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連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.10

鉄道女子の酒井順子が敬愛する内田百閒と宮脇俊三を比較しながら鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#9-2

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

※この記事は、期間限定公開です。

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 百閒は一等車の席を取りつつ、多くの時間を食堂車で過ごすことを好んだ。「特別阿房列車」の冒頭部分においては、
「用事がないのに出かけるのだから、三等や二等には乗りたくない。汽車の中では一等が一番いい」
 と、一等へのこだわりを述べている。続いて、
「私は五十になった時分から、これからは一等でなければ乗らないときめた。そうきめても、お金がなくて用事が出来ればむを得ないから、三等に乗るかも知れない。しかしどっちつかずの曖昧な二等には乗りたくない。二等に乗っている人のかおきは嫌いである」
 と、記すのだった。
「阿房列車」の時代、国鉄は一等、二等、三等の三等級制をとっていたが、昭和三十五年(一九六〇)には、一等、二等の二等級制に。昭和四十四年(一九六九)には、等級制度が廃止となっている。世の民主化につれ、鉄道における格差もまた、消えていったのだろう。
 グランクラスやグリーン車の例を出したが、我々にとって等級制度というものは、本当にはピンとこないところがある。飛行機におけるファースト、ビジネス、エコノミーのようなものではないか、とは以前にも書いたが、特に戦前の鉄道においては、それ以上の心理的な壁があったのではないか。
 そういえば知り合いのCAは、
「ファーストクラスに乗っているお客さんは静かな人が多いけれど、ビジネスクラスのお客さんが一番、CAに注文が多いし、偉そうにしている」
 と言っていた。百閒が「二等に乗っている人の顔附きは嫌いである」と書くのは、それと似たような理由によるのかもしれない。
 百閒は、それぞれ相応の車両に乗るがよい、という主義。金があれば一等や二等に乗るべきであり、「二等に乗ろうと思えば乗れる人が三等に乗って、三等にしか乗れない人の席をふさぐのは不徳義である」(「一等旅行の弁」)とのこと。
 お金があるのに三等に乗る人に対しては、「何だかその人の心事が無邪気でない様に思われる」と書く、百閒。
「そうう人が三等に乗るのは、多くの場合その事が自慢であったり見栄であったりする」
 のだ、と。
 それは、「余裕があるのにあえて金持ちぶらずに三等に乗る自分」を「アピール」しているのが鼻持ちならない、ということだろう。
「おれは三等が好きだと云うのは変態であって、一等が好きであると云った方が穏健である」(同)
 という文章にひそかにうなずく人は、今でもいるのではないか。
 だからといって、百閒が常に一等に乗ることができた訳ではない。一等が連結されている列車ばかりではないし、またお金が無い時は二等にも三等にも乗ったけれど、それでもやはり好きなのが一等なのであった。
 前述の通り、長く一等に座っていることはせずに食堂車で延々と酒を飲むのも、百閒の旅の常である。「なんにも用事がない」阿房列車の旅ではあるが、結果的に「道中、酒を飲むこと」は、最も重要な用事であり、目的ともなっている。
「特別阿房列車」の旅に出発する時も、東京駅へ向かう省線の中で、百閒はヒマラヤ山系に、酒に関する訓示を述べている。道中、酒でしくじることがないようにしようという内容なのだが、
「しかし滅多にない機会だから、出来るだけおいしく、そうしてうんと飲んで来よう」
 と。
 ヒマラヤ山系も酒は嫌いではなく、出発前から東京駅の精養軒でウイスキイを飲んで、下地を作る二人。「はと」車内でも、夕方から食堂車に腰を据えて、飲み続ける。「非常な速さで引っ張って走る」中で酒を飲んでいると、汽笛の音がいつになく物々しく聞こえてくる。
「随分大きな駅をどんどん飛ばしているが、そう云う所のちらちらするあかりが、棒の様に長くなって飛んで行った。胸がすく様である」
 といった辺りが、この旅のクライマックス。
 そう、阿房列車の旅は、終点に着くことがゴールではない。何しろ旅の目的が無いので、そこは「目的地」ですらないのだ。
 食堂車を出てコンパートメントに戻った後も、「ボイ」(車内の給仕員であるボーイのこと。百閒は「ボイ」と記す)に命じてビールを持ってこさせ、さらに飲む。窓の外を見ながらビールを二・三本飲んだら「曖昧に大阪に着いた」ということで、「とうとう大阪」とか「いよいよゴール」といった感慨は、そこには見られないのだった。
 大阪で一泊すると、
「ここまで来たからには、是非共帰らなければならない。もう冗談ではない」
 という心持ちになってくる。往路は目的の無い旅ができても、復路には「帰る」という目的ができてしまっているのだ。ヒマラヤ山系は二等車の切符を取って来たが、「何しろ帰りは用件なのだから」、一等でなくても「もう仕方がない」という心境なのだった。
 気がつけば、錬金術で用意したお金はすっかりなくなり、ヒマラヤ山系が用心のために用意しておいたお金にも、手をつけていた。
「いつの間にか東京へいて、中央線の電車に乗り換えて、いち駅で停まった時左様ならと云って、私だけ降りて、貧相な気持で家に帰って来た」
 ということで、この原稿は終了。「やはり我が家はほっとする」でも「久しぶりの鉄道は楽しかった」でもないこの幕切れに、読者は改めて、この旅の無目的ぶりを知ることになる。

 かくして初の阿房列車の旅は終るのだが、その翌年、昭和二十六年(一九五一)の三月には、二本目の阿房列車が仕立てられている。今回は長距離ではなく「区間阿房列車」にしようというもくを持つ百閒、では行き先はどこにするか。
 手近でさえあればどこでもいい、と思う百閒だが、しかし「行きくない所が東京の近くに三つある」のだった。その三ヶ所とは、につこうしまはこ(正しい用字にこだわる百閒は「函根」と書く)。
 日光、江ノ島、箱根といえば、東京近郊の三大観光地である。が、そのメジャー感が、百閒にとっては気に障るところ。
「だれでも知っている事を、自分が知らないと云うのを自慢らしく考えるのは、愚の至りである。そうは思うけれど、人が大勢行く所へ行きそびれて、そのまま年がつと、何となく意地になる。そんな所へだれが行くものかと思う」
 ということで、その三ヶ所には行きたくないのだ。
 日光、江ノ島、箱根に限らず、百閒は観光地と観光行動を好まない。そもそも日本における観光の源は神社仏閣への参拝にあり、鉄道もまた参拝者を輸送するべく、神社仏閣と共に発達した面を持っている。鉄道と観光は、密接な関係を持っているのだ。
 しかし百閒は、観光行動と移動という行為を、分離させた。それは今の乗り鉄達にも受け継がれ、神社仏閣に限らず、テーマパークも温泉も無視して、ひたすら移動に時を費やす人々が日本にはたくさん存在している。
 鉄道に乗ることと観光とを切り離して考えたのは、百閒が初めてではないだろう。宮脇俊三もまた、子供の頃から、列車に「乗る」ことを目的としていたし、他にも乗ることそのものが好きでたまらない人々は存在したに違いない。
 しかしその人々は、「書く」ことはしなかった。宮脇にしても、鉄道には早くから乗っていたが、書き手として世に出たのは、昭和の末期。最も早い時期に「無目的に鉄道に乗ることを好む自分」を世に示したのが、百閒だったのだ。宮脇、そして同じようなこうを持つ人々は、「阿房列車」を読んで「我が意を得たり」と思ったと同時に、先を行かれた悔しさをも感じたのではないか。
 百閒は結局、「区間阿房列車」の行き先を静岡県とする。東海道本線でへ行き、殿てん線へ乗り換える時は、走れば間に合うところを走らずに乗り遅れ、駅のベンチでひたすら二時間、次の列車を待っている。「時間ができたからその辺を見てこよう」という感覚は、全く無い。ろくに話もせず、ただ座っているのだ。
「する事がないから、ぼんやりしている迄の事で、こちらは別に変った事もないが、大体人が見たら、気違いが養生していると思うだろう」
 との部分は、「今日の観点からみると差別的表現と取られかねない箇所」に他ならない。百閒は誰かと横並びに座っている状況を書く度に同じ表現を使用するのだが、あしもとを雨だれがらす状況で二時間、黙って座り続けるのは、確かに正気の沙汰には見えなかったかも。
 さらに駅では、これからだいぼうあみ(定置網の一種)があって船が出るから案内しようかと駅長に誘われても、
「面白そうではあるけれど、行けばそれだけ経験を豊富にする。阿房列車の旅先で、今更見聞を広めたりしては、だれにどうと云う事もないけれど、阿房列車のひように背く事になるので、まあ止めにして置こう」
 ということで、見に行かない。
 静岡駅から東京へと帰る時は、また二時間半の待ち時間があった。ヒマラヤ山系から「どこかへ行って見ましょうか」と言われて駅前広場にある名所案内を見るも、「どこへも行って見たくない」。結局また、駅の待合室のベンチにじっと座って時を過ごすのだった。「気を長く持って、我慢していれば、時間は経過する」とは、百閒の弁。「せっかくだから」などと観光しようとはしないのだ。
 「観光」とは中国の「易経」の中にある言葉で、「光」とは美しかったり優れていたりする事物を表すのだろう。しかし百閒が最も生き生きと「る」のは、光ではなく、列車だった。
 百閒はもともと、列車に乗る事も好きだが、それ以上に列車を、それも目の前を走る列車を見ることを好む。「区間阿房列車」のクライマックスは、線路を望む由比の浜に立ち、通過する「はと」や「つばめ」を見た時。
 百閒にとっての光、それは鉄道だった。そして「阿房列車」という作品もまた、同じように鉄道を捉える人々を照らす光の役割を果たしたのだ。

#10-1へつづく
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