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連載

新井素子「絶対猫から動かない」 vol.2

繰り返す夢から脱出できるか? 大人のための冒険ホラー! 新井素子「絶対猫から動かない」#33-2

新井素子「絶対猫から動かない」

        ☆

「これは、昔々の話なんだけれど」
 こう言うと、主催者は、こんな意味のことを言い始める。

 昔々。すべての生き物は、地球に直結していた。この大地の子供だったのだ。
 うん、〝母なる地球〟。こういう言葉があるんだもの、すべての生き物は、地球の子供。ま、地球で発生して、地球で生まれ育って、地球で発展していったんだもの、それは、そのとおりだよね。
 けれど。時々。地球で発生して、地球で発展した生き物にもかかわらず、その地球の〝のり〟を超えてしまう生き物が、地球には、出たんだよね。突出して、一種類だけ多くなってしまったものとか、突出して、一種類だけ地球環境に影響を及ぼしてしまうものとか、そんなようなものが。
 主催者がこう言った瞬間、三春には、見えたような気がしたのだ。
 はるか昔。まだ生物が海にしかいない頃、原始の植物がひたすら酸素を作りだしたため、地球環境がどんなに変わってしまったか。
 恐竜が生きていた時代、突出して増えてしまった恐竜が陸地の上すべてを覆い尽くし、ひとつの生物種だけがひたすら地上に君臨した為、地球環境がどんなに変わってしまったか。
 そして。かなり最近。
 人類という、哺乳類の一種が、増えだした。……いや、増えだした、だ、なんてものじゃ、ないわな。
 増えて増えて増えて増えまくったのだ。
 主催者が見せてくれている架空の〝地球〟の図の中で、人類は、増えて増えて増えて増えて……。
すごいでしょう」
 三春達が、人類の増加のあまりの凄さに、何も言えないでいると、主催者、笑ってこう言った。
「〝則〟を超えているにも、程っていうものがある。……普通の生物は、こういうこと、しないんだけれどね。いや、大体、とある生物種が増えすぎると、それを捕食する連中が増えるから、こんなことできないんだけれどね。か、人類には有効な捕食生物がいなかったんで、だから、人類は、これをやってしまった。こんなことができてしまった。……さて、ここで質問です。それは、何でなんでしょうか?」
 まるでこれがクイズ番組とかいう、人間がやってる娯楽のひとつであるかのように(いや、その頃の三春は、そして、誰もが、『クイズ番組』なんてものを知らなかったのだが……何故だか、その気分だけは判った)。非常に軽い感じで、主催者、こう言ってくる。……そして……その答え、三春、判っているような気がする。だから、おずおずと、言ってみる。
「人類が……地球との接触を……切ってしまった……から?」
 三春がこう言うと。主催者は、いきなりぱちぱちぱちぱち手をたたいて。
「はいい、正解です」
 あの時も。
 いや、〝あの時〟がいつなんだか、三春にはまったく判らないんだけれど。
 でも、あの時も、思った。そして、今も思っている。
 この〝主催者〟……なんか、反応が、軽すぎるよな。扱っている話が話なんだ、話題にしている事態が事態なんだ、もうちょっと、なんか、重々しい反応をしてくれないと……いや……でも。
 そう思うのは、三春だけで、実は、これって、ほんっとに軽々しい、その程度の事態……なのか……な? 少なくとも、〝主催者〟にとっては、〝その程度の事態〟だってことに……なるんだろうか。
「今まで。地球には、色々と〝困ったちゃん〟はいたんだ。けれど、人類程の〝困ったちゃん〟は、今までの処、発生したことがない。そんで、こいつらが、〝困ったちゃん〟になってしまった理由は、たったの一つ」
 ごくん。
「人類はね、どっかで、〝地球の生物であること〟を、やめちゃったの。地球との接触を、切ってしまったの」
 そんなことが。地球原産の生物に、できるんだろうか?
「母なる地球を見捨てて、『自分達は、確かに地球原産なんだけれど、地球に引きずられない、特別な生き物だ』って具合に、自分で自分のことを規定してしまったんだよねー、いつしか。うん。みんな、聞いたら笑うと思うよ? 人類はね、科学が進むと、そのうちにね、恒星にも寿命があるってことを知ってしまうのね。……ああ、これ、どういう意味かって言うと、『おひさまが寿命を迎えて死んでしまう日が来る』ってことを知ってしまったってこと。そしたら、なんと人類、『将来的には地球を捨てて、おひさまを捨てて、別の太陽系に移民する、そして人類の繁栄は続く』って思うようになっちゃったのね。というか、むしろ、それ目指して、科学の発展は続いてゆくのね。いつか別のおひさまのもとへ行く、その準備として、この地球の上じゃない、火星とか、小惑星帯とかで──あ、えっと、よその世界でね──人間が暮らすことになる時代も、あるんだよ」
 そ。それは、おかしい。それは、変だ。母なる地球を捨てるだけでもおかしいのに……あの、おひさまを。世界でたったひとつの太陽を、それを捨てて、他の処に移住して、そこでもって発展する? そんな生き物、ある訳ない。おひさまが死ぬことがあるのなら、(そもそもそれが信じられない話なのだが)、世界は、それで終わりだ。おひさまに作ってもらったすべての生き物は、もしおひさまが寿命を迎えることがあったのなら、その時は、それに殉ずるべきなのだ。それが、生き物だ。だから……そんなこと思う生き物なんて、いる訳がない。
「それ、変だって、みんなには判るよね? けど、人類には、判らない。……あれは……いつの間にか、地球原産の癖に、地球の生き物ではないって自分で思っている、〝変な生き物〟になってしまった」
 ごくん。
 三春は、またまた、唾を吞み込む。なんか、覚悟をしなきゃいけない状況になったような気がする。
 だって。
 地球原産の癖に、「自分は地球の生き物ではないと思っている」、そんな変な生き物。その末路、三春には、たった一つしか、思いつけなかったから。
 ……滅びる。
 理由はまったく判らないけれど。
 けど、〝地球原産〟の癖に、地球を無視している生き物がもしいたとしたら……それはもう、待っているのは、〝滅びる〟って結末しか、ないだろう?
「で」
 ここで、妙に明るい声を出したのが、主催者だったのだ。
「みなさん、お判りのように、このままほっとくと、人類は、滅びます」
 ま。確かにそれはそのとおりなんだが……ここまであっけらかんと言われちゃうと、それはあの。
「別にね。人類なんて滅んだってまったくかまわないんだけれど……妖怪のみんなは、それ、困るよね?」
「え……困るのか?」
「何でだ」
「滅んでくれてまったくかまわないんだが」
 そんな疑問の声が、あちらこちらから湧く。
「いや、今はみんな、〝困らない〟って思っているかも知れないけれど、実は、困るの。というのは、〝妖怪〟って、何なのかって言うと、そもそも、〝人類の罪悪感〟だから」
 ? ?? ???
 またまた、あたりは疑問符の海に吞み込まれる。
「ここは、日本の妖怪の集まりだからね、だから、あくまで日本的に言わせてもらうと、えっとお……ここにいるのは、大体、すい天皇の時代くらいから始まって、平安時代くらい、鎌倉時代くらい、それから、うんとたって、江戸の連中とか、明治、大正、昭和の連中だよね。さすがに、平成や令和やその先の子達は、まだいないけど」
 ……江戸は判るけど。江戸時代って三春は体験しているけれど。その先にくっついている、明治とかなんとかって、何だ?
「うん、あなた達妖怪は、実は、無意識における〝日本の人間の罪悪感〟が作成したもの、なの」
 ? ?? ???
「母なる地球と切れてしまった。そうしないと、ここまで無制限に無軌道に無意味に、地球上に蔓延はびこることができなかった。そんな人類なんだけれど、実際に、蔓延ってみたら、怖くなっちゃったんだよね」
 ? ?? ???
「もうちょっと古い話をします。最初のうち、人類は、自分達が母なる地球とのちゆうたいを切ったことに気がつかず、とにかく増えていって、どんどんのさばっていったんだけれど……そのうち、怖くなっちゃったんだよね。うん、すべての地球上の生き物は、地球に守られているのが〝普通〟の姿なんだもん、勝手に地球との〝連帯〟っていうか〝紐帯〟を切っちゃったら、そりゃ、怖いよね。で、んー、日本で言う処の推古天皇時代よか、ずっと前に、えっとお、あなた達は多分知らないであろう、エジプトとかギリシャって処には、〝神様〟ができました。これ、地球にまんえんしてしまった人類の、〝恐怖〟っていうか、〝罪悪感〟が、しこって固まったもの」
 ? ?? ???
「だって、絶対につながっていなきゃいけないものと、切れてしまったんだよ? それも、自分の意思で、自分の思いで、絶対に必要な、そんな鎖を切ってしまった。……したらねー、人類だって、怖くなるよ。もちろん、そんな怖さは、一人一人の人間の頭の中には浮かばない。人間の頭の中って、いわばまあ、人間連中が言っている〝理性的〟な世界だからさ、どんなに怖くったって、それ、認める訳にはいかないよね」
 主催者が言っていること……まったく三春ちゃんには理解不可能だったんだけれど……けれど、主催者が言っている〝気分〟は、何となく……どこがどうって言いにくいんだけれど……判らない訳じゃないって気がした。
「本当に自分を守ってくれる母親。そんな、絶対に守ってくれる、〝母なる地球〟から独立した生き物だって、人類は自分で自分のことを勝手に規定しちゃったんだよ? したら……自分を絶対的に守ってくれる、〝なにもの〟かが、なくなっちゃう訳じゃない」
 その状況を、ちょっと三春は想像してみた。
 ……怖かった。

>>#33-3へつづく ※8/26(月)公開
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「カドブンノベル」2019年9月号収録「絶対猫から動かない」第 33 回より
○第 32 回までは文芸カドカワでお楽しみいただけます。


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最新号 2019年10月号

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