。
「ありがとう。あつひろとは連絡取ってる?」
「うん、たまに。でも今日はやっぱり来られないって」
 一年半ほど前、篤弘はすべてのSNSのアカウントを消して、電話番号も変え、ゆくえをくらました。悟志の話によれば、会社をつぶして夜逃げしたらしい。詳しいことは教えてもらえなかった。今もおそらく夜逃げ中なのだと思う。
「はやくあいつも落ち着くといいな」
 啓介がしみじみとした面持ちで言う。学生時代はこんな話をするなんて思ってもいなかった。映画や音楽の話をしているだけでいつの間にか夜明けを迎えていたあのころは、一生落ち着きたくなどなかった。

 現在の勤務先であるロータス・オリエンタルホテルの日本の支配人、エドワードに退社を願い出たら、転職先をかれた。これは本来答えなくても良い質問である。しかし激務ではあるが楽しく働かせてもらってきていたし、エドワードはホテルマンかつビジネスマンとして一流の人物であり尊敬もしていたので、治真は正直にNAL(ニッポンエアライン)だと答えた。

このつづきは「カドブンノベル 2019年9月号」でお楽しみください!


カドブンノベル 2019年9月号

カドブンノベル 2019年9月号


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最新号 2019年12月号

11月10日 配信

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