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連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.22

【連載コラム】鉄道ファン必読。内田百閒と宮脇俊三の著作から、酒井順子が鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#16-2

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

※本記事は連載コラムです。

 みやわきしゆんぞうは五十一歳でデビューし、その後四半世紀の作家人生を送った。既に五十代であったこともあり、デビュー作『時刻表2万キロ』から、「今度」があるのか否かについて、思いを致している。
 この時の宮脇は、かみおか線(第三セクター移管の後、廃線に)、やまこう線(第三セクターに移管され、路面電車として現存)、線、えつほく線に乗りに来ている。帰りに越美南線に乗るべく、りゆう駅からバスでしろとり駅へと向かった。
「白鳥の町の入口にかかるなが川の橋のたもと」でバスを降りた宮脇。この場所は二年前にも来たことがあり、「バスを降りたとたんに時間が短絡した」。「旅行をしていて何年かぶりにおなじ場所に来ると、しばしばこういう感じにはなる」のであり、この二年間にあった多くのことが思い出されるのだが、「それはすべて是空だというかのように、あのときと同じ川と橋がある」。
 年をとると時間の流れが早く感じられるものだが、二度目にその地を訪れた宮脇は、時間の経過を実感しつつ、「三度目はどうなるのだろうか」と思う。そしてすぐに「しかし、もう一度この白鳥を訪れることは、おそらくないだろう」との結論を出すのだった。
 宮脇は、子供の頃からの鉄セレブである上に、『時刻表2万キロ』において国鉄完乗を成し遂げているが故に、国内においてはたいていの場所が「曾遊の地」である。加えて記憶力が抜群に良いため、「曾て」のことをはっきりと思い出すことができる。
 たとえば『日本探見二泊三日』に収められる「おや不知しらずの険からやまんばの里へ」。宮脇は親不知にほど近い外海集落の民宿で日本海の味覚を堪能した翌日、国道から海岸へと降りる遊歩道を通って、かつて旅人達を難儀させた親不知の海岸を見に行っている。
 その時に目にしたのは、旧北陸本線の廃線のトンネル。この辺りは山が海際まで迫っているため、崖崩れ等が頻発していた。海際を走っていた北陸本線もしばしば被害を受けていたため、「複線電化の際、旧線を廃棄してトンネルばかりの新線を建設した」のだ。
 旧線のトンネルの上部が、蒸気機関車のすすによって黒ずんでいるのを目にした宮脇の脳裏によみがえったのは、初めて北陸本線に乗った昭和十六年(一九四一)の時のことだった。日中事変がこうちやく状態となり、中学生の宮脇は、学校で厳しく「不急不用」の旅はしないようにと命じられる。しかしそんな宮脇に父が「好きなところへ連れて行ってやる」と言い、夏にくろ渓谷へ行くことになったのだ。
 その時に乗ったのが、うえ発の急行601列車しんえつ本線経由大阪行き。なおまで信越本線を通り、北陸本線の線路へと進む列車である。『時刻表昭和史』では、
「列車は親不知を走った。現在の北陸本線は線路がつけ替えられて地勢のけわしい箇所は長いトンネルで抜けてしまうが、当時は短いトンネルの合間から親不知のけんがわずかながら見えた」
 と記される。中学生の頃から五十年近くがって六十三歳となっていた宮脇は、北陸本線の旧線のトンネル跡を見て、
「あのとき通ったのはこのトンネルだったかと思うと、半世紀の昔が、それこそタイム・トンネルで一瞬にして甦ってきた。この半世紀の日本の歴史の変化のはげしかったこと!」
 との思いを抱く。そして、
「もう若くないのは悲しいけれど、二・二六事件の鉄砲の音を聞き、アメリカに完敗しながら今日の経済的繁栄へと進んだ不思議な時代に生きたことは、歴史の見物人として最上のタイミングだったと思う」
 と、来し方を振り返った。
 宮脇は平成五年(一九九三)、六十六歳の時の自筆年表に「だんだん取材旅行が減ってきた。月によっては『日本通史の旅』だけになる。注文による旅行がおつくうである」と書いている。「日本通史の旅」は、講談社「小説現代」に連載された、年代順に日本史ゆかりの地を巡る歴史紀行シリーズ。同年の十二月には、その連載において、どうげんゆかりのえいへいを訪れている。
 参道の杉並木を見て思ったのは、二十年前にそこへ来た時のこと。そして、
「何十年かぶりに同じところへ来ると、いつもわびしい感慨をおぼえる。歳月の経過の早さと人生のはかなさが身にしみる。この二〇年間の私は幸運にも恵まれて充実した後半生を送っているのだが、それは世俗のことであって、永平寺の杉一本にも及ばない」(『平安鎌倉史紀行』)
 と思うのだ。
「日本通史の旅」の連載はその後も続くが、シリーズ完結編『室町戦国史紀行』は、「関ヶ原の戦い」で終わっている。史跡がある山のふもとまで来たのに、七十二歳の宮脇はその山を登ることができなかった。前回、同じ地に来た時は道がぬかるんで登ることができなかったのが、その時は快晴にもかかわらず、登る体力がなかったのだ。
 あとがきには、関ヶ原への旅の時に
「私には史跡めぐりをする力がないことを自覚しました。石段の上に目指すものがあっても登れないのです」
 とある。江戸時代まで通史の旅を続けてほしいという編集部の要望があったにもかかわらず、宮脇は関ヶ原への旅をもって、連載の続行を断念した。
 曾遊の地を訪れることは、自身が歩んできた道のりを自覚することでもある。「曾て」と現時点を比べた時、鉄道も変われば時代も変わるが、最も変わり続けているのは、自分自身。旅は人生の縮図なのだ。

#17-1へつづく
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