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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.5

売れない女優・夢は、久しぶりに大学時代の演劇仲間と再会し……。夢と現実の狭間でもがく、〝こんなはずじゃなかった〟私たちの人生。こざわたまこ「夢のいる場所」#2-1

こざわたまこ「夢のいる場所」


前回のあらすじ

売れない女優の夢は、舞台を観に訪れた小劇場で、かつて演劇仲間だった翔太に再会する。翔太が主宰する社会人劇団「アキレスと兎」の打ち上げに誘われるまま参加した夢は、演劇祭で上演するという次の公演に参加することを決める。その演劇祭の実行委員の一人には、夢のかつての因縁の相手であり、新進気鋭の劇作家でもある宝城莉花がいた。

ゆめは、続けるの?」
 たしか、大学三年生の冬のことだ。今日きようと二人きりでいた時急に、そんなことを聞かれた。しようや今日子達と出会って三年が過ぎ、その頃には私が役者として踏んだ舞台の数も両手では数えきれない回数になっていた。
「え」
「だから、エンゲキ。卒業した後も、役者は続けるの?」
 演劇、を始めるようになってから、気づいたことがいくつかある。そのうちの一つが、「演劇」という単語はそれを身近に感じている人といない人で、口にする時のニュアンスが微妙に異なる、ということだ。後者の人間が語る「エンゲキ」には、いつも少しの物珍しさがつきまとう。そして今日子は、翔太達とごく近い関係に身を置いているにもかかわらず、演劇を「エンゲキ」と呼ぶ側の人間だった。
 翔太とたく、そして今日子。
 初対面ではただの仲良し三人組に見えた彼らも、そこに至るまではきよくせつあったらしい。そもそも翔太と今日子はおさなじみで、付属高校からの進学組だ。地元も一緒、ということになる。
 今日子の交友関係は広く、大学では県人会を始め、インカレサークルやボランティア活動等、様々なコミュニティを渡り歩いている。本人いわく、熱しやすく冷めやすい性格なんだそうだ。演劇も翔太の付き合い的な側面が大きいらしく、協力を求められた時だけ参加する、というスタンスらしい。
『なんか私、そういうの向いてないみたい。文化系、っていうのかな。作文とかも苦手だし、絵なんか下手すぎて、夢が見たらびっくりするよ。翔太にもよく言われるもん。お前ほんと物作りの才能ないなって』
 一方、翔太は昔からドラマや映画が好きで、大学では映像系のサークルに入りたかったんだそうだ。しかし新歓コンパで先輩と口論になり、入部を諦めた、と言っていた。
『俺元々たにこうが好きなんだけど、そいつが三谷幸喜は所詮舞台の人間だから、あいつの映画は映画とは認められないとか言いやがってさ。ムカついて、コンパの途中で抜けてきちゃったんだよ。そしたら、すぐ隣が演劇サークルの部室で。これは運命だなって。速攻で入部届出しちゃった』
 二人と旧知の仲のように見えた拓真は、この中では唯一の地方出身者だ。出身地を聞くと、ぶっきらぼうな声で、東北、とだけ答えた。元々は今日子と同じ、経済学部のゼミ仲間だ。発表で同じグループになったことをきっかけに、仲良くなったんだそうだ。
 今日子の紹介で翔太と交流するようになってから、強引にサークルに誘われたと言っていた。実は拓真も演劇好きで、高校の頃は、演劇部に所属していたという。役者はもちろん、自分で脚本を書いたりもしていたらしい。
「翔太は卒業したらきっぱりやめる、って言ってたけど……。拓真はどうだろうね」
 今日子の言葉に、うーん、と少し考えた末、正直に答える。
「……多分、やめちゃうかな」
 すると今日子がはじかれたようにこちらを振り返り、なんで? と叫んだ。
「なんでって……。元々、そんなに長く続けるつもりもなかったし」
「毎回、アンケートにも書かれてるのに?」
 そんなのたまたまだよ、と笑うと、今日子は私をじっと見つめ、口を開いた。
「私、聞いたことあるよ。演技のさって、最初からある程度決まってる。結局はその人のセンスだから、努力して急に上達するようなものじゃない。だから、もっと演技が上手くなりたいなんて言ってる人は、その時点で一生上手くなれないんだって。上手い人は最初から上手いんだ、って。それって結局、才能ってことでしょ?」
 まあこれ、全部翔太の受け売りだけど。今日子は最後にそうつけ足して、小さく舌を出してみせた。
「夢はプロの役者になりたいとか、考えたことないの?」
「……どうだろう。考えたこともなかったな。なりたくてなれるような職業じゃないと思うし」
 というかそもそも、プロの役者ってなんだ。事務所に入ったらプロ? テレビに出たらプロ? よくわからない。今日子が私の答えを聞いて黙り込んだ。しばらくしてから、もったいないよ、とつぶやく。
「私が夢だったら、絶対目指してるのに」
 今日子は私の目をまっすぐに見返し、続けなよ、と力強く繰り返した。
「夢には、才能があるんだから」

『ひさしぶり。最近どうよ? ぐちさんから旗揚げ公演の誘い来たんだけど、お前ら行く?』
 卒業から二ヶ月がった頃だろうか。翔太から急に、そんなメッセージが届いた。井口さん、というのは過去に翔太とめていた演劇サークルの先輩で、その人が自分の劇団を立ち上げたという。
「夢──! こっち、こっち」
 待ち合わせ場所に着くと、すでに今日子と拓真が私を待っていた。今日子がこちらに向けて、ぶんぶんと手を振ってくる。
「やだ、久しぶり。卒業式以来?」
 今日子はそう言って、ハグを求めてきた。今日子とは卒業してからも時々連絡を取り合っていたせいか、久しぶりに会ったという感じはしなかった。変わったところといえば、顔周りが少しふっくらとしたことくらいだろうか。今日子はそれを、ストレスでやけ食いが増えたせいだと言っていた。
「これ、おみやげ。試供品で悪いんだけど、よかったら使って」
 今日子が差し出してきたのは、小奇麗な手提げ袋に詰められたコスメキットだった。今日子が勤めているのは、名古屋に本社がある大手の化粧品メーカーだ。オンラインショップでの流通はもちろん、最近では全国に展開している生活雑貨店なんかでも取り扱われ始めている。
 今日子はその会社に、同期の誰より早く就職を決めた。本人は元々マーケティングの仕事に興味があったようだけど、今は都内の店舗で、販売スタッフとして働いているらしい。ゆくゆくはチーフになり、本社からヘッドハンティングされるのが夢だと語っていた。
 私と今日子がなんだかんだとおしやべりを始めた隙に、拓真はその場から離れ、喫煙所で一人煙草たばこを吸い出した。学生の頃からマイペースなところがあり、みんなでわいわい騒いでいても一人輪から外れて、消えてしまうようなことも少なくない。拓真のそんな姿を見るのも、今となっては懐かしい。
 少しして翔太もそこに姿を現し、私達は四人そろって劇場へと向かった。アクセスが悪い上に駅から二十分近く歩かなければならず、客席のど真ん中に大きな柱が立っていることで有名なこの劇場は、その代わり劇場代が安いという利点もあり、私達も学生の頃に利用したことがある。アマチュア演劇人ようたしの劇場だった。
 翔太と今日子、拓真と私。私達は四人でいる時、この二組に分かれることが多い。翔太と今日子が付き合っていたから、というのがいちばんの理由だ。食堂でも部室でもこの組み合わせになることが多いので、サークル内では一時期、私と拓真が付き合っている、といううわさが流れていたらしい。
「仕事、どう」
 道中、拓真が珍しく口を開いた。
「……まあまあ」
「スーパーだっけ? 今どんな仕事してんの」
 私が卒業後の進路に選んだのは、関東地方を中心に店舗を展開するスーパーの正社員だった。その会社に、何か思い入れがあったわけじゃない。何十回目かもわからない企業説明会と何十枚目かもわからないエントリーシート、数えきれない企業からのお祈りメールを経て、内定を得ることができたのが唯一その会社だった、というだけの話だ。
 入社式から一ヶ月、自分の配属先の店舗が決まった。新入社員は希望の部署や職種に関わりなく、最低一年は店舗で経験を積むことが決まっている。レジ打ちや品出しはもちろん、商品発注や棚卸しといった売り場づくりの基礎を学ぶためだ。私がその店で最初に任されたのは、バックヤードのフライ担当の仕事だった。
 総菜部門の作業場は青果や鮮魚のそれと違って狭いし暑いし、とにかく油臭い。なにせ、老舗の中華料理屋かと思うくらい床がべたついているのだ。実際、同じ店舗に配属された同期は「シャワーを浴びてもお風呂に入っても油の臭いがとれない」と言って、ここに来るのをひどく嫌がっていた。
 プレーンコロッケ、野菜コロッケ、カレーコロッケ、メンチカツ、トンカツ、唐揚げ、春巻き、天ぷら用の海老、あなご、、かぼちゃ、いんげん、ちくわ、かき揚げのタネ。それらをフライ用と天ぷら用、ふたつのフライヤーを駆使してひたすら揚げる。単純作業の繰り返しに、調理しているという自覚すら、一週間が経つ頃には次第に薄らいでいく。それでも、作業に没頭している間はまだいい。
 時々、本当に時々だけど、真っ黒な油の表面に浮かんだ自分の姿と目が合うことがある。その瞬間はとても怖い。自分が相手をのぞいているのか、自分が覗かれているのか、わからなくなる。防護服じみたエプロンと帽子、白いマスクに体のほとんどを覆われた自分は、いつどのタイミングで遭遇しても、見慣れることはない。
「……かき揚げとか、自分とかと向き合う仕事」
 言葉に迷った末そう答えると、拓真が、なんだそれ、と言って笑った。
「夢さん、全然変わってないな」
 なんか、安心した。拓真はそう言ったきり、口をつぐんでしまった。そっちは何してるの、と口にしかけて、やめる。拓真は確か今、都内で高校教師をしているはずだ。本人もそのつもりで、大学一年の頃から教職課程の授業を履修していた。かなり直前まで地元に戻るか否か悩んでいたようだけど、こっちに残ることにしたらしい。
 あのさ、と口を開きかけた瞬間、拓真ぁ、と翔太がこちらを振り返った。
「あれた? 劇団くるみゆべしの新作」
しん宿じゆく画廊でやってたやつ?」
「違う違う、本公演の方。駅前劇場進出って話題になってたじゃん。ツイッターとかで」
「あー、あれか。観たかも」
「結構よかったよな」
「え、そうかー? 俺、後半ちょっと飽きちゃった。あーまたそのパターンか、って感じで。あの劇団、オチいっつも同じじゃねえ?」
 それから、翔太と拓真は劇場に着くまでの間ずっと、最近観た劇の話題で盛り上がっていた。その後ろ姿を見て、今日子がこっそり私に耳打ちしてきた。
「なんかこういうの、懐かしいね。大学の時みたい」
 確かに、大学の頃は部室でしょっちゅうこんな光景を見かけた。先週観たどこどこの劇がおもしろかったとか、新しい劇団を見つけたとか。部室に集まってはそんな話ばかりしていた。少し前まではほとんど毎日のように顔を合わせていたせいか、それも今では遠い昔の出来事のように感じられる。
 その日観た先輩達の旗揚げ公演の内容は、よく覚えていない。知り合いが出ているとはいえ、所詮学生上がりのアマチュア劇団だ。ひどく退屈な芝居だった、ということだけは確かだ。
 古着屋で購入したぺらぺらの着物に、壊れかけの模造刀。安っぽいと日替わりのアドリブコーナー、箱馬で作った大道具に養生テープでり下げられたボロボロの暗幕。普段の人間関係が透けて見える配役、声が大きいだけで滑舌の悪い台詞せりふに、オーバーリアクション。多分、そんな感じだ。今までに何度も、そしてこれからも何度となく観ることになるだろう種類のお芝居。
 なのに当の出演者達は、とにかくやりきったという顔をしていた。いい大人が、まるで文化祭を終えた高校生みたいなきらきらした目をして、劇場を出て行く観客──ほとんどが大学時代の知り合いだった──に頭を下げていた。
 私達は無言で帰路をともにして、四人が駅の改札に入りかけたその時、翔太がようやく口を開いた。
「……てか、飲んでかね? 久しぶりだし」

 駅前に一軒だけあった居酒屋は、土曜の夜ということもあってそれなりに混みあっていた。その癖店員は足りておらず、注文が通るのもいちいち遅い。けど、それも気にならないくらい私達の話は盛り上がった。
「そうなんだよ、しょっぱな飲み会の時に『お前エンゲキやってたんだから一発芸やれよ』とか言われてさあ。俺のこと、お笑いの人かなんかだと思ってんだもん。ていうか、もしそうだとしても、それって芸人にタダでギャグ披露しろ、って言ってるようなもんだろ。めちゃくちゃ失礼じゃん、冷静に考えて」
 翔太がそう言って、運ばれて来たお通しに手を伸ばす。ザルにこんもりと盛られた冷凍枝豆は、解凍時間の兼ね合いか、口に含んだそばからしゃりしゃりと音を立てた。
「俺、そういうのが嫌で劇やってたとか一切言わないようにしてるわ」
 ぼそりと呟いた拓真に、一杯目にもかかわらず早くも顔を赤くした翔太が「それ正解」と同調する。今日子はと言えば、そういう話聞くのってなんか新鮮、と完全におもしろがっていた。
「あー、俺完全に会社での初期設定ミスった。絶対言うんじゃなかった。マジで後悔してる」
「……あの。私も」
 突然口を開いた私を、そこにいたみんなが珍しそうな顔で振り返る。勢いで、持っていたジョッキをぐいとあおった。

#2-2へつづく
◎第 2 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


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