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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.9

【連載小説】五年前、夢は役者として成功しつつあった。しかし、所属していた劇団の運営は思わしくなく……。 こざわたまこ「夢のいる場所」#3-4

こざわたまこ「夢のいる場所」

※本記事は連載小説です。

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 五年前、ビューティフル・ドリーマーの本公演を諦め、私が出演を決めたアモックの企画公演は大成功に終わった。
 その時総合演出を務めた演出家が、地方の劇場主催の戯曲賞にノミネートされたことも大きかった。小劇場界ではかなりの話題作となり、公演は連日好評を博した。演劇関係者や評論家からの評判も上々で、雑誌やネットなんかでもちょくちょく取り上げられていたらしい。
 その公演をきっかけに、私はいくつかの劇団から客演としてオファーを受けた。どれも、当時とても勢いのあった劇団だ。その頃にはスーパーの仕事は辞めていて、貯金とアルバイトで食いつなぐような日々ではあったけど、毎日が新しい出会いと可能性に満ちあふれていて、さして苦にもならなかった。
 その一方で、ビューティフル・ドリーマーの本公演の評判はあまり芳しくなかった。拓真が仕事に忙殺されて脚本を書き上げられなかった、というのが大きな理由だ。勤め先の学校で、初めての担任を受け持つことが決まったタイミングだったらしい。劇中に即興劇を取り入れる等して本番はしのいだものの、脚本はチグハグで見るに堪えず、アンケートには厳しい意見が並んだ。
 その頃から、拓真は稽古場でも考え事をしている時間が増えた。
『拓真、今脚本どんな感じ?』
 翔太の質問にも、曖昧な答えしか返ってこなくなった。翔太の目にはそれが、拓真の怠慢と映っていたようだ。さらにその次の公演で、パンフレットの脚本担当から拓真の名前が消え、翔太が初めて脚本兼演出を務めた。今までの作風とはがらりと変わって、コメディ色の強い作品となった。でもそれも、思うような評価を得ることはできなかった。翔太はそれからもコツコツ作品を書き続けた。ところが、翔太が頑張れば頑張るほど、状況は悪い方へ悪い方へと転がっていく。
 脚本がワンパターン。演出に新鮮味がない。
 いつだったか拓真が口にしていた他劇団への評価は、そっくりそのままビューティフル・ドリーマーの評価として、SNSやアマチュア演劇の批評掲示板に口コミがのぼるようになった。当然、劇団員のモチベーションも上がらない。
 結果、結婚や就職という理由で主力メンバーが次々劇団を離れていった。一度ついてしまったイメージを覆すことは難しく、劇団ビューティフル・ドリーマーは、以前のように役者がこぞって出演したがるような劇団ではなくなってしまっていた。
『ビューティフル・ドリーマー、最近何やってるの?』
『もう新作は作らないの?』
 翔太や拓真のことを知る演劇関係者の飲み会でそんな言葉を聞くようになるまで、そう時間はかからなかった。
 丁度その頃だろうか。拓真と翔太の間では、劇団の運営方針について考え方の違いが顕著になっていたようだ。今こそ起死回生を狙って勝負に出たいという翔太と、新作の発表自体に消極的な拓真。気が付けば、大きな溝ができていた。二人の意見は最後まで交わることはなく、平行線をたどることとなった。

「劇団を解散したい」
 そう切り出したのは、拓真だった。春の陽気から一転して急な冷え込みが続く三月のある日のことだ。およそ一年ぶりにメンバーの四人が集まった、久しぶりの飲み会での出来事だった。といっても、まだ一杯目のビールも頼んでいない。青天のへきれきとは、まさにこのことかと思った。
「え、なんで?」
 最初に言葉を発したのは翔太だったけど、おそらくその場にいた全員が、同じ顔をしていたと思う。
「……なんか、いつまでもこんなことやって遊んでる場合じゃないかなって」
 こんなこと、という言葉を聞いた翔太が、ぴくりと眉を動かすのがわかった。
「俺、そろそろ地元に戻ろうと思ってるんだ。急で悪いけど。今いる学校には、もう退職届を出してある。四月には、あっちに引っ越すつもりだから」
 拓真はあくまで決定事項を報告する体で、私達にそれを告げた。
「え、なんで? これからじゃん、俺達」
 翔太は戸惑いと怒りの入り混じった表情で、拓真に訴えかけた。
「もっかい、夢に出てもらえるように頑張ろうって、ずっとそう言ってたじゃん」
 それを聞いた拓真が、無理無理、と顔の前で大きく手を振る。
「そんなことねーよ、この前の公演は割と好評だったし。夢は今もうちの劇団員なんだし」
 なあ、と翔太に言われて、そうだよ、と慌てて頷く。
「確かに今はスケジュール埋まっちゃってるし、すぐにってのは難しいかもだけど。でも、いつかは」
 すると拓真が、いつかなんてもうないよ、と吐き捨てた。
「ていうか、劇団員の籍なんてあってないようなもんじゃん。最後にうちの公演出たの、いつよ? 今だって、一応ホームページに載ってるってだけの話でさ。これから、どんどん有名になってくだろうし。てか、実際そうなってんじゃん。もう俺らなんかの劇に出るレベルじゃないよ、随分前から。夢さんだって、ほんとは思ってんだろ。こんなとこにいつまでもいられないって」
 咄嗟になんと答えていいかわからず、答えに詰まる。
「おい、やめろよ」
 翔太がそう言って、拓真の胸倉をつかもうと手を伸ばした。拓真は、こわ、と言いながら、それでもなお口元には笑みを浮かべていた。ちょっとやめなよ、と今日子が立ち上がろうとする。
「ていうか、もう飽きたんだよ。劇とか」
「……は?」
 拓真の目は、泥酔したようにどろりとして、濁っていた。
「俺、ずっと思ってたんだ。劇場のキャパ広げて、集客人数増やして、それが何になるんだよ。そんなことしたって、プロになれるわけでもないのに。自称演劇人みたいなやつらに交じって稽古して、こっちは平日仕事でへとへとなのにさあ。それで何の悩みもなさそうなつまんねーやつらがつまんねー劇作ってきゃっきゃきゃっきゃしてるの見てると、ぶん殴りたくてたまんなくなるんだよ!」
 拓真の悲痛な声が、店内に響き渡った。翔太は、伸ばした手をどうするべきか、考えあぐねているようだった。すると、それを見ていた拓真が、殴れよ、と呟いた。翔太を挑発するように。
「何がこの前の公演は好評、だよ。お前、ほんとにアンケート読んでんの? 所詮、社会人劇団レベルだってさ。お前も、その辺の自称演劇人と大してかわんねーよ」
 宙に浮いた翔太の手がその一言で拳に変わり、次の瞬間、ごつりと骨がぶつかり合うような音が聞こえた。拓真の体が床に投げ出され、ようやく二人が離れる。拓真が手で乱暴に口を拭うと、シャツの袖口にうっすらと血がにじんでいるのが見えた。
「いって……」
 物音を聞きつけてか、どうなさいましたか、と店員がやって来た。大丈夫です、と今日子が答える。その横を、ふらふらと歩きながら通り過ぎようとする拓真の姿があった。その途中で、拓真が一度だけ歩みを止めた。
「……おやが倒れたんだ」
 え、と今日子が呟く。翔太が隣で、目を見開くのが分かった。
「俺んちに、他に面倒見られるようなやつはいないんだよ。だから俺、戻んなきゃ駄目なんだ」
 すると翔太がたまりかねたように、でも、と口を開いた。
「ここでやめるなんて、やっぱりもったいないよ。家族のために自分の人生棒に振るなんて、おかしいって」
「それって結局、自分のことだけ考えてられるやつの台詞だよな」
 拓真はそう言って、再び歩き出した。そして最後まで、こちらを振り返ることはなかった。

 店の外に出ると、満開の桜が夜空に広がっていた。例年より少し早く開花の時期を迎えたために、道路にはピンク色の花びらが散っている。きょろきょろと辺りを見回すと、目当ての人はすぐに見つかった。店からいちばん近いコンビニのベンチに拓真が座り、一人で煙草を吸っている。目が合うと、こちらに手を上げてきた。さっきまでのことなんて、まるでなかったみたいに。
 小走りでベンチまで近付き、迷った末、隣に座る。拓真はしばらくの間、美味しそうに煙草を味わっていた。
「珍しいな」
「え」
「夢さんってこういう時、引き留めに来るキャラじゃないだろ」
 拓真がそう言って、意地の悪い笑みを浮かべた。
「今日子さんあたりが来るかと思ってた」
 今日子の方がよかったの、と聞くと、拓真は一瞬考えるような表情を見せて、どうだろうな、と呟いた。
「翔太からの伝言、聞く?」
「……一応、聞いとくよ」
 一呼吸おいてから、翔太が言っていた台詞をそのままそらんじてみせた。
「『お前なんかよりずっとずっとおもしろい劇作って、そんで、お前もその辺の自称演劇人も、全員叩きのめしてやるからな。今に見てろよ』……だって」
 それを聞いた拓真が、なんだそれ、と噴き出した。くつくつと笑う拓真の動きに合わせて、手元から延びた煙がゆらゆらと揺れる。
「どうぞ、好きに続けてくださいって伝えといて」
 俺はここで、ギブアップ。そう言いながら、短くなった煙草のフィルターを地面に押し付ける。チリチリ、と小さな火花を散らして、煙草の火があっという間に消えた。
「ギブアップして、それで? 地元に戻って、どうするの」
 また教師でもやるさ、と拓真は言った。口笛でも吹き出しそうな軽い口調で。
「くいっぱぐれのなさそうな職業選んどいて、よかったよ」
「……演劇は、もうやらないの」
 すると拓真が、あきれたように私を見返した。
「東北の片田舎だぜ。周りは山ばっかで、電車が一時間に一本も来ないようなとこ。劇なんてできるわけないだろ。演劇なんて、所詮は恵まれたやつらの暇つぶしだよ」
 拓真はそう言って、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「翔太が同じこと聞いてきたら、殴り返してやったのにな」
 代わりに殴られようか、と言ったら即答で、馬鹿じゃねーの、と返された。結局、殴られたりはしなかった。空を見上げると、天気のせいかスモッグのせいか、ぼんやりとした空に水に滲んだ絵の具のような月が浮かんでいた。どれだけ目を凝らしても、その周りに星は見えない。すると急に、あのさ、今だから言うけど、と拓真が切り出した。
「俺、最初に会った時から、夢さんのこと嫌いだったよ」
「……うん、私も」
 拓真が、ぽかんとした顔で私を見返す。少ししてから、そういうとこが嫌いなんだよ、と言って拓真は笑った。
「夢さんっていっつも、自分には何もないって顔してんのな。ほんとは全部を持ってるくせに」
「……さいとう君には、そう見えるの」
 それは違う、と首を振ったけど、拓真は聞いていないようだった。
「でも、そういうもんなんだろうな。本当に才能がある人は、自分に才能があるなんて思ってないんだ」
 あーあ、ほんと嫌になる、と言って、拓真が地面に足を投げ出した。
「なんで俺は、働いて、食べて、寝るだけの人生じゃ満足できないんだろう」
 拓真はそう言って、自分の足元をじっと見つめていた。
「続ければ続けるほど嫌いになるなんて、思ってなかったよ。……演劇なんて、大嫌いだ。演劇やってるやつらはもっと嫌い。あいつら自分には甘いくせに他人には厳しいし、すぐ時間破るし責任感ないし。自分には才能があるとかないとかそんなことばっっか言ってて馬鹿みたいだ」
 そこまで一息に言うと、だからさ、と拓真はこちらを振り返った。
「……だから、夢さんだけは本物でいてくれよな」
 え、と聞き返したその時、一台の乗用車がやってきて、丁度私達の前に駐車した。ヘッドライトの眩しさに、思わず顔を顰める。拓真は目を細めながらも私をまっすぐ見つめて、それを言った。
「ちゃんと売れっ子になって、ちゃんと面白い劇作って。俺みたいな凡人の愚痴なんてでもないって言えるくらいのやつ、作ってくれよ。そんで、才能のないやつがひがんでろよって笑い飛ばせるくらい本物の、すごいやるになってよ」
 今の拓真に私からかけられる言葉なんて、あるはずがなかった。
「俺に、羨ましいなんて思わせないでくれよ」
 それが、私が拓真と交わした最後の会話になった。それから数日も経たない内に、拓真は私達の前から姿を消した。SNSはもちろん、メールアドレスや電話番号といったものは何もかも変えられていた。連絡を取ろうにも、そのすべすら、拓真は残していかなかった。
 そしてそれ以降、私達四人が顔を合わせることはなかった。今日子だけは時々連絡をくれたりもしたけど、次々やってくる公演や生活のためのバイトに追われ、返信をおざなりにするうちに、やがてそれすらも途絶えた。いわゆる、自然消滅だ。と言ってもそれは、特別なことでもなんでもなかった。そんな劇団は、それこそ星の数ほどあるのだ。あの夜、私と拓真の頭上に広がっていた、見えない星空のように。

つづく
※次回は8月号に掲載予定です。

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