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連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.17

鉄道ファン必読。内田百閒と宮脇俊三の著作から、酒井順子が鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#13-2

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

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 宮脇の時代、寝台車以外の列車は、酒を飲むのに適さない環境になってきていた。前述のようにスピードアップの影響で、鉄道に乗っている時間が短縮されてきたことの他に、座席の問題もあった。
『旅の終りは個室寝台車』は、昭和五十七年(一九八二)から「小説新潮」での連載が始まった鉄道乗車紀行集だが、影が薄くなってきた寝台車に乗ったり、スピード化が進む中で日本で最長距離(当時)を走る鈍行列車に十八時間半も乗り続けたりと、時代の流れにあらがうかのような旅を、毎度している。
 そんな中で「九州行・一直線は乗りものづくし」は、地学で言う「中央構造線」を鉄道や船で辿たどって、東京から九州まで行く旅。宮脇は東大の理学部地質学科に入学し、途中まで学んだ後、文学部西洋史学科に移った人である。
 その中で奈良のたかから国鉄和歌山線に乗車し、途中のじよう駅から未電化区間(現在は電化)になるためディーゼルカーに乗り換えた時、車両を見て宮脇は落胆する。座席が、ロングシートだったのだ。
 新幹線のようなクロスシート、四人が向かい合わせに座るボックスシートなど、列車の座席は様々。その中で、山手線など都市部の列車のように、窓に背を向けて集団見合い状態で座るロングシートは、最も旅の情緒を減ずる座席である。
 宮脇はこの時、紀ノ川を眺めながら飲むことを楽しみに四合瓶を手に入れていたのだが、ロングシートを見て、飲む気を失うのだった。「四人向い合せの席でなら、ただの酒のみですむが、ロングシートで飲むと住所不定のアル中の趣を呈してくる」から。
 ボックスシートやクロスシートは、個室ではないものの乗客同士の視線がある程度隔絶されるため、プライベート感があって酒も飲みやすい。しかしロングシートでは乗客を見渡すことができるため、そこで酒を飲んでいると、「我慢できない人」感が漂うのだ。
 ロングシートは、「飲む」のみならず「食べる」こともちゆうちよさせる。旅先において、列車の中で食べようと弁当などを買って乗り込んだらロングシートだったので、空腹を抱えつつも食べることができない、という経験は私にもある。
 身体をねじらないと景色を見ることもできないロングシートに、宮脇は度々苦言を呈している。ロングシートは効率よく人を運ぶ機能を持っているが、効率と旅情は両立しないのだ。
 宮脇は「食いしん坊」と自称することもあり、食べることも好きだった。旅先では駅弁、立ち食いそばなど様々なものを食べているが、しかしそのしさもさも詳述しないのは、酒についてと同様。
 そんな宮脇が食べる喜びを隠すことができなかったのは海産物、特にカニである。冬になるとしばしば山陰地方へ行っているのもカニと無関係ではなかったようで、カニについての記述には、他の食べ物よりも熱がこもる。
 長女の宮脇とうは『乗る旅・読む旅』の文庫解説で、「素材そのものを味わう」が父君の食の哲学であったと記す。「肉ならステーキ、魚なら刺身、野菜ならおひたしまで」が、許容範囲だったとのこと。寒い地方の港町で刺身をさかなに一杯、という宮脇の記述に多幸感がこもるのは、そのせいだろう。
 一方の百閒もまた、食いしん坊である。『御馳走帖』は食にまつわる名エッセイとして知られているが、そこには、
「私は食ひしん坊であるが、食べるのが面倒である」
 と、複雑なことを書いている。「雪解横手阿房列車」には、「肉感の中で一番すがすがしい快感は空腹感である」とも。そんな複雑な食欲をヒマラヤ山系はよく理解して、空腹にも酩酊にも、淡々と付き合っているのだった。
 昨今の鉄道好きの中には、鉄道にのみ没頭するあまり、飲食のことがどうでもよくなっている人も多い。土地の味に触れようとせず、売店のパンで腹を満たすのみ、というような。
 しかし食べることにも飲むことにも熱心な百閒と宮脇の旅は、売店のパンで鉄道に乗り続ける人の旅と比べると、より味が濃いのだった。食べて飲むことによって、線路が敷かれる土地をもしやくしているかのよう。
 宮脇は、旅に出ずに自宅で原稿を書いていると体調が悪くなり、旅に出た途端に絶好調になる、という体質だった。旅が不足していると、食欲は減退し、便秘になり、機嫌も悪くなってしまうが、列車で旅に出かけると、途端に全てが好転して駅弁を二個食べたりしている。
 宮脇だけではない。百閒もまた同じ体質だったらしく、特に駅にいて通過する列車を眺める時などは、「肩のしこり、胸のつかえ、頭痛どう、そんな物が一ぺんになおってしまう」(「特別阿房列車」)ほど。
 百閒にとっても、宮脇にとっても、鉄道こそがエネルギーの源だった。そんな鉄道に乗っている時に、酒が進み、食が進むのは当然だったのだろう。
 宮脇灯子は著書『父・宮脇俊三への旅』で、宮脇の晩年は「酒びたりの毎日」であったと記している。「筆力が落ち、そのせいで飲酒量が増えた」と。
 そして私は、デビュー作『時刻表2万キロ』で北海道を完乗した時、予期せぬ虚無感に襲われて本州へと渡るせいかん連絡船の中で深酒して悪酔いをした宮脇の姿を思い出すのだった。「終わり」のむなしさを覚えた時、宮脇は決して裏切らない相棒である酒を飲まずにはいられなかったのではないか、と。
 平山三郎は、百閒が死の直前まで、ストローで「シャムパン」を飲んでいたことを書いている。寝ている百閒の視線の先には、国鉄のカレンダーからちぎった、岡山後楽園の写真が貼られていた。
 百閒も宮脇も、酒を生涯の友とした。鉄道に乗ることがかなわなくなった後も、二人は酩酊の中に、列車の揺れを感じていたのであろう。

#14-1へつづく
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