menu
menu

連載

新井素子「絶対猫から動かない」 vol.13

繰り返す夢から脱出できるか? 大人のための冒険ホラー! 新井素子「絶対猫から動かない」#36-1

新井素子「絶対猫から動かない」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。



前回までのあらすじ

地震で地下鉄が緊急停止し、乗客の一人が陥った昏睡と、人の生気を吸う妖怪・三春の力が夢の中に結界を作りだした。繰り返し同じ夢を見る異変に気づいた大原夢路は、現実世界で乗客の村雨や中学生の渚らと結託し、結界を破ろうとするも果たせない。仲間を増やした夢路は、三春と夢の中で対決する。過去に何者かから〈人間を見張る〉役割を与えられ、意識を操作されたことを思い出した三春は、人間たちに「動くんじゃないっ!」と叫んだ。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

  氷川稔(承前)

「あんた達は動くんじゃないっ!」
 言われた瞬間、確かに俺は硬直してしまった。動けなくなってしまった。
 けれど、俺。
 目は、開けている。
 だから、見えている。
 俺の視界の中で、はるは、動いている。
 動いて……まず、呪術師であるおおはらさんに近づく。
 俺の、目、だけではなく、耳も、聞こえている。俺は、動けないだけで、視覚と聴覚は生きている。
 だから、わかる。
 三春と大原さんは、何か、しゃべっている。
「三春ちゃんはねえ、この結界、解除することにしたの」
 もれ聞こえてきた台詞せりふに、俺、驚く。
 いや、今までは、〝こんすいしているひとが覚醒するか、あるいは、昏睡しているひとが死ぬまで〟、この結界は解除できない、そんな話じゃなかったのか? だから、昏睡してしまったひとを殺せとか、そういう話になっていたような気が……。
「なんか……ほど……け、た?」
 大原さんがこう言って、三春が妙ににこやかにそれにうべなっている気配。
「ん。じーさんがね、なんか色々言ってくれて、んでもって、とどめ。あの中学生にね、〝ぎらぎら〟って言われて……三春ちゃんは……思い出した。三春ちゃんは、以前は三春ちゃんじゃなかった。それを思い出すことさえできれば、三春ちゃんはもともと三春ちゃんじゃなかったってことさえ思い出せば……この〝結界〟は基本的に三春ちゃんが張ったものなんだもの、三春ちゃんにけない訳がない。そして、三春ちゃんには、この結界を維持する理由がまったくないんだもの、こんなもん、維持する訳がない」
「……」
「……三春ちゃんはね……怒っているんだよ」
「……」
 それはか? それに、何に? 俺にしてみれば、本当に聞きたいところだったのだ。なのに、大原さんは、まるで〝それ〟が判っているかのように、無言を貫いて。
「誰かが。あの時の〝主催者〟が、三春ちゃんを、三春ちゃんにした。……三春ちゃんから本当の名前を奪って、三春ちゃんのことを、三春ちゃんにした」
 この台詞は……ほぼ、意味不明だったんだが……でも、何か、判らないこともないって言えば、判らないこともないって気が、妙にちょっとしちまって……ということは、微妙に、判る、の、か、俺?
「誰かが、〝主催者〟が、三春ちゃんを、〝三春ちゃん〟にした。三春ちゃんの本当の名前をどっかにやっちゃって、三春ちゃんのこと、〝三春ちゃん〟だって規定した。その時から、三春ちゃんは、三春ちゃんになってしまった。本当の名前は、どっかにいってしまった」
 あ。そういえば、昔どっかで、名前の呪術って話を聞いたことがあるような気がするな。
 名前というのは、本質的に、呪術の一種なんだって話。
 本当の名前を知られてしまえば、魔物はそれに従ってしまう。いや、人間だって、そうだ。昔は、自分の名前を不用意に他人に教えなかった……はず。いや、俺、日本文学とか全然判らないから、だから適当なこと言ってんだけど……万葉集とか、和歌で、「あなたの名前を教えてください」って意味になるやつ、結構あったんじゃ? あれって、ただ、〝あなたはどこの誰ですか?〟って意味じゃなくて、自分の本当の名前を名乗り、相手の本当の名前を知ることが、何よりの求愛だったって要素があるって話……高校かなんかの古典の授業で、聞いたような気がする。いや、もう、うろ覚えなんで(高校の時の授業の詳細、覚えている五十男なんてまずいないって、絶対に俺は思うぞ!)、あやふやというよりは、いい加減なんだが。
 んで。そういう意味では。
 今、〝三春ちゃん〟って呼ばれているこの魔物は、自分の本当の名前を奪われ、〝三春ちゃん〟って名前になった瞬間、過去のすべてをなくしてしまったのではないか?
 でも。そんなことを考えている俺にまったくいちべつもくれず、三春と大原さんは話を続ける。
「三春ちゃんはね、〝見張るちゃん〟達はね、探針なんだって。人類は、この地球に対して、影響力がある存在になりすぎた。バランスを、崩しすぎた。……だから、もう、放っておいても、後は自滅するしかない。けど、自滅する時は、素直に速やかに自滅して欲しいのね。三春ちゃんを〝見張るちゃん〟にした何かは、そう思っているのね。他にあんまり影響を及ぼして欲しくない……って、思っている奴が、いるの」
 大原さんは、これに何のあいづちも打たない。おい、大原さん、何だってあんたは黙っているんだよ! 〝人間は、後は自滅するしかない〟だなんて、こんなこと、言われっ放しでいていい訳がないだろうがっ。(……けど……確かにそうなのかも知れないって思ってしまう自分がいるのも……本当にそうなので。ちょっと何とも言いようがない。)
「で、〝見張るちゃん〟達。三春ちゃんとね、あとは、もうよく判らない妖怪達が、探針になったの。……三春ちゃんは知らないけれど、ということは、〝何か〟が、三春ちゃんにくっついている。何かが、三春ちゃんを通して、人間のことを、探っている」
「……」
 おい。おい、大原さん、今、すごいことを言われているんだぞあんた、あんた、何か、言え。いやその……反論をするのは、無理かも知れないけれど、何か、言え。人間の一員として、今、三春と、会話をしているあんたに、何か言って欲しいぞ俺。
 けれど、大原さんは、何も言わない。言えないのかも知れない。
「でもっ!」
 ここで、思いっきり、力を込めて言葉を発したのは、三春だ。
「嫌なのそれっ!」
 三春の両手に、意味のない力が込もっているのが、動けないまま、ただ、三春達を見ているだけの俺にも判る。そのくらい……込められた、力。
「三春ちゃんはね、何だか判らない奴にだくだくとして従うのは嫌だ。三春ちゃんは、探針になるのが嫌だ。勝手に三春ちゃんを〝見張るちゃん〟にした奴に、従うのは、嫌だ!」
 と。
「あの、ねえ、三春ちゃん。あんたがあたしにそれ言って、どーすんの」
 いきなり大原さん、こんなことを言う。そしてそれから。
 三春ちゃんと同じくらい、両手に、力を込めて。
「あたし達はあんたに殺されるのが本当に嫌だっ!」
 こう、言い切りやがった。
「三春ちゃん、あんたはあんたで、いろんな事情があるのかも知れない。けど、こっちだってこっちなりの事情があるんだっ! というか、勝手にあんたの結界に巻き込まれて、本当に往生してるっていうか、迷惑被っているのがあたし達だっ! あんたが、〝何だか判らない奴に唯々諾々として従うのは嫌だ〟っていうのは、あんたの事情だ。あたし達は、そもそも、あんたに巻き込まれたのが、嫌だっ! あんたに従うのが、嫌、だっ!」
 ……おおお。ぱちぱちぱち。俺、なんだか、大原さんに拍手したい気持ち。
「ま、その意見も、ありか。というか、あんた達人間は、そう言うしか、ないんでしょ?」
「……です。こう言うしか、ないんだから」
 ……この二人……何を、二人で、納得し合っているんだろうか?
「で……結局、今、昏睡している中学生は……」
 ここで大原さん、今一番の問題を提起してみる。すると三春。
「悪いけど、それは三春ちゃんの管轄外。……けど、さあ。……あの、ぺち、は、まいったな」
 三春、苦笑している感じ。
「あれはほんとにまいった。あれで感覚的に思い出した。人間って、そーゆーもの、だったんだよ、ねえ……」
 そーゆーものって、どういうものだ。
「格下の生物の癖に。本当に追い詰められると、あきらかに格上の、自分がどう対抗しようもない生き物に、いきなり〝ぺち〟をやる生き物だったんだよね、そういえば、人間は。そんなことやっても、意味なんてまったくないのに」
「い、意味がないとか、言うなあっ! 多分、あれやったやまがたさんは、ほんとに本気でほんとに真剣で」
「だから、そんなこと、判ってるってば。そういう、意味がない、やっても無駄、というか、他の動物には絶対できないことをやるから、それがたとえ無意味でも、三春ちゃんは、昔、人間って生き物が、好きだったんだよ」

#36-2へつづく
◎第 36 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2019年12月号


カドブンノベル

最新号 2020年1月号

12月10日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP