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連載

新井素子「絶対猫から動かない」 vol.4

繰り返す夢から脱出できるか?大人のための冒険ホラー!新井素子「絶対猫から動かない」#33-4

新井素子「絶対猫から動かない」

 ここで鬼が黙ってしまったので、〝ああ、それは無理なんだな〟って、三春にも判った。角や牙を隠す外法、多分、そんなに長時間、継続してできるものではないんだろう。そして、平安時代なら、一時角や牙を隠せば済んだ話だったのが……今となっては、もし、人間社会に溶け込むつもりだとしたら……二十四時間、三百六十五日、それを、ずっとずっと続けなきゃいけないって話になっている筈なんだ。そして……そんなことは、きっと、無理。
「龍や鵺なんて、もっと無理だよね?」
 主催者がこう言うと。
ひとがたちをとること、しゆなら可なり。なれど、それを継続すること……あたわず」
 龍がこう言い、ついで鵺が。
「てへ……無理」
 って言って……あああ、なんでこんなに鵺って、台詞が軽いんだー。
「だから、問題にしたいのは、今、返事をしなかった連中」
 ぎくん。それは……ま、他にもいろんな妖怪がいるのかも知れないけれど……けど、それは、三春ちゃんのことだ。
「今、返事をしなかったのは。人間社会に紛れ込むことが可能な、そんな外見の、連中だよね?」
 そのとおりだ。三春ちゃんは、まさに、そういう外見の妖怪。
 いや、一応、生まれたのが江戸のちょっと前だったから、基本的に身長は低い。その上、みのかさかぶっている。これは、戦国時代から江戸だったら、ごく普通の格好だったのだが、時がたつにつれ、かなりおかしなで立ちになっているであろうことは否めない。
 だが。基本骨格は、そして、基本の格好は、人間と同じ。
 うん。三春ちゃんは、鬼なんかに比べると、はるかに人間社会に溶け込みやすい格好を……している、と、言えば、している、ん、だよね。龍や鵺なんかとは、そもそも基準が違う。だって、あいつらって、そもそも人間形をしていないんだもの。しかも、その上、三春ちゃん、人間の目を誤魔化すのは、とても得意。というか、ヒトに、自分が見たいと思っている姿をみせることができる妖怪なんだよね。
「そういう妖怪のみなさまに、お願いしたいんだわ」
 主催者。こう言うと、首をちょっと、傾ける。
「みなさん、自分の形が、人間に近いって自覚しているから」
 ずきん。
「だから、今、返事、しなかったんでしょ? なまじ返事をしてしまったら、なんか余計なことを要求されそうだからって」
 どきん。
「うん。実際に、要求をするの」
 ぎくん。
「座敷童。おにばば。二口女……」
 このあとも、主催者の言葉は続いたんだけれど、けれど。けれど、途中で、主催者の言葉、三春ちゃんにはよく聞こえなくなる。なんとなれば……今となっては、すでに忘れてしまっていた、そんな、〝本当の自分の名前〟を、続く台詞のどこかで、呼ばれたような気がしたから。
「みんなして、ヒトを、見張って」
「い、いや、でも」
 気がついたら、三春ちゃん、こう言っていた。いつの間にか、口が勝手に動いて、言葉を紡ぎだしていた。
「見張っても……それでも……バランサーなんて言われても……あの、ヒトが増えてゆくこと、増えすぎてゆくこと、それは、見張っても見張っても、しょうがないことなんじゃないのかって……」
「そのとおり、××××」
 ここで、きっと、三春ちゃんは、本来の妖怪としての名前を呼ばれたんだろうと思う。そんな気がする。けれど、その言葉は、もう、記憶の渦の中に紛れてしまって……今やもう、判然としない。なんだか〝聞こえない〟っていうものになっている。
「けれど、あくまで異常が観察されている状況には、計測器具を突っ込むのが科学的な態度ってものでしょ? 確かに、ここまできてしまえば、バランサーがあってもバランスがとれるとは思えない、けれど、異常が発生しているんだもの、それを調べる道具は、欲しいよね」
 ……。
 どこかで。何かが。ひっかかった。
 この、主催者の言いざま。
 この感じだと……三春ちゃんは……「主催者にお願いされて、ヒトを見張っているもの」ではなくて……単なる〝計測器具〟? というよりは……〝道具〟? そんな話になってしまうのではないのか?
 けれど。主催者は、あくまでさくさくと話を進めてゆく。
「だから、お願い、あなた達は、ヒトのことを、人類を、人間を、見張ってね」
 肯った訳ではないのに。なのに、いつしか、反論できる気分では、なくなっていた。
 そして。
 主催者は、一回、うなずいて、こう言う。
「だから、今日からは、あなた達は、みはるちゃん、ね。ヒトを見張る、そんな意味での、〝見張るちゃん〟」
 あああっ。
 多分、これが、妖怪の一番の弱点だ。
 妖怪って……自分の名前を変えられてしまうと……おそらくは、〝名前〟という呪術に、その存在、そのものを規定されてしまう。
「今日から、あなた達は、〝見張るちゃん〟」
 言われた瞬間。
 三春ちゃんは、自分の存在、それ自体が、根底からぐしゃぐしゃになってしまったことを感じる。多分、三春ちゃん、この瞬間、本当の自分の名前を無くしたのだ。
 そんな三春ちゃんの気分をおいておいて。
 主催者は、言葉を続ける。
「まあ……でも……みんながみんな、〝みはるちゃん〟って訳にはいかないから……えーと、あなたは、〝美晴〟ちゃん」
 一体の妖怪を指さして、主催者は言う。
「あなたは、深春ちゃん」
 また、別の一体の妖怪を指さして、主催者は言う。
「そして、あなたが瞠ちゃん」
 ……ああ、もう、どうしたらいいんだろう、三春ちゃんは逃げたいんだが……だが……どうしても体が硬直していて、逃げることはおろか、体を動かすことすら、できない。
 そして、そんな状態を続けていたら。
「そして、あなたが、三春ちゃん」
 三春ちゃん。
 主催者に、こう、指さされてしまった。
 その瞬間。
 三春ちゃんは、三春ちゃんに、なった。なってしまったのだ。
 今までの自分がどんな妖怪であったのか、それを全部、無くして。
 三春ちゃんは、三春ちゃんとして、この世界に存在することになったのだ。
 そんなこと……したかった訳では、まったくないのに。

 今なら判る。
 あの中学生に、〝ぎらぎら〟って言われた時、何故、三春ちゃんが硬直してしまったのか。
 今なら判る。
 あの中学生の言葉、そのすべてが納得できる。
『あれは、オフェンス!』
『本当にこいつがやっているのは、ただ、見ているだけ。見張るだけの……こいつは、そーゆー、生き物なんだよ』
 ……多分、そのとおりだ。
 三春ちゃんは、三春ちゃんになった瞬間、そういう生き物になってしまったのだ。
 そして、あの時、中学生が『ぎらぎら』って言った瞬間、何故、自分が動けなくなってしまったのかも、今更ながら、判るような気がする。
 言われた瞬間。
〝主催者〟に……何だか判らないモノに、「あなたは三春ちゃん」って言われた時のことが……頭のどこかで、響いたからだ。
 あなたは三春ちゃん。
 言われた瞬間、三春ちゃんは、それまで自分がそうだった××××ってものから、いきなり、〝三春ちゃん〟になってしまった。
 まるで……探針? プローブ? 肉体の、その組織を調べる為、その肉体に注入される医療機器の何か。そんなものになってしまった。そして、その本質は、〝ぎらぎら〟なのだ。(勿論、三春ちゃんは、探針だの何だのってもののことは知らない。けれど、知っていた。うん、〝知っている〟じゃなくて、〝知っていた〟。すでに、過去形。そうだ、あの、いつとも知れないどことも知れない空間は、おそらくは時というものを超越しており、あそこで得た知見は、数百年にわたる時間を、ぐちゃぐちゃにこきまぜて、団子にするようなものだったのだ。)
 そして、三春ちゃんがなってしまった、探針の本質って……。

 見張るちゃん。
 ぎらぎら。
 そういうものに、他ならない。

 だから。
 ぎらぎらって言葉を聞いた瞬間、三春ちゃんは硬直した。しばらく硬直し続けていた。
 けれど、今。
 そういうことを思いだしたのなら……三春ちゃんの硬直は、解ける。
 三春ちゃん、自分の思うままに動くことができる自分を感じる。

 とは言うものの。
 動けるからって……今、何を自分がしたいんだか……それが、かなしいまでに、三春ちゃんには、判らない……。

>>#34-1へつづく ※9/16(月)公開

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「カドブンノベル」2019年9月号収録「絶対猫から動かない」第 33 回より


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