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連載

新井素子「絶対猫から動かない」 vol.11

繰り返す夢から脱出できるか? 大人のための冒険ホラー! 新井素子「絶対猫から動かない」#35-3

新井素子「絶対猫から動かない」

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 すごいことを言っている、三春ちゃん。それにまた、凄いことを言われたんだ、山形さん。けれど、山形さんは、まったく揺らがない。
「よくないっ! ……けど、いいに決まってる」
 こう、いい切ってしまう。そして。
「だって、もともと……許せないんだから、あんたのこと。何でだか、あんたのこと、三春ちゃんってみんなは呼んでる、けど、なんであんたに、〝ちゃん〟なんて敬称、つけなきゃいけないんだ」
「……ああ、それは。三春ちゃんが、自分で自分のこと、〝三春ちゃん〟だと思っているからだと思う。うん、三春ちゃんにはね、今のところ、一人称がないんだ。〝私〟でも〝あたし〟でも〝わたし〟でも、とつくにの言葉でいう処の〝I〟でもないの。〝個〟っていうものがない、そんな存在が、三春ちゃん。三春ちゃんは、自分のことを認識する時、一人称なしで、ただ、〝三春ちゃん〟って思うしかないの」
 ……これまた、凄いことを言ったんだろうと思う三春ちゃん。でも、山形さんを初めとして、誰もこれにこうでいしなくて……。
 そして。山形さんは、言葉を続けるのだ。
「どうしたってあんたのことは許せない、けど……たった一つ、言いたいことがある。これ聞いてくれたからって、あんたのこと許せるとは思えないけれど……けど……ただ……ただ……返して」
「……って、何を?」
「判っているでしょう! 瑞枝を、返して、千草を、返して、ひと、殺すの、やめてっ!」
 ……ほんっと……血を吐くような叫びだったんだよね、これ。けれど、こう言われた三春ちゃんの台詞が、何か、あまりにも対照的にのほほんとしたもので……。
「それ、無理。判っているよね、えっと……死んだ中学生の名前なんか、三春ちゃんには判らないから……えっと、誰が死んで、誰がひん? 判らないけど、死んでしまった中学生は、もう、絶対に、生き返らない。瀕死の中学生も……そりゃ、その中学生の基礎体力によるんであって、三春ちゃんがどうこうするようなもんじゃない。人を殺すのやめてって言うに至っては、そりゃ、無理だから三春ちゃんにはできない」
「だってっ!」
 山形さんが言い募ると。三春ちゃんは、ちょっと困ったような感じになって。
「んー……さつりく者である三春ちゃんがなんかすると、瀕死の犠牲者が助かる可能性があるっていうたぐいの……フォークロア、ないしは都市伝説みたいなものって、ひょっとして、あんの? 呪術師」
 と、これは。
 多分、言われたのが自分だと思うから……しょうがない、あたし、返事をする。
「……そういうものは……寡聞にして、あたしは知りません」
 というか、あたしはただ巻き込まれただけの人間だっ! あたしが呪術師だって三春ちゃんが主張するから、だから、それに従っているだけで、あたし自身は自分がそんなもんだって思ったことないし、そもそも、あたしにはそんな能力も知識もないって。いや、その前に、そもそも、あんたがひと殺している総元締めだろうがよっ。なら、何でそれを、あたしに聞くんだ。そんなことくらい、自分で知っていやがれっ。
 けれど、三春ちゃんは、このあたしの言葉を聞くと、本当に素直に。
「んー……人間の言い伝えでね、なんか、三春ちゃんが〝こんなこと〟をやったら、犠牲者が助かるってもんがあるんなら、今の三春ちゃん、それやったげること、やぶさかじゃないんだけれど……」
 ……! え? え、なんか、凄く。なんか凄く、三春ちゃん、あたし達に譲歩している感じになってない?
「どーも呪術師の感じじゃ、そーゆーの、ないみたいだし」
 そこで話をあたしに振るなあっ!
「だから、無理」
「無理の一言で、話を終わらせるなあっ!」
 山形さん、絶叫。そしたら……この山形さんの台詞を聞いた三春ちゃんが……ほんとに、変になったのだ。
 もの凄い勢いで、視線をぐるぐるさせて……一回や二回は、その視線が山形さんに向きそうになり……でも、その瞬間、三春ちゃん、自分で自分の目を閉じて。そのまま、頭をなんだか、ぐるぐるさせて。そしてそれから。
「あー、も、めんどくさいっ!」
 ぎゅっと、目を閉じる。これはもう、ほんとにめんどくさくなっちゃって、今の話をシャットアウトしようとするようなぐさ
 そうしたら。
「無理の一言で、瑞枝を殺すなっ! そんなのって、そんなのって、あり得ないでしょう、絶対ないっ!」
 こう叫びながら、山形さんが、三春ちゃんに近づき(いや、今までも、ほぼ、手を伸ばせば触れるくらい近くに、この二人はいたんだよ、それがもっと近づいて)……そして、ぺち。
 ぺち。
 本当にその程度の音しかしなかった。
 だから、これはもう、〝殴る〟なんていうものとは話が違うんだろうと思う。
 気持ちとして……〝さわる〟? 〝ふれる〟? 〝なでる〟?
 えー……事実のみを記すのなら。
 山形さん、自分の右手を伸ばして、そのてのひらで、三春ちゃんの頰を……ぺちってしたのだ。
 ぺち。
 多分、山形さんの気持ちでは……〝殴る〟? ないしは……うーん……全然そうなっていないけれど、山形さんは、三春ちゃんの頰を、平手打ちしたつもり、なんだろうと思う。
「い……」
 その瞬間。うめいたひとがいた。市川さん。
「あんた、中学生! それはあたしのお仕事だってば! 三春に手を出すのはあたしで、中学生はそんなことしちゃまずいって」
 で、市川さんがこう言えば。その瞬間、山形さんが何をしたのか、目を瞑っている筈の他のみんなにも判ってしまった筈。
 いや、その前に。
 市川さんがこんなことを言うっていうことは。(山形さんの平手打ちは、あくまで「ぺち」ってものだったから、音で、市川さんが平手打ちに気がついた訳がないのね。)
 市川さん、この時、すでに、視線をあげてしまっていないか?
 いや、あげていたに違いない。前向いて……三春ちゃんがそっちを見たら、目と目があってしまう状態になっているに違いない。
 それに。
 どうやら、他のみんなも……いや、今でも、打ち合わせを守って、目を瞑っているひともいることはいるんだが……かなりの数のひとが、目を開けて、その上、前向いている気配。
 あああああ。
 もう、何が何だか。
 どうしてみんな、前、向いちゃうんだ。
 も、あたし、叫んじゃう。
「どうしてみんな、前向いちゃうのっ!」

   氷川稔

 どうしてみんな、前向いちゃうのっ!

 こう、大原さんが──呪術師である大原さんが、叫んだ。
 でも。俺は言いたい。

 大原さん。呪術師。どうして、まだみんなが下向いて目を瞑っていると思えるんだ!

 いや、そりゃ。

 最初、この世界にはいる前、俺達、俺や佐川先生や中学生組や市川さんやむらさめさんや、そんなみんなは、確かに同意したんだ。みんな、目を瞑る。夢の世界にいる限り、絶対に目を開けない。その後で、俺が、〝自分の足もとを見ている限り、三春とは目があわない〟ってことを言って、目を開ける場合は下を向くようにって合意したんだ。それは確かにそうだったんだ。

 けど。そんなの、も、〝昔〟の話、だろ?

 あれから時間がたって……というか、その前に、事実関係自体が何やかんやさくそうして……。
 こりゃ。
 こりゃ、目を開けて、顔を上げて、前向いてしまうしか、ないよなあ。
 実の処。
 俺だって、目を開けている。いつの間にか、顔を起こしてしまっていた。前を向いてしまっていた。
 したら、そんな俺の目の前で、するすると、中学生の一人が、三春ちゃんに近づいて……そして、三春ちゃんのことを、〝ぺちっ〟ってやったのだ。
 ぺち。
 ほんっと、そうとしか言いようがない。
 ぺちって、三春ちゃんの頰に触り……んー……これは、三春のことを、〝殴った〟気持ち、なの、かな。その……三春に、〝ぺち〟ってやった中学生。
 ……まあ……〝ぺち〟ってやったひとの気持ちは判らないんだけれど。とにかく、〝ぺち〟。ほんの軽く、〝ぺち〟。
 でも。これは、俺にしてみれば、本当に驚天動地の話だったのだ。
 いや、だって、この中学生、三春を殴ったんだよ?(ぺち、だけど。)
 普通の人間が、殴れるか、三春。
 いや、市川さんは殴ったんだけれど、ありゃ、市川さんの方が特殊だったからで。(どう考えても市川さんって、元ヤンだ。それも、単なる〝元ヤン〟じゃない、レディースの総長とかナンバーツーとか、絶対、何か責任があって、配下の連中を守る立場にいた人間だと思うよ。)
 そんな市川さんが、そんな市川さんだからこそ、やっと〝殴れた〟三春を……単なる中学生が、殴った。(ぺち、だけど。)
 すげっ。
 俺としては、こう思うしか、ない。

>>#35-4へつづく ※11/4(月)公開
◎第35回全文は「カドブンノベル」2019年11月号でお楽しみいただけます。


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