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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.13

【連載小説】私はかつての因縁の相手、莉花に再開した――。 こざわたまこ「夢のいる場所」#4-4

こざわたまこ「夢のいる場所」

※本記事は連載小説です。

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「──で、結局受かったのは、私だったわけだけど」
 莉花がそう言いながら、喫煙室に一脚だけ置かれたスツールに、よいしょと腰を掛けた。歓談の時間は後どれくらいだろうか。壁越しに外の様子を窺ってみるも、けんそうが大きくていまいちよくわからない。翔太はさすがに、中に入っただろうか。帰るタイミングで一度くらい、顔を見られるといいけど。
「あんたあの時、私になんて言ったか覚えてる?」
「……ふつうに、おめでとう、とかじゃないの」
 すると莉花が勢いよくスツールから立ち上がり、それよ、それ、と私を指差した。
「そう。あんた言ったの。私に、しらっと。おめでとうって」
 信じらんない、と吐き捨てる。何をそこまでげきこうしているのか、私にはいまいちぴんとこない。
「私、あの時言ったよね。本気でやってって。でないと許さないって」
 ああ、そうだ。あの時、最終選考の結果を聞いて莉花の元に駆けつけると、莉花は私の顔を見るや否や、物すごい剣幕で私を罵り出した。今にもつかみかかってくるんじゃないか、という勢いで。そして一通り自分の主張をまくし立てたかと思うと、ほとんど一方的に絶交を宣言したのだ。
『あんた、ズルしたでしょう。私に気づかれないとでも思ってんの?』
 それが莉花の言い分だった。自分に勝ちを譲るために、私が手を抜いたと思っているらしい。勝つために工作したとかならまだわかる。負けるためにズルをするなんて、意味がわからない。しかも、自分の人生がかかっている場面で。でも、いくら説明しようとしても莉花は聞かなかった。莉花に勝たせるために、私がわざと身を引いた。今も本気でそう思っているらしい。
「あんたは約束を破ったんだ。私はあんたのこと、信じてたのに」
 莉花はそう言って、いまいまし気に私をにらんだ。でも、そんなこと私に言われたって困る。
 誰がどう見ても、私の最終選考の演技は莉花にボロ負けだった。緊張で初っぱなから台詞をんでしまったし、最後まで集中できなかった。でもそれが私の実力だ。そのことについては反省しているし、悔しい思いもしている。手を抜いたわけじゃない。私が弱かった。ただそれだけのことだ。最初から、莉花に勝てるような器じゃなかったのだ。
『……あんたは結局、そこまでの人間なんだね』
 最後に莉花が言ったその言葉が、いまだに胸に刺さっている。自分がオーディションに落ちたことより、莉花に見限られたことの方がつらい。本当は、いつも怖かった。最初の授業で莉花の演技を見た時から、莉花に憧れていたから。ペアに私を選んでくれた時、すごくうれしかった。と同時に、おびえてもいた。私を評価してくれた莉花が、いつか私に失望してしまうことに。そういう意味では、私はあの時少しだけほっとしていたのかもしれない。莉花と離れてしまえば、もうこれ以上莉花の期待に応え続けなくて済むから。
『あたしはこの先の未来で、全部を手に入れるよ。あんたの欲しいものも、私の欲しいものも。根こそぎ奪ってやる。後から欲しいって泣いたって、絶対分けてなんかやらないから。そうでもしなきゃ、自分の夢なんて守れない。欲しいものって、そうやって手に入れるものでしょう? ……だって私には、才能があるんだから』
 莉花は宣言通りその舞台で準主役級の役を射止め、舞台は成功し、演劇評論家からある程度の評価も得た。そして、今は劇団の主宰として次のステージに進もうとしている。私では、もう追いつけそうにない。
「ねえ、あんたいつまでこんなぬるいとこにいるつもりなの?」
 質問の意味がわからず、ぬるいって、と聞くと、莉花が自分のスマホをいじり出した。スクロールする指を止め、アキレスとうさぎ、と呟いた。思わず顔を上げる。
「亀なら追いつけないものも、兎なら追いつけるかもしれない。そんな願いを込めて、この劇団名をつけました。目指すは、プロより面白い社会人劇団! ……だってさ」
 そう言って、スマホの画面をこちらに向けた。それは、「アキ兎」の告知用アカウントのプロフィール画面だった。
「何これ。だっさ」
「ちょっと」
 咄嗟に反論しようとした私を見て、莉花は悪びれる様子もなく、事実でしょ、とそれを切り捨てた。
「SNSで随分でかい口叩いてるからどんな劇作るんだろと思ってたけど、全然たいしたことないんだもん。全部中途半端。結局は会社とか家族とか、逃げ場があるやつが作ってるものって感じ」
「……翔太の劇、観たんだ」
 すると、観たも何も、と言って莉花が笑った。
「さっきも会ったし。相変わらず、すごいへこへこしてた。つーか、ちょっと酔ってたし」
「え」
「劇何回か観ました、すげえよかったです、だってさ。ほんとわざとらしいの。本音か本音じゃないかくらい、こっちだってわかるし。どうせ陰では色々言ってんでしょう?」
 それを聞いて、いつかの翔太の言葉が頭に蘇った。
 全っ然たいしたことなかったんだよな。なんかよくある女の劇団って感じ。
 チケ代三千八百円ってなんだよ、たけーよ。映画二回観れるじゃん。
 劇場のキャパと劇のクオリティ、合ってなくね? 絶対コネだよな。
 ていうか、あそこに書いてあった演出の言葉がもう無理。じんしん出そうになるわ。自分に酔いすぎじゃね? 当日パンフは──。
 莉花の劇を口汚く酷評していたあの日の翔太と、莉花の話す翔太の像が上手く重ならない。
「どうせだから、今度あんたから言ってあげてよ」
 その言葉に、何を、と顔を上げると、莉花は皮肉交じりの笑みを頰に浮かべ、こう言い放った。
「SNSは、あんたのポエムを公表する場所じゃないんですけど、って」
 黙っていると、莉花が小さくため息をいて、脇にかかえていたバッグからごそごそと何かを取り出した。
「これ」
 そう言って、莉花が私に差し出したのは、二つ折りにされた白い冊子だった。
「うちの次の公演の台本」
「え?」
「っていっても、来年の春だから、随分先だけど」
 読んどいて、と言ってその台本を私に押し付け、踵を返そうとする。意味がわからず棒立ちになっていると、莉花が若干いらったような口調で、「……だから、うちのオーディション受けろってこと」と私を睨んだ。
「何、それ」
「だから、そのままの意味。あんた、これ以上こんなとこにいたら駄目になっちゃうよ」
 言い返そうとした私の言葉を遮り、わかってるくせに、と莉花が吐き捨てる。
「いいから、素直に受け取りなって」
「……いい。そんなの頼んでない。だからこれも、受け取れない」
 そう言って、莉花に台本を返そうとする。
「は? 返してほしくないし」
「勝手だよ。私は今の場所で頑張るつもりだし」
「だから──」
 立場は莉花の方が上のはずなのに、どうしてか懇願するような声だった。いる、いらないの押し問答の末にもみあいになった次の瞬間、ビリ、と嫌な音がした。そのまま、表紙の破れた台本がバサリと床に落ちる。
「あ、ごめ……」
 そう口にした直後、莉花が一瞬だけ傷ついたような表情を浮かべるのがわかった。私に見られたくなかったのか、ぷいと顔を背け、謝るとかいいから、と莉花が呟いた。
「早くそれ、拾って」
 台本を受け取るかどうかは私に任せる、ということらしい。一旦は手を伸ばしかけたものの、動きが止まる。これを拾ったら、何かが決まってしまうような気がする。翔太や今日子、そしてアキ兎のメンバーに、重大な裏切り行為を働いてしまうような。
 一方で、これを読んでみたい、と思っていることも確かだった。莉花の夢が叶ったのだ。それがどんなに格好悪く、どんなに拙いやり方であったとしても、莉花は自分の夢を叶えようとしている。自分の居場所を、作り出そうとしている。
『──そしたらあんたのこと、私が選んでやってもいいよ』
 小さなオレンジ色の明かりに照らされながらそう微笑んだ、今より少しだけ若い莉花の顔が、一瞬だけのうをよぎった。ゆっくりとその表紙に手を伸ばしかけ、それでもまだ迷っている。しゆんじゆんの末、台本まではあとわずか、というその時、穏やかでない足音とともに喫煙室のドアが開いた。
「夢!」
 喫煙室に入って来たのは、今日子だった。ひどくろうばいしている。莉花の存在も、今日子の目には入っていないみたいだ。
「夢、どうしよう。翔太が──」
 言っているそばから、ガシャガシャン、とガラスが割れるような音がここまで響いた。

「いいかげんにしろよお前!」
 慌てて戻ると、会場はいつのまにかカオスと化していた。あちこちに怒号が飛びかっている。テーブルがいくつか倒れ、オードブルの皿が中身と一緒にひっくり返っていた。ひどい有様だ。飲み物のグラスもかなりの数が割れて、もう使い物になりそうにない。床にはこれでもかという量の液体が、何種類も混じり合って垂れ流しになっていた。
 参加者たちはすでに会場の端へと避難して、この事態を遠くから見守っている。騒動の中心にいるのが、ズボンを脱ぎ捨て床に寝転がったままのハスミレンタロウ。どういうわけか上半身はシャツがビリビリに破けており、血が飛び散っている。けど、命に別状はなさそうだ。そして、その隣で数人の男性に羽交い締めにされているのは──。
「翔太……」
 今日子が、しようすいしきった声でその名前を呼んだ。すると、うつろな目をした翔太の体がびくりと震え、きょろきょろと辺りを見回した。目の焦点が合っていないせいか、なかなか私達を見つけることができない。
「あー。今日子、夢。元気ー?」
 しばらく経って、ようやく私と今日子の存在に気づくと、場にそぐわない吞気そうな声を上げた。嬉しそうに笑みを浮かべ、ぶんぶんと手を振ってくる。
「俺さー、悪くないの。全然、悪くないんだぜ。ぜーんぶ、こいつが悪いの。あと、うちのハゲ。だからさー、ほんとにさあ……」
 俺は悪くないんだよっっ。突如声のボリュームを上げ、吐き捨てるようにそう言ったかと思うと、今度は床にへたり込んで泣き出してしまった。大粒の涙を流しながら、俺は悪くない、絶対悪くない、と駄々をこねている。まるで、欲しいおもちゃを買ってもらえなかった五歳の子供みたいに。私達はそれを、ぼうぜんながめることしかできなかった。

#5-1へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年8月号

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※第5回は10月号に掲載予定です。 
参考文献:『かもめ・ワーニャ伯父さん』著・チェーホフ 訳・神西 清(新潮文庫)


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