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試し読み

【祝!直木賞受賞 真藤順丈作品試し読み】『墓頭』(ボズ)②

真藤順丈さんが『宝島』(講談社)で、第9回山田風太郎賞につづき第160回直木賞を受賞されました。
これを記念しまして、カドブンでは真藤作品の試し読みを行います。
先月公開しました『夜の淵をひと廻り』にひきつづき、同じく角川文庫の墓頭ボズから5日間連続で公開。

『墓頭』について真藤さんは直木賞発表時の記者会見で、『宝島』の基盤となっている作品と語っています。
双子の兄弟のなきがらが埋まったこぶを頭に持つ主人公・墓頭(ボズ)。
彼が現れるのは、改革運動の吹き荒れる中国、混迷を極める香港九龍城、インド洋孤島の無差別殺人事件……。
自分に関わった者はかならず命を落とす、そんな宿命を背負った男の有為転変の冒険譚をお楽しみください。

 >>第1回はこちら



 新実探偵の黒目がちな眼球の瞳孔が、冴えざえと開いているように見えた。そのときは光の加減かと思ったが、今から思えば、すでにマリファナに酔っていたのかもしれない。新実探偵はそれから二ケ月ほどかけて、国内外をあちこち飛びまわり、各地に散らばった情報提供者たちの所在を調べあげてきた。
 この新実探偵については、おいおい書いていくことになるので、ここではざっと紹介するにとどめておきたい。三〇代後半か、四〇代前半くらいか、あるいはもっと年配なのか、外見だけではいまいち判断しきれないところがあった。海外での人探しや、国際結婚相手の身辺調査、高飛びした債務者の追跡、麻薬漬けにされて売られた留学生の連れ戻しなんて仕事もこなしてきたそうで(最後のは眉唾だと思う)、柔軟なフットワークと広い情報網を信条としていた。プロフェッショナルな仕事ぶりではあったが、人としては多分に問題があった。乾燥大麻の常用による歯軋り防止のためにマウスピースをはめていて、安宿ドミトリーに泊まってまで浮かせた費用でマリファナや酒を買おうとするいいかげんな性格には、ずいぶん辟易とさせられたものだった。
 ともあれ、新実探偵によって情報提供者たちはリストアップされた。そのなかでも、最後に訪ねることになった一人の日本人のおかげで、わからないことばかりだった「彼」の人生がすこしずつ紐解かれていったんだ。海外在住のその日本人とは、亜大陸の南東、海鳴りが風にちぎれてこだまする異境の島で出逢った。

    ○

「どこに仕舞ったかな、彼の写真があったはずなんだが」
 僕と新実探偵はおのずと色めきたった。
「彼」の写真は、よそのどこにも残されていなかったから。
 僕たちは離島を訪ねていた。南洋の名もなき島。たびかさなる地震や津波の被害にさらされて人口流出していたが、それでもまだ四〇人ほどの島民が暮らしていた。この島で、麦や米を自給自足し、わずかな実入りながら養蚕ようさん業を営んでいる五〇代後半くらいの寡夫が、「彼」のことをよく知っているという。
 まんべんなく蜂蜜色に日焼けした肌。陸に揚がったバンドウイルカのような眼差しは、僕たちを歓待していた。養蚕家は質素な住居のポーチに出ると、ぽつねんと置かれたとう椅子に腰かけて、暮れゆく島の夕景を望みながら僕たちと対話の時間をもった。
「ご覧、ボズだよ」
 養蚕家は、五枚ほどの写真を見せてくれた。
「ボズという呼び名は?」
 僕は頷いた。ボズ。その呼称はこの島につくまでにも耳にしていた。
「本名は誰も知らなかった。当然だ、本名など無かったのだから。時代につれ場所につれ、さまざまな通り名で呼ばれていたが、ここではひとまず、最も多用されていたボズの名で呼ぶことにしよう、かまわんね?」
 ボズの顔写真に見入った僕は、眉根をひそめた。フルカラーの新しいものから、白黒やセピア色のものもある数枚の写真は、移りゆく時代ごとに一人の男を撮影しているようだったが、そのどれもフォーカスが合っていないんだ。手ブレがひどかったり、写真の奥の建物にピントが送られてしまっていたり、フレームから外れてしまっていたりして、どれも人物の像がはっきりとつかめない。これではまるで意図的に人相を隠そうとしているみたいだ。心霊写真の怨霊だってもっと自己主張しますよね、と新実探偵が失笑した。
 ボズ。その顔がまともに写っているものは一枚もない。本人が写真を撮られるのを好まなかったそうで、たまに撮ってもきまってピンボケのような写りになってしまうのだという。そんなことってあるだろうか。僕はそこでふと思いたって、ずっとしこり、、、として引きずっているあの一節について、養蚕家に尋ねてみた。
「彼は墓だった、と聞かされています」
「ああ、墓か」養蚕家は頷いた。「たしかにそのとおりだ」
「ハノイの農園主にあなたのことを聞きました」
 新実探偵が言った。
「ここで暮らす日本人が、ボズのことを知っているって」
「ああ、知ってるよ。お望みとあらば、その出生から語ってあげてもよろしい」
「あっそうですか、そいつはありがたい。報告書を書く手間が省けそうだ。ぜひとも話してやってほしいところですが……ひとつわからないのは、彼が足跡を残したこの島に、こうしてあなたが暮らしている理由ですが、それもボズとなにか関係があってのこと?」



第3回へつづく
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