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連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.14

鉄道ファン必読。内田百閒と宮脇俊三の著作から、酒井順子が鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#12-1

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

女子鉄・酒井順子が二人の「鉄人」の足跡をたどる。鉄道紀行というジャンルを示した内田百間が「なんにも用事がない」のに汽車で大阪に行っていた時代、普通の人にとっての鉄道は、用事を果たすために乗るものにすぎなかった。その四半世紀後、宮脇俊三は異なるアプローチでそのジャンルを背負う――。戦後、線路や鉄道は復旧し、みるみる発展してゆく。線路はどんどん延び、百聞と宮脇は長いトンネルやループ線など、鉄道を謳歌する。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

 みやわきしゆんぞうは、モーツァルトが好きだった。平成十二年(二〇〇〇)「旅」誌九月号の一冊丸ごと宮脇俊三大特集においては、「宮脇ファンからの100の質問」での「鉄道以外の趣味は?」という問いに、
「モーツァルトは非常に好きですね。聴いていると活力が湧いてきます」
 と答えている。また「モーツァルト以外に、好きな音楽は?」との問いに対しては、
「バッハです。神に近いって感じ」
 と。
「モーツァルトの活力」と題されたエッセイ(『旅は自由席』収録)には、敗戦直後、ラジオから「猛スピードで奈落へ吸いこまれていくような不思議なメロディー」が流れてきたのが最初の出会いであったと記される。
 それがモーツァルトの「シンフォニー四〇番ト短調」だと知った宮脇は、アルバイト収入の半月分をはたいて、古レコードを手に入れた。
 以降、宮脇はモーツァルトに魅入られる。「年刊モーツァルト」なる同人誌を編集し、自身でもモーツァルトの曲のピアノ演奏に挑戦。東大西洋史学科の卒業論文は、「モーツァルトより見た十八世紀の音楽家の社会的地位」だった。
「モーツァルトを知らずに一生を終える人を気の毒だと思う」とまで書く宮脇は、原稿を書く時に、BGMとしてモーツァルトをかけていた。すいこうに推敲を重ねて文章を書いた、宮脇。その時、「執筆作業の孤独と苦しみを支えてくれる人」が、モーツァルトだったのだ。
 宮脇の長女・とうは、『父・宮脇俊三への旅』において、モーツァルトの音楽を「父が聴きほれている姿というものを見たことがない」と書いている。野球(元国鉄であるスワローズファン)や相撲も好きではあったが、
「ひょっとしてモーツァルト鑑賞は、父にとって野球や相撲に比べずっと神聖なものだったのではないか。だからひとり旅と同じく、家族に立ち入らせたくなかったのかもしれない」
 とあるのだ。
 宮脇のみならず、鉄道好きとクラシック音楽好きの間には、相関関係があるような気がしている私。「南蛮ほう列車」シリーズなどで鉄道愛を書いたがわひろゆきも、クラシック好きであった。ウルトラマンで知られる映画監督のじつそうあきも、オペラの演出をするほどのクラシックファンであると同時に、無類の鉄道好き。実相寺の鉄道関連のエッセイを集めた『昭和電車少年』には、音楽用語がちりばめられたりもしている。
 戦争を知る世代の知識人は、娯楽の少ない中で、音楽といえばクラシックを好きになる確率が高かったのでは、という話もあろう。しかし私的な統計ではあるが、他の世代の鉄道ファンを見ても、鉄道愛好者の中にはクラシック愛好のがある人が多い気がしてならないのである。
 それは、日本人に限った話ではないのかもしれない。昭和三十八年(一九六三)十月号の「旅」には「汽車マニアの怪気炎」という座談会が載っているが、会のBGMとして流れていたのは、オネゲルの「パシフィック231」。この曲はアメリカ大陸横断急行列車「パシフィック」をイメージした管弦楽曲で、鉄道とクラシックを共に愛する人々の間では有名な曲である。またドヴォルザークも、鉄オタとしての一面を持っている作曲家であり、海の外にも、クラシック音楽と鉄道とを共に好む人々は存在しているのだ。
 鉄道は、決められたレールの上を決められた時刻通りに走ることが運命づけられている乗り物である。そしてクラシック音楽も、決められた形式やリズムにのつとって作られた曲を、指揮者の指示通りに演奏する音楽。そこには確実に通じるものがあろう。



#12-2へつづく
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「カドブンノベル」2020年4月号

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