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連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.19

鉄道ファン必読。内田百閒と宮脇俊三の著作から、酒井順子が鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#14-2

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

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 百閒は女のボイの登場で男の世界を荒らされたくないと思っていたが、女の旅人を見る機会は少なかったようである。対して宮脇が執筆活動を始めたのは、日本の女性がどんどん旅行をするようになっていった時代だった。たかやまへ向かう列車の中で、車窓風景には全く興味を示さず、「高山へはあと何分で着くの?」などと言いながらトランプに夢中になる女性グループに対して、やはり女は「点」のみを見て「線」を見ぬ、と思ったりもしている。
 戦後、女性が旅するようになっていった最初のきっかけは、昭和三十九年(一九六四)の、新幹線の開通ということになろう。万博で人々が大阪を目指した後は、昭和四十五年(一九七〇)から、国鉄が「ディスカバー・ジャパン」のキャンペーンを開始。同年には「アンアン」が、翌年には「ノンノ」が創刊され、共に旅の特集が多かったために、「アンノン族」と言われる女性が旅をする姿も目立ってくる。
 アンノン族というと、ブームに乗った若い女性が京都や小京都をチャラチャラ旅行していたと思われがちであるが、その根源は「ウーマンリブ」につながっていた。女性客が少なかった当時は、旅館などの施設も男性客相手につくられており、男風呂は広々としているのに女風呂は狭小、といったことも当たり前。そのような状況に異を唱えよう、という動機があったのだ。
 特に「アンアン」の旅のベースには、当時盛んだった団体旅行など愚の骨頂、一人で鈍行列車に乗ってこそ本当の旅、というポリシーがあった。はく線やらのう線やらせんもう本線やらといった渋い路線も、誌面に登場している。
 アンノン族がそのまま育てば、女性の鉄道ファンは順調に増えていったと思われるが、彼女達は結婚すると、旅を続けなかった。世の中ではウーマンリブ的な空気が希薄になり、「アンアン」や「ノンノ」も、旅の特集よりファッションに力を入れるようになっていったのである。一九八〇年代ともなれば、円高等の影響で海外旅行に人々が気軽に行くようになり、国内旅行は割高というイメージも出てきた。
 そんな中で、国鉄は様々な策を練る。昭和五十六年(一九八一)には、中高年夫婦向けの「フルムーンパス」を、翌年には「青春18きっぷ」の前身を、さらにその翌年には、三十歳以上の女性を対象にした「ナイスミディパス」を発売。高齢者、若者、女という「働く男」以外の人々に列車旅の魅力を伝えようとしたのだ。
 「ナイスミディパス」のターゲットは、既婚女性。当初の広告キャラクターは、すがきん、ぎわよういずみピン子であり、コマーシャルではそれぞれが「たまには」「女にも」「いかせてください」と言っている。中年以上の女の旅はまだ特殊で、男に許可をもらって「いかせて」もらうものであったことが理解できるが、もしかすると「いかせて」は、夫婦の夜の営みとのダブルミーニングだったのかもしれない。
 それはいいとして昭和五十八年(一九八三)、宮脇がこおりやまからばんえつ西さい線の急行「ばんだい5号」に乗った時、「いまや『フルムーン時代』」ということで、グリーン車には二十組もの「中老年夫婦」で混雑していたのだそう。しかしその時はまだ、「『ナイスミディ』とおぼしき客は見当たらなかった」とのこと。
 うえはらけんたかみねという、生々しい高年カップルが宣伝キャラクターとなったフルムーンパスは、ヒット商品となった。フルムーンパスで旅行に行きたい、との提案を夫人から受けた時には、宮脇もそのヒットの実感を覚えている。
 それというのも宮脇家では、旅行とは「亭主が一人でするもの」と決まっていて、鉄道にばかり乗っている家長の旅に家族がついて行くそぶりを見せなかったから。そんな中で、夫人が「行きたい」と言い出したことによって、宮脇はフルムーンパスのヒットぶりを実感し、「たまにはよかろう」と、九州への旅を計画した。
 当時のフルムーンパスは、七万円で全国の国鉄のグリーン車に二人で乗り放題、特急料金は不要、有効期間は七日間というものだった。宮脇は「できるだけたくさん乗らなくては損」と、東京から出発して九州へ、さらには九州から北海道へと丸七日、国鉄に乗りっぱなしの旅程を考案する。国鉄全線の三十一%に乗り、普通に乗車券を買えば二人合わせて三十一万円超という旅程を見た夫人は「意欲を喪失したらしく、わが家の『フルムーン旅行』は沙汰みになった」のだ。
 そんな宮脇であったが、六十歳を過ぎた頃からは、夫人を伴う旅が増えていった。「多少、付き添いが必要になってきたし(笑)」と、雑誌の取材では語っている。
 一方の百閒は、「阿房列車」の旅に同行しているのは、最初から最後まで、ヒマラヤ山系である。旅先では、かつての教え子や国鉄職員達と酒を酌み交わすが、女性が登場するといったらせいぜい、宿の女中さんくらい。百閒は、男の旅を貫き通したのだ。
 百閒は、旅に妻を伴うことをしないが、妻もまた、それを苦としていないようである。それというのも百閒は、家でも一人ではいられない人。妻を片時も離さず、あれこれと世話をさせていたのであり、妻は百閒にかかりきりだったのだそう。百閒が阿房列車の旅をしている間に、妻は他の用事を済ませていたのであり、それは息抜きの時間ともなったのではないか。
 百閒に、「フルムーンの旅」という発想はなかった。明治の男は、最後まで鉄道を、男の世界のままにしておきたかったのだろう。

#15-1へつづく
◎第 14 回全文は「カドブンノベル」2020年6月号でお楽しみいただけます!


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