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連載

新井素子「絶対猫から動かない」 vol.14

繰り返す夢から脱出できるか? 大人のための冒険ホラー! 新井素子「絶対猫から動かない」#36-2

新井素子「絶対猫から動かない」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

>>前話を読む

「…………」
「だから、三春ちゃんは無条件に結界を解く気持ちになったんだから」
「………………」
「やっても意味がないことをやる、やらずにはいられない、でも、やっても意味がない。これやる〝人間〟っていう生き物が、ちょっとは好きだなって、三春ちゃんは、人間に、〝ぺち〟みたいなことやられる度に、思うんだよ」
「……………………」
「三春ちゃんが生気を吸った人間が、その後、生きていられるかどうかは、これはもう、三春ちゃんの管轄外。それこそ、完全に、その人間の個人的な生命力にかかっている話だから。……けど」
「けど?」
 けど? 逆接の接続詞がここにくるということは、何か、あるのか? 俺、いつくようにして、大原さんと会話をしている三春に視線を飛ばす。そして、大原さんも、この台詞に喰いついて。すごい勢いで、三春のことを見る。と、三春。
「名前を、呼んであげろって、中学生に言ってみて」
「え?」
「三春ちゃんが生気を吸った人間が、その後、生きていられるのかどうかは、これ、まったく判らないし、三春ちゃんにだってどうしようもない。……けどね、死にかけている人間、結構最後まで、耳だけは生きているんだよ。だから、中学生達が、本気で死にそうな中学生を助けたいのなら……名前を、呼んでみたら? 名前っていうのは、呪術だから。自分の本当の名前を、死にかけている自分の耳元で、ずっとずっと呼び続けられたら……すでに、〝死〟の方へいっちまった奴は、それやってももう駄目だと思うんだけれど、〝生〟と〝死〟の狭間にいる奴ならば。ずっと自分の名前を、本当の名前を呼び続けられたら、かえってくることが、あるかも知れない。……ま、ない、かも、知れないけどね」
 この三春の言葉を聞いて。大原さん、いきなり深く頭を下げる。そして。
「ありがとう」
 これを聞くと、なんだか三春の方がちょっと慌てた風情になり。
「いや、そんな、ほんとにこれ、判らない話なんだよ? ……まして……この先、三春ちゃんに、人を殺すなっていうのは、それはほんとに無理なんで」
 この三春の台詞に対して、大原さんは、ふっとため息をついて。
「ま……そう、なんでしょうね」
 いや、大原さん、〝そうなんでしょうね〟なんて、言っていい台詞なのか、これ。でも、駄目だって言ってもしょうがないっていうか……。
「三春、さん、は、ヒトを喰う生き物なんだから……喰うなっていうのは……」
「呪術師に、〝明日から死ぬまで絶食しろ〟って言ってるのと同じ意味になるんだと思う。で、呪術師的には、それ、可能だと思う?」
「無理です」
 ……まあ……確かに……それは、無理だろうなあ。
 それから、しばらくの間、三春ちゃんと大原さんの間で、視線が行ったり来たりして。そして、それから。ふっと思い出したように大原さん。
むらさめさんは? 三春……さん、さっき、『動くな』って言った時、村雨さんにだけは声、かけなかったでしょ、あれは、何で」
「あ、じーさん?」
 三春ちゃんの声が、いきなり、跳ね上がる。微妙に……なんか、うれしがっているかのようだ。
「あのじーさんは、ほんっとに、三春ちゃんにも不思議で……最初はね、宗教の開祖とか、なんかそんな、すっごい特殊な人間なのかって思ってた。でも、そういうオーラがまったくないし。じゃ、なんだってあのじーさんはって思っていたら……ようやっと、判った」
「?」
「や、あれは、人間じゃない」
 え。村雨さんが人間じゃないって……彼も、何らかの意味での、妖怪だったのか?
「あれは、〝足るを知る〟人間。まず、滅多にいない、人間。と、いうことは、人間じゃなくて、ほぼ、獣」
 ……え。ほぼ、獣って。それは一体、どういう意味なんだ。
 それにまた。足るを知る。……それ、どんな意味なんだろう。
「獣だったら〝足るを知る〟っていうの、普通なんだけれど、人間にはほぼいない。人間は、どんなに自分の思いが満たされても、いや、満たされれば満たされる程、次の欲望を抱いちゃうんだけれど、じーさんは、自分の欲望が満たされたら、その瞬間、満足してしまう、そして、満足が続く、そんなな人間なんだ……と、思う。自分の欲望が〝足りた〟ことを知って、そして、それに満足する。うん、こういうのが、〝足るを知る〟人間。自分の欲望が達成したら満足して、そして、それ以上を求めない、そんな人間」
 …………。
「……普通さあ、動物は、みんな、足るを知っているのよ。普通の動物は、自分の欲望が達成したら、それで満足する訳。おなかいたと思ったら、獲物を襲う。んで、食べる。満足する。そこで獣の欲望は、おしまい。……けど、人間だけが、それでは満足できない。何故か、できない。一つの欲望がかなえられたら、そこで満足しないで、次の欲望を抱いてしまう、それが人間」
 ま……そう……なんだ、ろう、な。
「けど、じーさんは、〝足るを知って〟んのよ。あのひとは、確かに人間だから、欲望は持っている。けど、その欲望が満足したなら、そこで話が終ってしまう。……普通の人間は、一つでも欲望が叶えば、どんどんじゃんじゃん、次の欲望に話がいってしまうのにね。けど、じーさんは、違う」
 成程。
「あの、じーさんとかね、三春ちゃんに〝ぺち〟した子供とかね、あーゆーのを見る度、三春ちゃんは思うんだ。人間って……捨てたもんじゃ、ないな、って」
 大原さん。
 何ともいいようがない表情をして、三春のことを見ている。
 三春も、また、何ともいいようがない表情をして、大原さんのことを見ている。
 こんな時間が、少し、続いて……。
 そして。

 そして。
 三春、笑う。にぱあって。
 そしてそれから。
「うん。なんか、基本合意がとれたような気がするから」
 え? なんかどっかで、合意してんのか、三春と大原さん。
 それはほんとに疑問だったんで、俺はそれを、三春にか大原さんにか、聞きたかったんだ。本当に聞きたかったんだ。けれど……俺は、動けない。どうしたって、動けない。
 でも。
 何故だかは判らない。何だかは判らない。けれど、三春と大原さんは……なんか、どっかで、ほんとに〝基本合意がとれた〟ようで……。
 二人、それ以上、何も言わない。
 そしてそれから。
 この後。
 じーさんと三春は、何か、ぼそぼそ、しゃべっていた。
 俺は、結構三春に近い位置にいたんだけれど、それは、どっちかって言えば大原さんより、じーさんの方とはかなり離れていた。
 だから、大原さんと三春がしゃべっていたことは聞こえたんだけれど……じーさんと三春、この二人については……。
 しゃべっていることは判ったんだけれど……その内容まではまったく判らなくって……。
 そして。
 しばらく、じーさんと三春がぼそぼそしゃべって……。
 この時。
 この世界で。
 動けるのは、三春と、三春が動くことを許したものだけ。
 そして、その後。

 いきなり。

 いきなり、三春が、宣言したのだ。

「三春ちゃんの結界、今、解くからねっ!」
 ……え?
 え、えええ?
 何がどうしてどうなったんだ、一体今、何が起こったんだ、そんなこと、まったく判らないままに……今。
 今、世界の、位相が変わる。
 今、世界は、転変してしまう。
 そして、今。

#36-3へつづく
◎第 36 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


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