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試し読み

【試し読み③】女官、究極の女性社会。三浦は震え、原は興奮した。『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』

『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』より、第1章を特別公開!
>> 第 2 回「三浦しをん・松本清張が描く、女同士の関係」


――究極の女性社会である「女官の世界」。
三浦は震え、原は興奮した。

 山川三千子みちこという元女官が書いた『女官 明治宮中出仕の記』(講談社学術文庫)という本がありますが、これを読むと、女官の世界は大変に禍々まがまがしい感じがします。

三浦 はい。私はまだ、原さんの解説原稿しか拝読できていないのですが、本文からの引用箇所が怖くて、ぶるぶる震えました。

 山川は明治の末から大正にかけての数年間、明治天皇の皇后である昭憲しょうけん皇太后に仕え、皇太后の死を機に宮中から退き、半世紀近く経ってから一気に書きあげた。初めて知るような宮中の秘話が満載されているんですが、この本が書かれたミッチーブームの頃が一番皇室も開かれていましたから、可能だったのでしょう。
 文面から感じられるのは、貞明ていめい皇后(大正天皇の皇后)への感情の激しさです。この激しさは山川三千子に特有かというと、けしてそんなことはない。椿という源氏名をもった女官は大正天皇にかわいがられましたが、やはり貞明皇后が如何にヒステリックだったかを、「おきちがいさんみたいに」などと平気で語っている(『椿の局の記』山口幸洋 近代文芸社、2000 年)。これは天皇に対するタブーが皇后にはないためにバイアスのかかった書きかたをしているのか。それとも本当にそういう風に思っているのか。

三浦 三角関係になったときに、男二人と女一人の場合、男同士はなぜか仲間的関係になるけれど、女二人と男一人の場合、女同士は争いあう、とよく言われます。男が浮気すると、妻は「何よ、あの女」と夫よりも相手の女性のほうを攻撃し、浮気相手の女性も「あんたがイケてない女だからよ。せいぜい負け犬の遠吠えしてれば」となる。まあこれも、「女は敵対しあうものである」という一種の「過剰な思い入れ」が生んだ言説かもしれませんが、そこから考えるに、その女官は皇后と張りあっていて、「おきちがいさん」なんて罵ったんじゃないでしょうか。
「あの子ブスだよね」という類の発言は、男性の視線が入って初めて出てくるものだと思います。男性基準で、女性が女性を順位付けしているのでしょう。女性のコミュニティでは、基本的に横並びがよしとされる傾向にありますが、男性の視線=社会や組織での実利が絡んでくると、途端にこういった、「あの子ってさあ」的発言が行われる。少なくとも発言の瞬間は、本当にそう思ってるんだと思います。ところで、女官のかたがたって、華族の出身なんですか?

 山川の旧姓は久世くぜで、子爵の家柄でした。総じて高等女官の家柄はいいですね。

三浦 ふうむ。山川三千子の発言には、「私が一番美しかった」という気持ちがかなり直截ちょくせつに表れていて、「あわわ」と思いました。自意識がすごいというか……。地味な女官一派の話も聞いてみたいですね。きっと、「あの人たち、怖いよね。化粧の時間がむっちゃ長いし」って、山川一派を陰から観察していたと思う。

――話は、昭和天皇の母である、貞明皇后に及ぶ。
原は長いこと、貞明皇后の存在に奇妙に惹かれていた。

 宮内公文書館に所蔵されている『貞明皇后実録』には他にも様々な発見があります。二・二六事件のあと、岡田啓介内閣が倒れて広田弘毅こうき内閣になるのですが、認証式のあとに首相以下閣僚が皆、大宮御所に拝謁に行き、皇太后、つまり貞明皇后が激励の言葉を与えるという記述があります。
 元老の西園寺さいおんじ公望きんもちは、この異例の出来事に心配をしている。西園寺に言わせればとんでもない皇太后の政治介入です。しかし日中戦争が勃発すると、今度は戦地から帰還した軍人が大宮御所に参内し、戦況を皇太后に報告している。天皇ではないのだから、本来は出向く必要がないんです。西園寺にとっては頭の痛い問題でした。

三浦 お母さんがしゃしゃり出てくる幕ではないですものね。

 近衛このえ文麿ふみまろは、日中戦争の最中に政権を投げ出そうとしましたが、皇太后に「どうか国家のために大いに自重するやうに」、つまり辞任するなと言われて舞い上がる。それを西園寺が伝え聞いて、やはり心配する。

三浦 心配するばかりじゃなく、何か手を打てなかったのか西園寺公は!

 西園寺はその二年後に死んでしまうんです。

三浦 心配が身体によくなかったんでしょうかね……。

 『貞明皇后実録』を読んでいると、敗戦の直前まで戦地から帰還した軍人が皇太后に会っている。敗色が濃厚になる 1944(昭和 19)年 12 月以降、彼らは午前中に天皇に会い、同じ日の午後、皇太后に会うようになります。母親の存在がどこまで政治に介入していたかが気になるところです。このことが大きな問題になっていたことは間違いないですし、周囲も気づいていたはずです。開戦直後の一年間にわたる皇太后の沼津疎開だって不自然です。疎開がうまくいかず、また東京に戻したら、もう東京を動こうとはしなくなった。その間に皇太后は「必ず勝つ」という歌を山ほど詠んでいる。

三浦 山ほど!? 怖いよ。

 絶対にこの戦争は勝つと、最後は神功皇后になりきっている。神功皇后の三韓征伐というのは、鎌倉時代の元寇や秀吉の朝鮮出兵などの対外戦争があるたびに、必ず蘇ってくる。その伝説が太平洋戦争まで生き続けてきたとしたら、大変なことだと思う。

三浦 昭和の時代には、それが貞明皇后だったわけですね。

 昭和天皇は逆らえず、宇佐神宮と香椎宮かしいぐうに敵国撃破を祈らせるため、勅使を参向させている。それぞれ主祭神は応神おうじん天皇と神功皇后です。応神天皇というのは、三韓征伐のときに神功皇后の胎内にいた天皇です。戦勝を祈願しても一向に効き目のない伊勢神宮ではもうダメだったんでしょう。

三浦 もっと戦いに特化した神様に頼まねば、となった。でもわからないのは、貞明皇后は皇室の家系ではないですよね、なんだろう、そのなりきり力、、、、、は。

 外から来た人間のほうが過剰に適応するんでしょうね。秩父宮を懐妊し、体調が悪かった皇太子妃節子さだこ、つまり貞明皇后に応神天皇を懐妊した神功皇后の話をしたのは、華族女学校学監(校長)の下田歌子です。その頃に節子は、神功皇后について何首も歌を詠んでいる。明らかに節子は神功皇后に精神的に救われています。天皇であれば皇祖と血が繫がっていますが、皇后はそれがない分、ロールモデルを作らねばならなかったのではないでしょうか。

三浦 そうしないと、皇室内での居場所も、皇后としての心の拠り所もないということになってしまうのか。

 結婚して宮中に入り、男子を産むことだけが自分の役割なのか。

三浦 それはつらいだろうな……。悩んでしまう人は当然いるでしょうね。

 下田歌子から吹き込まれた皇后像は、自分が抱いていた皇后像とはまったく違い、窓が開いたのではないかと思われます。ある種の大きな転換があったのではないでしょうか。

鬼怒川温泉駅前広場にあるイメージキャラクター「鬼怒太」像の前で

――昭和初期に生まれた宗教には、
珍妙に思えるものも多い。
話はそこから、不敬へと向かう。

三浦 昭和初期にいろいろな宗教が出てきたのは、偶然なんですか?

 1892(明治 25)年に出口なをが神がかりになり、先ほど触れた筆先を書き始めた。それを王仁三郎おにさぶろうが教典に作り替え、多数の軍人や知識人を巻き込んでいったのが大本おおもと教団です。1921(大正 10)年、第一次大本事件の弾圧を機に指導者が出て行って、昭和初期には谷口雅春まさはるが「生長せいちょうの家」を、矢野祐太郎が「神政龍神会」を、岡田茂吉が「世界救世きゅうせい教」を作りました。根は同じ大本です。王仁三郎は組織内で知識人たちにお株を奪われていたんですが、弾圧の結果そういう連中が抜け、主導権をとることができたので堂々と『霊界物語』を口述しました。これは何と全部で 81 巻もあるんです。

三浦 書きに書いたんですねえ。最近話題の「日本会議」も、「生長の家」が出発点だそうですが。

 現在の「生長の家」は安倍政権には批判的でエコを唱えていますが、「日本会議」は「生長の家」を開教した谷口雅春の考えを継いでいます。
「生長の家」創始者の谷口雅春と出口王仁三郎では、女性の見方が全然違います。谷口は、王仁三郎の女性観に批判的で、復古的な女性観を確立させようとした。戦後民主主義オール否定です。王仁三郎の『霊界物語』は、女性に対し開かれた見方をしており、むしろ間抜けな男がたくさん出てきて、女性のほうが神格が高かったりする。何よりも王仁三郎が変性女子へんじょうにょしを名乗っていて、「なをは肉体は女性だが男性の霊が宿る変性男子、自分は肉体は男だが女性の霊が宿る変性女子」と言い、女装した映像も残っている。それを、アマテラスとスサノオの関係に喩える。スサノオは男だけどアマテラスより女性的な霊格をもっている、と言っている。『霊界物語』をよく読むとそのあたりが面白い。むしろ大本から分かれた連中が復古的になっていく。

三浦 アマテラスは女性の神様ですが、その子孫であるとされる天皇家は、なぜ女系を採用しなかったんでしょうね。DNA鑑定も血液型鑑定もない時代は特に、男系だと、自分が本当に天皇の子なのか、究極的には証明しにくいのではないかと思うんですが。

 皇太子裕仁ひろひと、後の昭和天皇が 1923(大正 12)年 12 月に帝国議会の開院式に向かう途中、難波なんば大助に散弾銃で狙撃された「虎ノ門事件」の際、一つの噂が広まりました。襲撃の動機は、許嫁いいなずけを寝取られた恨みだというものです。この噂は永井荷風も『断腸だんちょう亭日ていにちじょう』に書いていますし、松山に赴いた王仁三郎が、『霊界物語』でこの噂を踏まえたと思われる会話を登場人物に語らせています。噂が本当ならば、許嫁が産んだ子は難波大助の子なのか昭和天皇の子なのか、にわかにはわかりませんが、「女の世継としておけば、腹から腹へ伝はつて行くのだから、其血統に少しも間違ひはない」というのです。これは「万世一系」に対する最も根本的な批判でしょう。
 事件の一年前には皇太子が松山を訪れ、新嘗祭にいなめさいの日にビリヤードをやっていたという記述が『昭和天皇実録』にありますが、その晩に女が連れ込まれたのではないかと、拙著『皇后考』(講談社学術文庫)で推理しています。ちなみに荷風が書き留めた噂はあまりに不敬と判断されたのか、磯田光一編『摘録 断腸亭日乗』上(岩波文庫、1987 年)ではその部分がすべて伏字になっています。


第4回へつづく####
『源氏物語』は不敬ではないのか? にもかかわらずこれだけ読まれてきたのはいったいなぜなのか?
三浦の疑問に、原が答える。


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書誌情報はこちら>>『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』

☆発売中の「本の旅人2019年3月号」では、第2章を一部をお読みいただけます!


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