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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.12

【連載小説】私はかつての因縁の相手、莉花に再開した――。 こざわたまこ「夢のいる場所」#4-3

こざわたまこ「夢のいる場所」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 私と莉花は、とある俳優養成所で出会った。
 ビューティフル・ドリーマーが自然消滅的に解散した後、私は翔太や今日子達と一切の連絡を絶ち、役者活動に専念することにした。丁度その頃、アモックの企画公演で知り合った役者が新しく立ち上げた劇団から、正式な劇団員にならないか、との誘いを受けていたことも大きかった。ありがたいことに他劇団からの客演のオファーも続き、しばらくはすべてが順調に進んでいる、ように見えた。
 ほころびは、私が所属を決めたはずの劇団が、それから一年もたたずして、スタッフによる制作費の持ち逃げと劇団員同士のゴタゴタで内部崩壊したことから始まった(よくある話だ)。結果的に、しばらくフリーの役者として活動することになった。その頃からだろうか。私は次第にあせりを感じるようになっていった。
 どこまでも際限なくランクアップしていくかのように思えた公演の規模が、いつからか頭打ちの気配を見せ始めていた。親しみのある劇場で何度公演を打てたとしても、国の助成金が下りているような大規模な催しや審査の厳しい劇場を主戦場としている劇団のオーディションにはなかなか受からない。
 一度関わりを持ったことで盤石のように思えたアモックとの縁も、どうやら知り合いができた程度の人脈ではなんの役にも立たないらしい、ということに、私は気づき始めていた。丁度アモック自体も小劇場の枠組みを超えて、商業演劇という次のフェーズに移行しようとしている時期だった。
 その頃から、アモックは新規の劇団員の募集を休止し、自身の本公演よりも、いわゆるプロデュース公演の形をとることが多くなってきた。誰でも知っているような芸能人やアイドルをメインどころの客演に迎え、劇団員がそれ以外の脇を固める。役者の起用に関しては、その公演を企画したプロデューサーが最終的な決定権を握った。
 演技がそこそこ上手いとか、小劇場界で有名だとかは何の役にも立たない。出演者に求められているのは、コアな演劇ファン以外のお客を呼び込むことのできる飛び抜けた集客力だった。劇団を運営していく上で、より大きなキャパシティの劇場の客席を埋めるには、仕方のないことでもある。
 当然そこに、素人に毛が生えたような役者が入り込むすきはない。私がアモックの本公演に出演したのは、たったの一回きり。それも全編五分にも満たない劇中劇で、「某有名劇団のロングラン公演・ほにゃららキングのパロディ」に登場する草役の一人だった。名前らしい名前もついていない。蓮見れんろうとの接触も、その時に受けた稽古が最後で、偶然稽古場で出くわしたあの一回を最後に二人きりで会うことはなかった。
 稽古の間は、「草が草らしくない」「それじゃ都会の草じゃなくて地方都市の草なんだよ」という謎の理由で何度も怒鳴られた。そのせいで稽古がストップすることはもちろん、動きがなってない、と延々わかめのような動きを続けさせられたりして、自分が草なのか海藻なのか、アイデンティティを見失いかけることもしばしばだった。
 本番、蓮見の指示でひとりだけ灰色のドーランを塗られた(枯草のイメージらしい)私は、狭い控室で泥人形のような自分の顔を鏡越しに見つめながら、必要のない役なんて舞台には存在しないんだ、と言い聞かせるしかなかった。
 出てたら気づかないはずないもの、ってなんだ。
 君とは、また会えるような気がするよ、ってなんだ。
 全部噓じゃないか。いくらそう言ってやりたくても、もはや会うことすらかなわない。あれから数年、蓮見蓮太郎は着実にキャリアアップを重ね、それと同時にアモックは、どうやったって手の届かない雲の上の存在となりつつあった。
 同じ頃に小劇場で活躍していた役者達は、早々に見切りをつけてバイト先に就職したり、田舎に帰り始めていた。このままではならはしさんの二の舞だ。何も成し遂げないうちに、あっという間に四十代を迎えてしまう。あせった私は、知り合いの知り合いの、さらに知り合いのを頼り、なんとか今の事務所に所属することを決めた。それからまもなくして、事務所の社長が普段から懇意にしているという社会人向けの俳優養成所に入ることになった。莉花は、その養成所の同期だ。
 養成所に入った当初から、莉花は有名人だった。もちろん、悪い意味で。莉花の父親がインディーズ映画でカルト的な人気を博していることはすでに周知の事実で、それを理由に、カリキュラムの評価や舞台のちょい役といったさして大きくない仕事ですら、親の七光り扱いされていた。莉花いわく、そういう声には昔から慣れっこらしい。言いたい奴には言わせておけばいい、というのが莉花の考えだった。
 とはいえ、莉花の役者としての能力は、周囲と比べて頭ひとつ抜きんでていた。それだけは、誰の目にも明らかだった。間も滑舌もよく、自然体で、とにかく舞台上で目をく。どう動いて、どう魅せれば観客の心を捉えられるのか、よく知っているようだった。なんでも昔、両親のすすめで子役をやっていたらしい。莉花自身は、勘でやっていた分演技はその頃の方が断然上手く、今はその残りかすと言っていたけど、本当だろうか。
 なんにせよ、莉花を悪く言っている人は、ただ単に悪口の理由が欲しいのだ、と思った。親の七光りだと思っていれば、莉花の才能を認めずにいられるから。その方が、自分の才能のなさを認めるよりもずっとずっと楽だから。
 莉花と初めて話したきっかけは、今でも覚えている。
「私、あんたと組みたいんだけど」
 クラス内で自由にペアを組みレッスンを受ける、という段取りになった時、莉花から急に、声を掛けられた。有名人の莉花が、どうしてクラスでもたいして目立っていないグループにいた自分を選ぼうとしたのかがわからず、なんで、と聞くと、莉花はけろりとした口調でこう答えた。
「このクラス、全員下手じゃん。あんたがいちばんマシそうかなって」
 そんな性格だから、莉花は周囲からかつのごとく嫌われていた。やがて、莉花と仲良くしている私もセットで嫌われ始めた。二人そろって養成所のクラスでは浮いていたけど、私達はさほど、そのことを気にしていなかった。私も莉花も、そんなのは学生時代から日常茶飯事だったからだ。そういう意味でも、私達はよく似ていた。
 とはいえ、お互いにそれぞれの生活もあればプライベートもある。一緒にいる時間は限られていて、子供のようにベタベタした関係性ではなかった。特に、養成所の演技の審査やオーディションなんかは、手加減なし。そういう意味では、友達、というよりは戦友とか同志という関係の方が近いかもしれない。
 当時は二人でよく一緒に出かけたし、観劇もしに行った。観た劇の感想は、おおむね合致していた。父親の影響もあり、莉花は映画や演劇への造詣が深く、話していて楽しかった。中高の頃、クラスの女の子達がどこにいくにも二人組で移動していたわけが、少しだけわかったような気がした。
「私、絶対売れてやるから」
 莉花は、ことあるごとにそう言っていた。
「今親の七光りだなんだって言ってるやつ、全員ぐうの音も出ないくらいの売れっ子になってやる。後で吠え面かきやがれ」
 なんでそんなに自分に自信を持てるの。一度、そんな風に聞いてみたことがある。すると、莉花の答えはこうだった。
「だって、才能あるもん私」
 それが答えになっているのかいないのか、私にはよくわからなかった。けど、莉花の中では理屈が通っているらしい。なんの迷いもなく、まっすぐ自分の才能を信じることのできる莉花の存在が、私にはとてもまぶしく映った。
 しかし莉花自身は、将来的に役者の道を志しているわけではないらしい。それを知ったのは、莉花を自分のアパートに泊めた時のことだった。就寝前に二人でぽつりぽつりと話している時に、莉花はこんなことを言っていた。
「ゆくゆくは、プロデュースする側に回りたいんだよね」
 プロデュース、とそれを繰り返すと、莉花は布団の中でこくりと頷いた。
「私、演技はまあ向いてる方だと思うけど、でもやっぱり人生ささげるほどじゃないっていうか。わかるんだよね。ここは私の居場所じゃないっていうか……。ここにいても、自分はここまでしかいけないなって。なんとなく、限界が見えるの」
 莉花がそんなことを考えているとは知らず、そうなんだ、と頷くことしかできなかった。
「……私、いつか脚本書いてみたいんだ。そんで、それを自分で演出したい。人に任せるとか嫌だもん」
「それって、劇団を作るってこと?」
 莉花は、まあそんなとこかな、と言ってふふんと鼻をこすって見せた。
「役者って結局、選ばれるだけじゃん。演劇なんて男社会だし。自分が女だからかな、余計そう思うの。そんなのつまんなくない? それなら私、選ぶ側に回りたい。私が気に入った、私が好きな役者をそろえて、私だけの舞台をつくるの。そしたらやりたい放題できるし」
 もうすでにやりたい放題なのでは、というツッコミは置いといて、素直に莉花の夢を応援したいと思った。いいなあ、その劇団見てみたい、と言うと、莉花はぱちくりと目をしばたたかせた。
「……そしたら夢、うちのオーディション受ければいいじゃん」
 え、と首を捻ると、莉花は照れたようにそっぽを向いて、こう言った。
「うちは完全実力主義でいくから。コネとか七光りとか、絶対ありえないからね」
 下手だったら、容赦なく落とすから。そう言われて、まだ劇団のげの字もできてないくせに、と言うと、莉花は私に背を向けるように寝返りを打った。
「そしたらあんたのこと、私が選んでやってもいいよ」
 わかった、とは言えず黙っていると、莉花が寝返りを打ったそのままの姿勢で、私に向かって宣戦布告した。
「そのためにも、明日の最終選考受かるのは私だから。覚悟して」
 あんただって、役者を踏み台だと思ってるやつに負けたくないでしょ。莉花はそう言って、布団の奥へともぐりこんだ。
 莉花が言っているのは、先日養成所内の生徒を対象に行われた、とある事務所主催の舞台のオーディションだった。かなり大規模なもので、受かれば確実に大きな仕事が舞い込んでくることになる。いくつかの選考を経て、最終選考に残ったのは、二名。莉花と、そして、私だった。正直いまだに夢みたいに思える。
『信じられないとか言ってないで、本気でやってよ。でないと許さないから』
 二人が残ったことが分かったその日、莉花にくぎをさされた。でも、そんなことしなくたって莉花が勝つに決まっている。私は普段から、成績にしても講師の評価にしても、演技面において莉花に勝ったと思えたことは一度もない。
 電気スタンドのひもをひっぱると、どんちようを下ろしたような深い闇が部屋を覆った。その中でじっと目をこらしていると、布団をかぶった莉花のシルエットが、うっすらと見えてくる。迷った末、その影に向かって話しかけた。
「……私は莉花に勝って欲しい。ほんとに、そう思うよ。だって、莉花は」
 莉花には、才能があるんだから。ちゃんと、才能がある人が評価されるべきだと思う。親のコネとか、偶然とかじゃなくて。それは気遣いとか引け目とかではなく、本気の、心からの気持ちだった。すると、少しの沈黙を挟んで、莉花がそれに答えた。
「私、あんたのそういうとこ、ほんと嫌い」
 それは、怒りっぽいわりにさほど後を引かず、さばさばとした性格の莉花が、本当に怒った時の声だった。感情で歪んだ莉花の声は、他に何もない六畳一間の闇の向こうへと消えて行った。

#4-4へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


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