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連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.18

鉄道ファン必読。内田百閒と宮脇俊三の著作から、酒井順子が鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#14-1

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

前回までのあらすじ

女子鉄・酒井順子が二人の「鉄人」の足跡をたどる。鉄道紀行というジャンルを示した内田百聞が「なんにも用事がない」のに汽車で大阪に行っていた時代、普通の人にとっての鉄道は、用事を果たすために乗るものにすぎなかった。その四半世紀後、宮脇俊三は異なるアプローチでそのジャンルを背負う。時代とともに発展する鉄道の旅。特急からローカル線までを偏愛し、車窓の風景や乗り心地を肴に酒を嗜み⋯⋯。二人はそれぞれのスタンスで謳歌する。

 鉄道はかつて、男の乗り物であった。以前も紹介したように、みやわきしゆんぞうは『時刻表昭和史』において、昭和九年(一九三四)時点においては、
「一般に、汽車の旅は老人、女、子どもにとって危険をともなうことと思われていた」
 と書いている。特に三等車は治安が悪く、物騒なイメージがあったのだそう。
 乗客側が男性中心であった鉄道は、運行側はさらに男性中心、と言うよりはほぼ男性だけで構成されていた。しかし第二次世界大戦で男性の働き手が不足し、女性職員が目立つようになってくる。同書によれば、まずは出札や改札を女性職員が担うようになり、次第に「荷扱いや保線作業のような重労働まで女子がやるようになった」。いよいよ男性が払底すると、女性車掌、そして女性運転士の姿も、見られるように。戦争中は、鉄道の現場において多くの女性が活躍する、特殊な時代だった。
 敗戦後は男性が戻ってきた上に、昭和二十二年(一九四七)に制定された労働基準法の「女子保護規定」によって女性は深夜労働や休日労働ができなくなり、その数も減っていく。しかし新しい時代のサービスの一環として、戦後の看板列車である特急「つばめ」「はと」には、女性客室乗務員の「つばめガール」「はとガール」が乗務するようになった。それまでは、列車ボーイ(ひやつけん言うところの『ボイ』)だけだったのが、〝女のボーイ〟が登場したのだ。
 百閒は、「ボイはもちろん男でなければいけない」という主義である。新聞で、特別急行のボイに女性を起用するというニュースを読んだ時は、「こうう美人に東海道中をかしずかれては、一等車も台無しだ」と心配を募らせたのだが、「特別ほう列車」で東京駅から特急「はと」に乗った時は、旧来通り「年配のおやじ」のボイが出てきて、ほっと安心したのだった。
 大阪からの帰りに乗った「はと」の二等車のボイは女、つまりはとガールだったのだが、意外にも百閒は、さほど嫌悪感を示していない。時刻表の口絵写真で見た女ボイは、洋装の美人がた薄笑いを浮かべたりしていたので嫌悪を催した百閒だったが、実物は「せいかつぱつで救世軍の女下士官の様な感じ」だったのだ。
 百閒は、男の世界としての鉄道を、愛していたのだと思う。女性性というきようざつ物で、その空気を乱されることを恐れていたところが、実際の女ボイは女性性をふりまくタイプではなかったので、許すことができたのだろう。
 男性が中心であるのは、鉄道に乗る人、鉄道で働く人ばかりではない。鉄道のことが好きな人、つまり鉄道ファンも、近年女性ファンが増えてきたとはいうものの、いちじるしく男性比率の高い世界である。
 たとえば珍しい列車が走るという時、カメラを持って沿線で待ち構えているのは、ほぼ男性である。わずかな地元の人とマニアしか乗らないようなローカル線内でも、女性のマニアを見かける機会は少ない。
 精神科医のさいとうたまき氏は、女は「関係」を、男は「所有」を欲することによって自分を確立しようとすると書いているが、鉄道との関わり方にも、その差は表れる気がしてならない。たとえば以前も記した通り、百閒は列車に乗る際、先頭車両から最後尾の車両まで、全てをホームから眺めなくては気が済まず、宮脇もその傾向があった。かれにとって列車の編成を全て「見る」ことは、所有の代替行為であり、古代の天皇がくにをするようなものだったのではないか。
 乗りつぶしという趣味も、所有欲求の発露の一形態であり、男性の得意な「収集」に当てはまるのではないかと私は思う。
 今となっては、JRはおろか私鉄も含め全線完乗を果たしている人は珍しくなく、それどころか全駅下車などということをしているマニアがいることも、知られている。が、その手の乗りつぶし行為を世に広めたのは、宮脇のデビュー作『時刻表2万キロ』だった。
 宮脇が国鉄完乗について考えるようになったのは、昭和四十二年(一九六七)のこと。四十歳になった宮脇は、行ったことのない都道府県がなくなったことを機に、自分がそれまでに乗った国鉄の路線のキロ数を計算してみたところ、全線の五十%ほどであった。幼い頃から鉄道に乗り続けてきた宮脇は、この数字に「意外と少ない」との印象を覚える。まだ半分しか乗っていないのか、と。
 以降、細かなローカル線にも乗るようになった宮脇が、六年後の昭和四十六年(一九七一)に再び計算してみたところ、今度は七三%になっていた。この時点で、国鉄全線完乗への道を歩み始めたことが、宮脇にとっては人生の岐路となった。完乗を果たさなければ、宮脇は『時刻表2万キロ』を書かなかったかもしれず、従って作家としてデビューをしていなかったかもしれない。定年まで会社に勤め続けた可能性も、あろう。しかし宮脇が選んだのは、完乗への道だった。
 とはいえ七十三%に乗った時点でも、「是が非でも完乗せねば」と思っていたわけでは、ないらしい。残りの二十七%は、いずれも簡単に乗りに行くことのできないマイナーなローカル線ばかり。
「だから、全線完乗は手間のかかるばかりか、馬鹿らしいことでもある。ああいうことを目指すのは目玉の据った狂信者や完璧主義者のやることで、とても私の体質には合わない、と思っていた」
 のだ。
 が、それでもローカル線に乗りに行くのは面白く、会社の休日を利用してコツコツと乗っていた宮脇。『時刻表2万キロ』に書かれているのは、残りが一〇%となった頃からの話であり、とうとう完乗を果たしたのは昭和五十二年(一九七七)、五十歳の時だった。
 宮脇は、「国鉄を制覇してやる」といったアグレッシブな態度で完乗に臨んでいたわけではない。自分にとって面白いことをしていたらたまたま完乗を達成した、ということであったのだろう。
 しかし、乗っていない路線に乗る経験を積み重ねていくということは、〝経験の収集〟であり、そこに感じるのは男性性。今となっては、完乗を果たしている女性も、完乗を目指す女性もいるけれど、それは男性のひらいた道のフォロワーであるケースが多く、こと「収集」の道に関しては、男性に一日の長があるのではないか。
 宮脇は完乗を果たした時、「虚無感におそわれ」たのだが、それは燃え尽き症候群のようなものだったのか。しかし宮脇はその後も、次々と違う切り口を見つけては、鉄道に乗り続ける。鉄道は、男達に所有という夢を永遠に見させてくれる存在なのだ。
 一方、女性が欲する「関係」を鉄道において求めるのであれば、それは単に「心地よく乗る」ことではないかと私は思う。全ての車両を確認しなくても、途中で居眠りをして絶景を見逃しても、列車に抱かれていることそのものに、女性は満足を覚えるような気がしてならない。
 ったタイプではないものの、非常に強い男性的な精神が自身の中に存在することを、宮脇は自覚していた。『時刻表2万キロ』にも、地理に弱い女性が多いことを引き合いに出してから、
「地理的知識なるものは、探検とか侵略とか領有とかのオス的所業にかかわっているようで、平和な巣を営もうとする者には不必要なのかもしれない」
 と書く。探検、侵略、領有とはすなわち、所有へのステップ。平和な巣を好む女には地理の知識は必要がないのだろう、と考えている。
『旅は自由席』において、宮脇は珍しく家族旅行のことを書いている。一人旅が好きな宮脇も、「たまに、本当にたまに、家族といっしょに旅行がしたいなと思うときがある」のだそうで、その時は妻とその妹、そして当時大学一年だった長女と共に、宮脇以外は行ったことがなかったたてやまくろアルペンルートへ向かったのだ。
 くろよんダムと黒部峡谷の壮大な景色に、「どうだ、いいところへつれてきてやっただろう」と、少し得意な気持ちになった宮脇。しかしそこで長女が、
「ここへ来たことあるわ」
 と言い出した。中学時代、学校の旅行でこの景色を見たというのだ。
 一般的に女性は、旅先の絶景のことは覚えているけれど、「どこからどこへどう行ったというルートについては関心がない」と思う宮脇。「旅行は『点』ではなく『線』だと私は確信している」けれど、女性は「『点』でしか捉えない習性がある」と。
 宮脇は、旅行で大切なのは点ではなく線だ、としばしば記している。町であれ村であれ、それぞれの地は孤立しているわけではなくつながっている。旅の妙味はそのつながり方を知ることにある、と。
「点ではなく線」と言う時に宮脇は、地理的な「線」だけでなく、時間的な「線」の重要性も、言いたかったに違いない。ある土地を「現在」という一点だけで見るのではなく、過去から脈々と存在し続ける歴史の「線」の中で見るべきだという思いも、そこには込められていたのではないか。
 家族旅行に話を戻せば、続いて乗ったケーブルカーもロープウェイも、長女は乗った覚えがあるという。
「まったく、女子どもとの旅は張り合いがない」
 と最後は締められているのだが、しかし宮脇はだからといって「女子ども」を切り捨てるわけではない。男女を違う生き物として認識した上で、無理に同化を図ろうとはしていないのだ。
 黒部への旅で、
「ここへ来たことあるわ」
 と言い出して父を落胆させた長女・とうは著書『父・宮脇俊三への旅』の中で、宮脇が子煩悩な父親であったことを記している。人からは、留守がちなお父さんでわいそうと思われていたが、当の娘達はむしろ「マイホームパパ」だと思っていたのだ。
 宮脇も、旅の時はいつも、娘さん達手作りのマスコット人形を携行していた。宮脇以外は家族のメンバーが女性であったからこそ、「君臨すれども統治せず」的な家長として、一人で自由な旅を続けることができたのではないか。
 宮脇は『終着駅は始発駅』において、「女性が鉄道に興味を示さず、したがって共に語り合う機会のないことは、鉄道ファンの一人としてさびしい限り」と書いている。列車の先頭車の一番前に立って、運転士の目線で前方を見つめているのは、自分を含めて男ばかり。女性の鉄道好きは極めて少ないのだ、と。
 しかし本当にそれが残念だったのかといえば、そうでもないのだろう。老若「男」達と、言葉は交わさずとも列車の一番前に立って同じ景色を眺める時、百閒が老ボイに対して抱いたようなそこはかとないシンパシイを覚えたのではないか。


#14-2へつづく
◎第 14 回全文は「カドブンノベル」2020年6月号でお楽しみいただけます!


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