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連載

新井素子「絶対猫から動かない」 vol.5

繰り返す夢から脱出できるか? 大人のための冒険ホラー! 新井素子「絶対猫から動かない」#34-1

新井素子「絶対猫から動かない」


前回までのあらすじ

ある日、地震で地下鉄が緊急停止し、乗客の一人が陥った昏睡が夢の中に結界を作りだした。異変に気づいた大原夢路は、現実世界で乗客の村雨や中学生の渚らと出会い、結界を破ろうとするも果たせない。看護師・市川も仲間に加え、夢路たちは結界を作りだした三春と対峙する。中学生・真理亜の発した言葉をきつかけに、三春は過去に何者かから自分に与えられた役割を思い出した。

   三春(承前)

 しばし。
 止まってしまった時間の中で。
 三春ちゃんは、色々なことを思い出していた。

 そして。三春ちゃんが、いろんなことを思い出すにつれて。
 まるで何かの呪縛がけたかのように……三春ちゃんは……動けるようになった。
 けれど。
 三春ちゃんが止まってしまった時から、この地下鉄の中の時間は、まるで停止しているかのようで……実際に、三春ちゃん以外の連中の時間が、止まっているのかどうかはわからないんだけれど、少なくとも三春ちゃんが見る限りにおいて、他の連中はまったく動いてはおらず……だから、三春ちゃん、ゆっくりと、あたりを、見回すことができた。
 三春ちゃんに迫ろうとしている〝看護師〟。
 そのちょっとうしろにいて、やはり三春ちゃんに迫ろうとしている〝妙に鋭い男〟。
 今にも三春ちゃんに触ろうとしていたところから、呪術師に腕をひっぱられて、無理矢理三春ちゃんから離されてゆく中学生。
 そんな中学生の腕をつかんで、ひたすらひっぱっている呪術師。
 そういう人々が、みんな、ストップモーションみたいな感じで、止まっている。

 そして。
 そんな中でも特異なのが……〝じーさん〟。
 三春ちゃんとほぼ接触しそうな処にいて、そんでもって、ただいま固まっている、じーさん。
 みんなから、その存在そのものを、なんだか無視されているような状況になっていた、じーさん。

 じーさん。

 彼に、目をやった瞬間、三春ちゃん、ほんのちょっと、くすって笑う。

 じーさん。
 こいつだけは、三春ちゃんの存在を、最初っから認めてくれていた。
 いや、言い方、何か違うのかも知れないけれど。
 こいつだけが、三春ちゃんのことを〝化け物〟や〝何が何だか判らないもの〟ではない、三春ちゃん個人として、その存在を認めてくれていたんだし、三春ちゃんに感情移入をしてくれた。……そして、それこそ、この〝じーさん〟の存在があったからこそ、三春ちゃんは、昔のことを思い出すことができたんだ。
 そうだ。
 昔は。
〝三春ちゃん〟が三春ちゃんになる前、今ではもう覚えていない××××って妖怪であった時代は……人間と妖怪の関係性って、今のようなものではなかったはずなんだ。少なくとも、三春ちゃんに限っては、違う。
 もちろん、三春ちゃんはヒトをう妖怪である。ヒトの生気を吸ってしまうんである。
 んでもって、生気を吸われてしまったヒトは、死んだり廃人になったり、そこまではいかなくても、まあ、被害を受ける訳なんである。
 けれど。昔は。
 かろうじて三春ちゃんが思い出せた江戸くらいまでは。
 それでも、三春ちゃんと、被害者であるヒトには、今とはちょっと違う交流があった筈。そんな記憶が……かすかに、三春ちゃんには、ある。
 確かに、加害者と被害者ではあるんだけれど、でも、それだけにはおさまらない、そんな交流が……三春ちゃんと、ヒトとの間には、あった……ような、気が、する。
 そしてそれはか。
 三春ちゃんが、被害者であるヒトと、しゃべることができたからだ。

 しゃべることができるのなら。
 加害者は、一方的に、ただ、〝加害者〟のみという存在では、い続けることはできない。
 生気を吸う相手と、意思疎通ができるのなら。
 そりゃ、いろんなことが、あっただろう。
 いや、もう、覚えてはいないんだけれど。
 確かに、三春ちゃんは、被害者である人間と、しゃべっていたような覚えがある。ヒトは、××××であった三春ちゃんを、恐れてはいたけれど、〝災厄〟のような扱いを受けるのが基本だったんだけれど、それでも、それだけではない交流が、あったような覚えがある。場合によっては、××××だった三春ちゃんが人間を助けたり、××××なのに人間に助けてもらったり、そんなことがあったような覚えがある。

 それを。ひたすら、追究してきたのが、この〝じーさん〟だったのだ。
 寂しい。
 こんな言葉をキーワードにして、三春ちゃんの思いを発掘したのが、このじーさんだったのだ。
 そうだ。
 過去、被害者である人間と、普通にしゃべっていたのなら。
 なら、今の三春ちゃんは、〝寂しい〟、よ、ね?
 何が何だか判らない存在によって、〝見張るちゃん〟にされてしまった後、そうやって、ずっと、人間社会に関与していた三春ちゃんは、それまでは、乏しいながらも、人間と交流していた筈の××××は……〝見張るちゃん〟になってしまった後は……〝寂しい〟、よ、ね?
 けれど。〝見張るちゃん〟、人間を見張るだけの存在、いわば探査するためだけの針には、感情なんてない筈なんだもの。
 寂しいだなんて、思えた筈がない。
 でも、けど。
 三春ちゃんには、それでも、ずっと、感情や、固有の思いがあった。意識しては、いなかったけど。
 うん。それをずっと。
 抑圧、せざるを得なかったのだ、三春ちゃん。
 ほんとは寂しかったのに。
 なのにずっと。
 三春ちゃんは、その〝寂しさ〟に気がつかなかったのだ。
 いや。
 その〝寂しさ〟に気がつかないよう、意識を操作されていたのだ。

〝意識を操作〟。
 こう、言葉にしてみて、初めて判る。
 そうだ。
 そういうことを……三春ちゃんは、されていたのだ。

 ありがとうじーさん。
 あんたのおかげで、三春ちゃんは、思い出すことができた。
 以前、三春ちゃんが〝三春ちゃん〟ではなかった時のことを。
 見張るちゃんになる前、自分がまったく違う存在であったことを。

 三春が、こう思った瞬間。
 何かが、ほどけた。

 それまで。
 三春のことを呪縛していた何かがけたのかも知れないし、あるいは、まったく別の、何かが、〝けた〟のかも、知れない。

 三春は、主催者によって施された、そんな価値観の呪縛をいて、××××って存在に、戻った。
 そんな話を主催者から聞く前、生まれた時からそういう妖怪だった、××××ってものに、意識だけ、少なくとも、記憶はなくても、意識だけは、戻った。
 そうしたら……ほどけた。何かが。
 ほどけた瞬間、三春は、思った。

 今、なら。

 うん、今なら、三春ちゃん、この地下鉄の結界を解消すること、とても簡単にできるよね。三春ちゃんは、結界の中では、自分で思っていたのよりずっと沢山のことができる。××××じゃなくて、探針なんてものになっていたから、それ、忘れていただけだ。
 いや、そもそも、三春ちゃんが結んだのに三春ちゃんにけない結界なんて、ない。ただ、三春ちゃんが××××じゃなくなって、探針みたいに機能を制限されたものになっていたから、それ、忘れてしまっていただけだ。そのくらいのこと、只今の三春ちゃんには判るんだ。

 そして、三春がそれを判ったら。三春が、それを納得したら。

 そうしたら……。
 いきなり、ストップモーションが動き出す。
 地下鉄の中の、ヒトが、動き出したのだ。

>>#34-2へつづく ※9/23(月)公開
◎第34回全文「カドブンノベル」2019年10月号に掲載されております。


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