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連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.12

鉄道ファン必読。内田百閒と宮脇俊三の著作から、酒井順子が鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#11-1

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

女子鉄・酒井順子が二人の「鉄人」の足跡をたどる。鉄道紀行というジャンルを示した内田百閒が「なんにも用事がない」のに汽車で大阪に行っていた時代、普通の人にとっての鉄道は、用事を果たすために乗るものにすぎなかった。その四半世紀後、宮脇俊三は異なるアプローチでそのジャンルを背負う――。戦後、線路や鉄道の復旧にともない二人は自由な旅に出る。線路はどんどんと延びてゆき、発展してゆく日本の鉄道を二人は謳歌した。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

「区間ほう列車」において殿てん線に乗車したうちひやつけんは、かつては東海道本線の一部であった区間がたんトンネルの開通によって、ローカル線となった様子に、せきりよう感を覚える。新しいものよりも古いものを好む傾向を持つ百閒は、自分が若い頃に乗っていた御殿場回りの東海道本線のルートに、愛着を持っていたのだ。
 かといって百閒は、トンネルを憎むわけではない。むしろトンネルそのものには、いつも興味しんしんである。
 たとえば阿房列車シリーズ三回目の「鹿児島阿房列車」で、百閒は初めてかんもんトンネルを通過しているが、その時のことは、
「矢っ張り海の底の響きがする。頭の上の離れた所に海波が躍っているのを感じる」
 と記される。トンネルの中はもちろん暗いのだが、その暗い壁を一生懸命に見ている百閒の目の端には、反対側の窓にかかる青いカーテンが揺れている様が映り、「海の底の水が揺れている様な気がした」のだ。
「雪中新潟阿房列車」では、うえから急行「こし」に乗って、群馬と新潟をつなぐみずトンネルを初めて通過し、その長さに感心している。清水トンネルの開通は、昭和六年(一九三一)。「雪中新潟阿房列車」の旅は昭和二十八年(一九五三)であるから、九七〇二メートルという日本で一番長いトンネル(当時)を、百閒は開通から二十年余、通っていなかったことになる。
 清水トンネルの開通によって、東京方面から新潟へは、ぐっと行きやすくなった。かわばたやすなりの『雪国』は、清水トンネルが開通したからこそ生まれた、東京の男と新潟の女の物語である。
 しかし岡山出身の百閒は、日本の北側および東側に、あまり親しみを持っていなかったように思われる。「雪中新潟阿房列車」に先立って、百閒は「東北本線阿房列車」の旅に行っているが、上野発仙台行きの準急に乗り、川を越えたあたりからの景色は百閒にとって親しみの薄いもので、
「何の風情もない」
 とのこと。福島から盛岡に向かう車中から見える景色にしても、
「山の姿なぞが私には見慣れない形相で、目がぱちぱちする様な明るい空に、悪魔を追っている様な気がする」
 ということなのであり、百閒にとってみではないものは、何であってもすさまじく見えるのだ。
「雪中新潟阿房列車」においても、「越路」からの車窓風景を、
「山の姿がおかしい。見馴れない目には不気味に見える」
 と記す。山々を見て「巨大な醜態が空の限りを取り巻いている」とまで。
 そんな景色の中を、百閒が乗る列車は清水トンネルに近づいていった。清水トンネルの前後にあるのは、ループ線。
 ループ線とは、線路を輪のように一周させることによって高低差を稼ぐ手法。「鹿児島阿房列車」で乗ったさつ線において、百閒は人生で初めてループ線を体験している。いわゆる「たけ越え」の区間であるわけだが、百閒は「目を皿の様にして」ループ線を眺めた。
 清水トンネルにおいても百閒はループ線を待ち構えるのだが、時は二月。車内にはスチームが効いており、窓は曇っている。
 しかし百閒とヒマラヤ山系が座っているところの窓だけは、曇っていないのだった。なぜなら百閒は、窓が曇ることを見越して「ガーゼの布巾と小さなビンに入れたアルコール」を持参しており、それでしょっちゅう窓を拭いているから。先の方の線路の曲がり具合なども見たい百閒は、他人が座っているところの窓も拭きたいくらいだが、さすがにそれは我慢するのだった。
 何の目的も無いのが阿房列車の旅の身上だが、その真の目的は列車に「乗る」こと、そして車中からの景色を「見る」ことであり、その目的を果たすための労は、惜しまぬ百閒。アルコールの小罎のみならず、他にも阿房列車の旅の携行品からは、目的達成のための意欲がにじみ出る。
 たとえば、ぼうきとブラシ。当時、ゴミに対する意識は今とは違い、人々は平気で列車の床や窓の外にゴミを捨てていた。座席も汚れていることが多かったので、百閒はブラシで椅子のゴミを払い、手箒で足元もれいにしてから、着席したのである。
「春光山陽特別阿房列車」では、三脚を持参している。写真を撮りたいわけではない。一等車のコンパートメントの中で飲食をする時、ヒマラヤ山系と横並びに座席に座ると、例の「気違い同志が養生している様なかつこう」になってしまう。差し向かいに座るため、椅子代わりとなる小型の三脚を持ってきたのである。他にも、列車内で履き替えるスリッパ、魔法瓶に入れた酒など、車内で快適に過ごすためのグッズには気が回る。
 旅の荷は少ない方がよい、という主義の百閒ではあるが、荷を自分で持つわけではない。荷物は全て、一つのかばんにまとめてヒマラヤ山系が持つのが常。
 最初の頃、山系は「犬が死んだ様なきたならしいボストンバッグ」(「死んだ猫に手をつけてさげた様」と形容されたことも。とにかく死んだ小動物を連想させるバッグだった様が目に浮かぶ秀逸な比喩表現……)をさげてきたが、シリーズ途中からは、知人が持っている上等な鞄を毎回借りるようになった。
 列車内で快適に過ごすことができさえすれば、あとはどうでもよかった百閒は、そんなわけでアルコールで窓を拭き拭き、ループ線を見物。続いて、清水トンネルも初体験する。
 既に、清水トンネルに次いで長い丹那トンネルはもちろんのこと、日本三位の長さであるせんざん線のおもしろやまトンネルも、「東北本線阿房列車」で通っていた、百閒。
およそ長さのある物は、長い程えらい」
 とシンプルに評価した後、
「それはそうだがずいどうの本質は長さにはなく、暗さにあるだろう」
 とも。
 百閒が子供の時分、列車内に電灯はついていなかった。長いトンネルの手前になると天井からランプを下げるというサービスはあったが、たいていはトンネルに入ると、車内は暗闇となっていたのである。清水トンネル初通過の時点では、既に列車内に電灯がつくようになっていたが、トンネルの本当の暗さを、百閒は知っていた。

#11-2へつづく
◎第 11 回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年3月号

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