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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.6

演劇祭に向けた「アキ兎」の稽古の雰囲気は最悪で……。 夢と現実の狭間でもがく、〝こんなはずじゃなかった〟私たちの人生。こざわたまこ「夢のいる場所」#3-1

こざわたまこ「夢のいる場所」


前回までのあらすじ

売れない女優の夢は、社会人劇団「ビューティフル・ドリーマー」で演劇仲間だった翔太に再会し、かつての因縁の相手・宝城莉花が実行委員を務める演劇祭に、劇団「アキレスと兎」の公演で参加すことを決める。夢は社会人二年目のころ、演劇とスーパーでの仕事との兼ね合いに悩んでいたが、ミュージシャンを目指し路上ライブをする同僚の痛々しくも必死な姿を見て自分が逃げていたことに気付き、仕事を辞め演劇に専念することを決意した。

 舞台は寂れたコンビニの控室。床には雑誌や在庫商品が積み上げられており、雑然としている。中央にはデスク、その上にはデスクトップパソコンと監視カメラの映像が映るテレビ、奥にはロッカー。舞台かみが店、しもがゴミ置き場へとつながっている。デスクを狭むようにして、たにが立っている。

「何、あたし間違ってる?」
 わざと言葉尻をとがらせ、口元にあざけるような笑みを浮かべた。これ以上ないくらい嫌味ったらしく、反論を許さないくらい高圧的に。私の中の〝真知子〟はそういう人間だ。すると、それを見ていた〝谷〟が、たまりかねたように口を開いた。
「……そういうわけじゃないですけど」
 おっ、と思った。私の芝居をよく見ている。さっきまでとは違い、台詞せりふとがめるようなニュアンスが加わった。外部の劇団で場数を踏んだおかげだろうか。りゆうせい君は最近、芝居の反応が格段に良くなった。役者に向いてる、というしようの言葉もあながち間違いではないのかもしれない。
「じゃあ、私ですかぁ?」
 その声が聞こえた瞬間、稽古場の視線が吸い寄せられるのがわかった。この台本の主役でもある〝めぐみ〟の登場だ。ただし、台詞がちょっと間延びしている。このまま続けて大丈夫かな、と一瞬思ったけど、演出のストップがかからない以上、芝居を止めることはできない。
「間違ってるの、私ですか。真知子さんの話まとめると、なんか私を犯人にしたいだけみたい。たしかに仕事できないのは私が悪いんですけど」
「何開き直ってんの。だいたい、ほんとに詐欺の電話なんか掛かってきたわけ? わかんないじゃん、あんたがうそついてるだけかもしんないし」
「なんで私が、そんなことするんですか?」
「知らないよ。お金に困ってたんじゃないの? ローン組まされたとか男に貢いでるとか、女が金盗む理由なんていくらでもあるんだよ」
 このやり取りも、もう何回目だろう。正直、そろそろ飽きてきた。アドリブのひとつでも入れたいところだけど、ぐっとこらえる。ちゃんは突発的なアドリブに弱い。おそらく、〝めぐみ〟として対応することはできないだろう。
「それ、私じゃないですよね」
「は?」
 しっくりこない顔で芝居を続ける萌々ちゃんを見て、ああ駄目だ、と思った。これじゃあ翔太を──ている人を、納得させられない。
「だってさっきから真知子さん、自分のこと話してるみたい。でも、無理ですよ。どれだけバイトして貢いだって、オーナー本当は、モノとかお金で釣る女、大嫌いだから」
 台詞の言い方がいつもぶつ切りで直線的。声が作られすぎていて、不自然さが際立つ。感情を込めようとしているわりに、語尾が単調になってしまっているのも気になった。ここはもっと、含みを持たせた方がいい。見れば見るほど、欠点ばかりが目についてしまう。私ならもっと、うまく〝めぐみ〟を演じることができるのに。

「──はい、一旦止めます」
 翔太がそう言って手をたたいた瞬間、稽古場に、またかよ、という空気が流れるのがわかった。
「うーん」
 翔太は顔をしかめ、うんうんうなりながら台本を見つめている。
「なんっか違うんだよなあ……」
 劇団アキレスとうさぎは演劇祭を二ヶ月後に控え、毎週末公民館の一室を借り切って稽古をしている。といっても私達がいるのは、音響・照明機材がセッティングされているような貸しスタジオではなく、地域のサークルや、学生のクラブ活動なんかでも使われるような広さ二十畳もないただの和室だ。その空間を、線で区切って舞台と客席に見立てている。アキ兎に、プロの劇団が利用しているような稽古場を借りる資金力はない。百人キャパの劇場で活動する劇団の稽古場事情は、どこも同じようなものだ。
 どんよりとしたムードの中、萌々ちゃんがこわった表情で棒立ちになっているのが見えた。無理もない。翔太が萌々ちゃんの芝居を止めるのは、これで七回目だ。自分の芝居が原因で稽古が止まっている時の居心地の悪さは、私にも経験がある。
 最初の方こそ言い回しや間の取り方に工夫が見られた萌々ちゃんの演技も、回数を重ねるほど新鮮味を失い、どんどんへいたんなものになっていった。でもそれは、周りも一緒だ。同じ芝居を繰り返すには限度がある。翔太が駄目出しを重ねる度に、稽古場が少しずつ、でも確実に疲弊していくのがわかった。
「……みんなごめん、ちょっと時間くれる? そのまま待機で」
 翔太はそう言ったきり、黙り込んでしまった。その指示に従って腰を下ろすと、劉生君が床に置いた飲みかけのペットボトルに手を伸ばした。そのまま、無言で口をつける。普段からおちゃらけた言動が多く、この座組のムードメーカーでもあるはずの彼がこれだけ長い時間黙っているのも珍しい。
「とりあえず、もっかい。もっかいだけやってみよう」
 その後もこれといった打開策は見つからないまま、同じシーンを最初からなぞることになった。はーい、と私を含めた全員が翔太の指示に従おうとする中、あの、と萌々ちゃんが手をあげ、その空気に異を唱えた。
「違う、っていうのはどういう意味ですか?」
 萌々ちゃんは、振り絞るようにそう口にした。市の節電対策だろうか、何本か間引きされた蛍光灯の下、長いまつかすかに震えている。陶器のように白い肌がやや青みがかって見えるほど、その表情は硬い。
 萌々ちゃんは、前回の打ち上げにも参加していた後輩で、つい先月二十歳を迎えたばかりの現役大学二年生だ。当然、今もサークルに所属している。去年学園祭の公演を観に行ったという翔太の誘いで、この座組に加わることになった。萌々ちゃんの友人達も、何人か手伝いをしてくれることが決まっている。
 今もなお大学の公演を観に行っていることにも驚いたけど、観るだけじゃ飽き足らず、出演のオファーまでしてしまうのは翔太らしいなと思った。そういえば、公演に誘われて間もない頃、翔太はこんなことを言っていた。
『あの子、今書いてる台本の主人公にぴったりなんだよ。だから、どうしても出てもらいたいと思って。ゆめとあの子が同じ舞台に立ってるとこも、すんなりイメージできたし。それってすごくない?』
 今回翔太が書き下ろしたのは、とあるコンビニの控室を舞台に繰り広げられる、サスペンス・コメディだ。メインの登場人物は四人。主人公のめぐみの他に、副店長のたつ、めぐみと犬猿の仲である真知子と、真知子に思いを寄せる谷がいる。めぐみは萌々ちゃん、真知子が私で、谷が劉生君。達男役には、外部からフリーの役者を迎えている。
 どのキャラクターもくせのある性格をしているけど、中でもめぐみは特に変わっている。めぐみは取り立てて秀でたところのない人間で、仕事もできないし恋人はもちろん友達もいない。お金もないし、特技もなければ趣味もない。そんなめぐみの将来の夢は、有名密着ドキュメンタリー番組に出ることだ。
 例えば、台本の中にこんな場面がある。

谷   えーと。めぐみちゃんって、じようねつたいりく出たいんだよね。
めぐみ 出たいです、すごく。
谷   そんで、インタビュー受けたいんだよね。
めぐみ 受けたいです、すごく。
谷   どうやって?
めぐみ ……さあ?
谷   え!? 考えてないの!?
めぐみ そこまでは。
谷   何それ、逆に新しくない?
めぐみ そうですか? だって私、明らかに社会に適合してないじゃないですか。仕事できないし、朝起きれないし、昨日もレジ誤差四万円出しちゃったし。
谷   あー、たしかに。
めぐみ 適合したとして、確実に最下層の人間じゃないですか。負け犬じゃないですか。もうこれでやってくには、情熱大陸に出るしかないと思って。
谷   え、なんでそうなるの?
めぐみ だってほら、あれって成功者のあかしじゃないですか。勝ち組じゃないですか。仕事できなかったとか、昔バイトでレジ誤差四万円出しちゃったとか、掛け算覚えてないとか、もうちょっとした偉人伝じゃないですか。
谷   え、めぐみちゃん掛け算できないの!?
めぐみ あ、いやまあ。
谷   若干ひいてるよ、俺。
めぐみ だから、それすらもちょっと意味あるじゃないですか、あの番組の中では。そういうエピソードとして。
谷   うーん。
めぐみ だから私、だめ人間ですけど、そういう意味では今この状況も将来のための投資っていうか、エピソード集めしてるみたいなとこもあるんですよね。

 終始こんな具合だ。物語が進むにつれて、このコンビニでは様々なトラブルが起こる。万引き事件や控室での盗聴疑惑、オーナーを巡る三角関係や、店に掛かってきた詐欺まがいの電話など。当然店の人間関係はめちゃくちゃになっていくが、物語の終盤、一連の騒動を裏で操っていたのはめぐみだった、ということがわかる。めぐみの本性が明らかになる重要なシーンだ。
 この場面の萌々ちゃんの演技が、翔太はどうしても気にわないらしい。
「ちゃんと説明してほしいです。この状態で繰り返しても、また同じところで止められちゃいそうだし」
 とげのある言い方に、翔太がむっとした顔をするのがわかった。
「教えてください。私の演技の、どこがだめなんですか?」
 稽古場がしんと静まり返る。
 しばらくして翔太が、わかった、とつぶやいた。
「どこが悪いのか、言えばいいわけね。全部だよ」
 そう言い切ると、萌々ちゃんに反論する隙を与えないまま、矢継ぎ早に言葉を重ねた。
「例えば、さっきのとこだけど。『じゃあ私ですか?』って、ここめぐみが初めて自分の感情を吐露するシーンだよね。俺のイメージだと、本音が思わずこぼれ出たって感じなんだけど。あとその前の、インタビューの練習のところも。『あえて、空気を読めない。ううん、読まないみたいなとこありますね』って台詞は、めぐみのキャラがわかってたらああはならないと思うけど。もっとさあ、自分に陶酔してる感じで演技できない?」
「……私は、そのつもりでやりました」
「つもり、じゃ駄目なんだよ」
 翔太が急に、語気を強めた。
「観てる人に伝わらなきゃ。萌々ちゃんって、一応役者なんだよね? なら、自分の仕事を全うしてくれよ。それとも何? 本番も、観てくれたお客一人一人に『私はこういうつもりで演じてました』って説明しにいくつもり?」
 翔太は誰かを説得しようとする時、自分の主張を畳みかけるように口にする。人によっては、高圧的と取られてもおかしくない態度だ。翔太の勢いにされてか、萌々ちゃんはうつむいたまま、ぴくりとも動かない。
「……さっきから、ずっと黙ってるけど。もういいってこと? わかったなら、さっさと位置について」
「わからないです」
 え、と翔太が顔を上げる。
わたりさんの言ってることが、じゃなくて。自分の役の──めぐみの気持ちが、全然わからないです」
 萌々ちゃんはいつのまにか、翔太を正面から見据えていた。
「……は?」

#3-2へつづく
◎第 3 回全文は「カドブンノベル」2020年6月号でお楽しみいただけます!


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