menu
menu

試し読み

これは究極のホワイダニット――浅倉秋成が仕掛ける究極の心理戦『六人の噓つきな大学生』試し読み⑧

■インタビュー四人目:グループディスカッション参加者――矢代 つばさ(29歳)
 二〇一九年五月二十四日(金)20時16分~
 吉祥寺駅付近のタイ料理専門店にて

 当時、私のこと苦手じゃなかった? 本当? だったらいいんだけど、私はなんか距離を感じてたんだよね。イメージとしては常に四人プラス一人プラス一人の印象。……え、それは波多野、嶌、それから、誰だっけ体の大きかったイジメっ子は……袴田か、そうだそうだ。それとイケメン。彼はなんていうんだっけ? はいはい、そうだ九賀だ。九賀。その四人が仲よしグループで、私と、一橋の彼――ごめん名前ばっかり訊いちゃって……森久保ね、ダメだ。もう名前なんて全然覚えてない。とにかく私と彼の二人は、なんて言うか、外部の助っ人メンバーみたいな雰囲気あったよ。いいよ、今さら気を遣わなくても。絶対そうだったもん。
 修学旅行の部屋割りが六人だから、仕方なく他のグループからあぶれてた二人を招集しておきました、みたいなね。わかるでしょ、その感じ、ちょっとは、ね? まあ、でも四人は四人でまた互いに微妙な距離を感じてたのかな。私からはその辺はよくわかんないや。
 でもだからさ、自分たちで内定者を選んでもらいます――っていう知らせがスピラから届いたときは即座に『終わった』って思ったよね。内定とるのは四人の中の誰かになるだろうな、って。だからなんか私、当時、メールもらった瞬間にふてくされて飲み会かなんか途中で切り上げて帰った記憶あるもん。……あれ、違ったっけ? あ、そうだ。電車だ電車! 電車の中で三人でいるときにメールがきたんだ。そうだそうだ。それでムスッとして電車降りたんだ。自分が降りる駅でもなんでもないのに。え? あ、そうそう。全然あの駅じゃないのに降りたの。笑えるでしょ。一緒にいたら私、ずっといい子を演じ続けてたのに空気悪くしちゃいそうだなって思って。はは。
 あ、グリーンカレーはそっちです。トムカーガイは私……え、初めて見る? めっちゃ美味しいよ。ココナッツの香りがね、たまらないのよ。いい匂いするでしょ? ね? 特にここのお店は抜群。現地でも食べたんだけど、ここのが一番本場の味に近いね。もしよかったら少し食べる? はは……遠慮しなくていいのに。
 それにしても、就活って今考えてみても、本当にキモかったよね。え? 思わない? 私、死ぬほど不愉快だったな……。何って、就活の全部が。もちろん状況的に追い込まれてるから少し周囲に対しての目がシビアになっていたのはあると思うけど、でもたぶんそういうことじゃないよ。未だに思い出すと鳥肌が立つし、何ならね、電車で就活生を見かけるだけでもキモいなぁ、って思うよ。悪いけどね、でも、しょうがないでしょ。キモいもんはキモいんだから。
 あれとか最悪だった、ほら、あの、集団面接とか、グループディスカッションが終わった後に声かけてくる人。この後、ちょっとみんなでお茶でも行きましょうよ、ってやつ。死ぬほど気持ち悪かった。「人脈を作るのって大事ですよね。やっぱりこういう情報交換の時間が貴重ですから」って、ガキ同士でつるんで何が生まれるんだよって、本気で思ったよ。吐き気がしたね、本当。ああいう人たちって会社入ってからどんな顔して働いてんだろ。気になるわぁ。
 あのスピラのグループディスカッションメンバーは、どうしても仲よくなっておく必要があったから、割り切ってやってたけどね。そんなにキモいやつもいなかったし……もちろん、本番のディスカッションが始まるまでの印象にはなるんだけど。
 会社も会社だと思わない? 弊社の光学センサーを使ってどんな事業にチャレンジしたいですか――って、知らねぇよ、って。そんなのお前らが考えろよ、って、私、内心ものすごく思ってたなぁ……。無茶振りする企業に、期待に応えようと思ってとんちんかんな知ったかぶりをかます学生。バッカじゃないの、こんなやりとりに何の意味があるの――って馬鹿にしてやりたいんだけど、でも参加せざるを得ない。最悪の時間だった、本当にね。
 ごめん……就活の話は本題じゃなかったね。それで、何話せばいいんだっけ? キャバの話? あれは別にあのとき話してたとおりだよ。二年くらいやってたかな。地元の人間に会うのがいやだったからちょっと離れたところで働こうって思って、錦糸町で。でも未だに思うよ、「だから何?」って。犯罪行為暴露されてた他の人たちに比べたら……ねぇ? 思わない?
 お酒が好きで、人と喋るのもそんなに苦じゃないし、楽に短時間で稼げるならいいかなって思って働いてただけでさ。逆に騒ぎ出すほうに腹が立った。思わない? 私おかしい? そりゃお客さんだって下品なのも山ほどいたけど、真面目なオジさんは就活が控えてるんですって言ったら親切に色々話してくれたし、意義のある時間だったことは間違いないよ。それこそどこぞの意識だけ高い就活生に比べれば人脈にもずっと恵まれたしね。 私はキャバの仕事に引く人に、引く。当時はそういう偏見を持ってる人間のせいで落とされたくないから、バイト先はファミレスってことにしてたけど、よくよく考えれば、じゃあキャバクラとファミレスの違いって何って思うし。
 え? ああ……そうだね。あのグループディスカッション終わってから、友達に言われたよ。なんか変な人からSNS上で絡まれた、って。私の悪い噂聞いて回ってるアカウントがある、って。私の友達の一人が怖さ半分、好奇心半分で、教えたらどうなるんですかって訊いたら、五万円あげる、情報の交換は駅のコインロッカーでしたい――って返事がきたらしくてさ。すごいよね、その執着。ま、そんなメッセージを受け取った誰かが、私のキャバのことをチクったってことだろうね。誰かは知らないけどさ。なんか私、割と敵の多い人生でさ。チクったやつの心当たりは片手じゃ足りないくらいなのよ……はは。恥ずかしい話だけどね。中高のときは結構、キツめのイジメも受けてたから、まあ、周りは敵だらけだよね。そういう経験があったからこそ、たぶんあの野球部のイジメっ子のことも許せなかったんだよね。こう、過去の自分がフラッシュバックしちゃったのよ、だから妙に突っかかりたくなっちゃって。
 それにしても、そこまでのサイコには見えなかったんだけどね……「犯人」も。最初は白々しかったけど、終盤はちゃんと罪を認めてたし、分別のある人間だと思ったんだけど……確か、一回くらい私も投票したんだよね、「犯人」に。覚えてる? ……そりゃ、そうだよね。
 でもあれか……一見していい人だったのに、皮を一枚剝いだらクズみたいな人間だった――っていうのは、何も「犯人」だけに限った話じゃないね。
 私も会議で「犯人」に脅されて、平気で噓ついたしね。え? あぁ、そういえばそうだね。……あれ、そんな記憶があったんだけど、気のせいかな。なんか他の企業にも写真ばらまくぞ、的なことを言われて、それが嫌ならこう言えみたいな脅しを受けた記憶があるんだけど、よくよく考えれば、そんな機会ないもんね。何だったんだろう。変な幻を見てたのかも。記憶もだいぶいい加減だからね。私、みんなの名前も覚えてなかったくらいだし。はは。
 あの日の私、ものすごく機嫌悪かったでしょ。……いいって、遠慮しないで、自分でも相当感じ悪いだろうなって自覚があったから。基本的にあれなんだよね、私、生理がめちゃくちゃ重い人でさ。ちょうどあのグループディスカッションの日が、一番重いときとぶつかっちゃって。起きたときから気分は最悪だったよね。どうにか頑張ろうと思ってたんだけど、最初の投票で一票も入らなくて、そこで結構、集中力が切れちゃって――って感じだったね。
 さっきも言ったけど、最初から望みは薄いなって思ってた中でのゼロ票で、そこにきて頭かち割れそうなほどの頭痛でしょ? もう、完全にいいや、って気持ちになっちゃって。内定もあの時点で二社くらい持ってたから、まあ、いいよね、なんて自分に突然言いわけ始めちゃってさ……。死ぬほど行きたい会社だったのにね……評価を集められなかった自分に問題があるってわかってるけど、当日の、たった一日の体調が悪かっただけで向こう数十年の人生諦めることになっちゃったんだから、なんか、ほんと、人生って運だなってつくづく思う。
 なんかゴメンね、ちょっと愚痴っぽくなってる。違うんだ、ほんと、全然恨みとかはないんだ。内定があなたでよかったって心から思ってる。会議の最中も、ずっと封筒なんか開けるなって言い続けてたでしょ? なかなかできることじゃないよ。素直に尊敬してる。
 スピラはやっぱり忙しい? ……うん、そっか。まぁ、そうだよね。
 私はあの後ね、六月かな。当時は『六月大手』って言葉が――覚えてる? 懐かしいよね。六月に内定をもらった某ブログ系企業にね……。はっは、そうそう。友達にもめちゃくちゃ言われた……めっちゃ『ぽい』って。矢代が入社しそうな企業ナンバー1だよだって。そうそう。でもいい会社だったよ。つまらなくはなかったかな。
 ただ色々あって、一昨年に、『起業』したんですよ。すごくない? はは。パンフレット見る? 立派なもんでしょ? 従業員はまだ五人ぽっちだけど、やっぱりね、自分でやっちゃうのが何でも楽。やりたいことだけできるしね。本当に人生、楽なのが一番、間違いないね。……ね、いいでしょ、このパンフ。ちょっとお金かけて作ったの。
 え、お金? ないない、あるわけないでしょ。すぐ使っちゃうもん。貯まったなぁ、って思ったらすぐ海外にほいほい。今は断然、東南アジアが熱いね。ん? あぁ、そうタイももちろんだけど、カンボジアとかラオスとか――あとどこ行ったっけな。写真見る? 海外の写真。これがトゥクトゥクの運転手だったイケメンのお兄さんでしょ……それでこれが私に偽物のブランド品を売りつけようとしてきた謎のおじさん。見てよこれ、そりゃロゴはプラダだけどさ、もうね、造りがてんでちゃちなの。写真でもわかるでしょ? このてろてろ感。いらねぇよって思うでしょ。しっしだよね、しっし。出来のいいやつもごく稀にあるけど、バーキンだったかな……持ち手部分の革の処理がね、やっぱり甘いのよ。死んでもいらないよね、あんなの。
 え? よく覚えてるね。そう、これエルメス。でもボロいよ、もう、この辺とかちょっと黒ずんでるし。ゴミですよゴミ。いい加減新しいの欲しいんだけどさ、全然プレゼントしてくれないんだよね。……え? 誰って『男』だよ、『男』。はは。タダでもらってるんだから文句言うなって人もいるけどさ、そういう人って、男に比べてどんだけ女が日々の生活に金かけてるのか理解できてないんだよね。
 少しくらい奮発しろよって思ってもいいよね?

(つづく)


書影

浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000377/


紹介した書籍

関連書籍

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2022年2月号

1月25日 発売

怪と幽

最新号
Vol.009

12月21日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

黒牢城

著者 米澤穂信

2

六人の嘘つきな大学生

著者 浅倉秋成

3

USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門

著者 森岡毅

4

テスカトリポカ

著者 佐藤究

5

闇祓

著者 辻村深月

6

民王 シベリアの陰謀

著者 池井戸潤

2022年1月16日 - 1月23日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP