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連載

新井素子「絶対猫から動かない」 vol.3

繰り返す夢から脱出できるか? 大人のための冒険ホラー! 新井素子「絶対猫から動かない」#33-3

新井素子「絶対猫から動かない」

「だから、神様。だから、自分を守ってくれるもの。地球じゃないけれど、それでも、自分が従属したくなる、自分よりとっても上にある、何か」
 成程。確かに、それは、判らない話ではない。けれど……そんな変なものを、改めて作るのなら、それまでどおり、〝母なる地球〟に属していた方が、ずっとずっといいのではないのか?
「だから、神様っていうのは、実は、人類の、罪悪感。地球から切れてしまって、それでも発展してゆく人類が、どうしたって抱いてしまった罪悪感。……あるいは、罪悪感って言葉が悪ければ、〝保険〟? 〝代償行為〟? 〝恐怖から生まれてしまったもの〟? 本当に自分を守ってくれる、地球から切れてしまった以上、どうしたって、欲しくなる、自分を守ってくれるもの。勿論、個別の、一人一人のヒトは、そんなこと、思っていた訳じゃない。けれど、全体としての人類は、昔自分を問答無用で守ってくれていた〝地球〟、〝大地〟のことを覚えていて、だから、人類の集団無意識は、保護してくれるものを欲しがっていて、そして、できたのが、そんな、神様達」
 ……成程。
「そして、そのあと、〝神様〟って概念が発展したら、一神教の神様ができました。これはね、集団無意識が欲しがっていたものの決定版なんだよね。あるいは、罪悪感の権化って言うか。決定版だから、いやあ、この神様ったら、強い強い。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教なんて名前は違っていても、あっという間に世界を席巻しちゃいました。……で、ここで、問題になるのが、あなた達」
 ?
「いや、ね、日本……いや、ひのもとって言おうか、やまとって言ってもいいや、こくでもいい、今、あなた達がいる国。ここ、変だったのよ」
「う……うちの、どこが、変だって言うんだ」
 こう言ったのは、鬼。ほんと、あくまで頑張る妖怪なんだな、こいつ。三春ちゃんは、すでに、もう、何も言えなくなっているっていうのに。
「もともとね、最初、日本には日本の神様がいたの。山の神とか、海の神とか、もうちょっとすすむと、あまてらすおおみかみとか、日本神話にでてくる神様達がね。で、そのあと、一神教の神様が来る前に、〝仏教〟っていうものが伝来していて、『ああ、仏の教えってやつで、この弧状列島の罪悪感は統一されるのかな』って思っていたのに……これが、実になんとも、ちゃんと定着しなかった。仏教が伝来しているっていうのに、ぬえなんていう妖怪が、でてきちゃったしね。鵺ってさあ、『平家物語』なんかじゃ、高僧がとうしてるのに、それに逆らってでてきちゃった妖怪ってことになっているよね。しかも、最終的には武将に退治されるっていう……。仏教が伝来して、ある程度定着したあとで、それに背くものがでてくる、その上、それは仏教によって抑え込まれるんじゃなくて、〝武将〟なんていう、その前の権力者によって退治される、そんな変な構造を持っている妖怪だよね、鵺って。……まあ、それ言ったら、妖怪のみんなは、大体、変なんだけれど」
「えへ」
 ここで鵺が笑ってみせたので、いきなり話、腰砕けになる。うん……この状況で、「えへ」はないだろうって、三春ちゃんは思う。
「そうなの。不思議なことに、この国には、一神教があんまり根付かない。……というか、そもそも、みんな、何だか変な形になってしまっている」
「……って?」
 って聞いたのは、誰だったのか。
「本来の仏教と日本の仏教は違うし、それで言うのなら、本来のキリスト教と日本のキリスト教も、微妙に違っているんじゃないかと思う。隠れキリシタンなんて、これはもう、絶対に、本来のキリスト教じゃないし。……日本って、ちゃんとした宗教を、本来のものとは微妙に違う、ちょっと変なものにしてしまう要素が、かなりある土地柄なんじゃないかと思うのよ」
「……ふむ」
「でね。それは何でかなあって思ったら、答えは一つ。この土地は……人類が、母なる地球から離脱するって決めた時、かなり罪悪感が強かった土地なんじゃないかな、って。……言い換えると、かなり、母なる地球に親しんでいた土地柄なのかな、って。……だから、妖怪のみなさまが、とても沢山、一杯、今でも、います。他の国では、〝妖怪〟にあたる存在なんて、一神教の神様出現のあと、〝悪魔〟って概念でまとまっちゃうことが多いのに、この国には、何故か、今でも個性豊かな妖怪のみなさんが沢山います。うん、罪悪感が強いから、本来ならそんなに発生しない妖怪のみなさんが、ぼこぼこ、ぼこぼこ、ぼこぼこ、ぼこぼこ、湧いてでてきてしまった。そんな土地が、日本なんじゃないかと」
 はい。こういう言われ方をすれば……何となく、意味、判るような気もする。
 で。ここで。
 主催者、一回、にこって笑って。
「ここでまた、話をいきなり随分前まで戻します。バランサーって言った話、覚えてる?」
 これまたいきなり。急に話が、もとに戻ってしまった。
「あなた達妖怪って、つまりはバランサーなんだって処まで、話、戻すね」

        ☆

「今となっては、人類に滅びてほしいって、みんな、思っていないでしょ?」
 主催者がこう言うと、それでも。
「いや、別に。人類なんて滅んでくれてまったく構わないと俺は思っているんだが」
 鬼はねー、鬼はなあ、あくまでも、強気で、こううそぶいてみせる。けれど、それが、あくまでも〝強がり〟だって、今となっては、みんな判ってしまった。
 うん。妖怪が、人類の〝罪悪感〟なのかどうかはおいておいても……集団無意識なんて言葉をすべて無視することにしても……それでも、〝妖怪を作りだしたのは人間だ〟っていうことは……なんとなく、みんな、判るようになっていた。そして、それに納得してもいた。いや、最初から。そもそも、〝妖怪〟なんて変な生き物は、普通だったらあり得ない、だから、妖怪を作りだしたのは〝人間〟だって、みんな、知っていたような気もする。
 と、こうなると。
 さすがに、人類滅んじゃって大丈夫とは……はや、誰も、言いたくても言えない。
「んで、バランスをとる存在が、欲しいのよ」
 バランスをとる存在……それが、バランサーか。
「あきらかに存在が変。捕食動物としては数が少なすぎる。捕食以外の何やってるんだか判らない。そういうあなた達は……人類の、バランスを、とる、存在」
 ただ。これが、判らない。母なる地球から切れてしまい、ひたすら増え、増え、増え続けた人類の……つりあいを、どうやってとる訳? ここまでヒトが増えてしまった以上、つりあいなんて、もう、絶対にとることはできないと、三春は思う。
「うん。最早、普通の意味でのバランスは、あなた達妖怪がどう頑張っても、とれないと思うの。そのくらい、人類は、バランスを崩してしまっている。……けど、ほっとくのは、怖くない? この状態のヒトをほっとくのは……怖すぎると思うんだよね」
「確かに」
 鬼がこう言い、そして、ここにいる連中の、殆どが、納得って顔になっていた。そういう連中って……例えば、鬼とか、九尾の狐とか、鵺とか、白虎とか、龍とか……どう考えても、人間社会にはそのままはいってゆけないもの、ばかりだった。
 けれど。三春ちゃんは、それにそのまま素直に肯う訳にはいかない。というか、判らないことが多すぎたのだ。今、この台詞に肯ってしまうのは、なんだか怖いような気がしたのだ。
 すると。こんな三春ちゃんの沈黙を見越したように、〝主催者〟はこんなことを言う。
「この意見に対して、自分の意見表明をしていない連中もいるよね? それは、主に、人間と見た目がそんなに違わない妖怪達の筈」
 うん。三春ちゃんも、そんな妖怪のひとりだ。
「それはね。賛同してくれた妖怪にこういうこと言うのってちょっと何かって思うんだけれど、鬼とか鵺とか龍とかにしてみたら……どうやっても、それはひとごとだから、なんだよね」
「それはどういう意味なんだ」
 こう文句を言ったのは、やっぱり、最初っからずっと発言している鬼。
「んー……いや、けどね。鬼。あなたは、今の人間社会の中にはいってゆけないでしょ?」
 そりゃそうだ。あきらかに鬼の外見は、普通の人間とは違っている。そりゃ、今では、身長二メートルの人間だっているし(平安時代の日本には、まずこんなヒト、いなかった筈)、筋骨隆々で体重百キロを超える人間だっているだろう(これまた、平安時代には滅多にいなかったであろう体格だ。)。だが、今の日本なら、身長二メートル超え、筋骨隆々、体重百キロ超えのヒトは、いる筈。そういう意味では、鬼の体格は、今となってはそう〝変〟なものではないのかも知れないんだけれど……けど……角があって牙がある人間は……どうしたって、いる訳がない。
「ま、鬼に伝わっているほうで、角や牙を隠すことはできるとは思うのね。実際、平安時代やそこらの鬼は、そうやって、ヒトに紛れていた筈だと思うし」
「そうだ。我々は、そうやってヒトに紛れることができる」
「昔はね」
 主催者、軽く鬼の台詞をいなす。
「でも、今は、無理でしょ?」
「…………」

>>#33-4

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「カドブンノベル」2019年9月号収録「絶対猫から動かない」第 33 回より


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