menu
menu

連載

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」 vol.13

鉄道ファン必読。内田百閒と宮脇俊三の著作から、酒井順子が鉄道紀行の歴史を振り返る。「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」#11-2

酒井順子「鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む」

※この記事は、期間限定公開です。

>>前話を読む

 一方のみやわきしゆんぞうは、関門トンネルにしても、清水トンネルにしても、百閒よりずっと早くに初通過を果たしている。戦争で死ぬことを半ば覚悟し、十七歳の時に関門トンネルを訪れたことは、以前も書いた通り。清水トンネルに至っては、宮脇が十歳の時、すなわち昭和十二年(一九三七)に通っている。
 父が国会議員経験者という宮脇は、今風に言うならセレブである。と同時に、乗りたい鉄道に子供の頃から乗ることができたという鉄セレブでもあった。
 清水トンネルは、宮脇が四歳の時に開通している。鉄セレブ、かつナチュラルボーン・鉄である宮脇少年が、日本最長の清水トンネルを通過したいという欲望を抱くことは、当然であろう。そんな彼の欲望をさらに刺激したのは、国語の教科書だった。
 当時は、日本の国鉄が一つの黄金期を迎えていた時代。線路はどんどん延び、ダイヤは改良され、鉄道は限られた人が乗るものから、一般国民の足としての役割を果たすようになってきたのである。
 宮脇が小学生の頃に使用していた『小學國語讀本』には、そんな時代を反映して、鉄道についての読み物が多く載っており、四年生で読んだ「巻八」には「淸水トンネル」と題された文章が。群馬の山の様子の記述から始まり、ループ線を通った後、清水トンネルを十二分間かけて抜けるとそこは雪国であって、さらにもう一回ループ線を通る。……といった文章は、
「私の気持をすっかり高揚させてしまった」
 と、『時刻表昭和史』にはある。
 一人ででも清水トンネルへ行きたい、と思う宮脇少年であったが、さすがにその希望はかなえられない。代わりに、姉の夫が新潟へ転勤したということもあり、母と共に夏休みに新潟に行くことが決定した。
『時刻表昭和史』の「急行701列車新潟行」には、その旅の様子が詳細に描かれている。上野から乗った新潟行きの急行は、関東平野を疾走。次第に勾配がきつくなるにつれ速度は遅くなり、みなかみ駅に着くと宮脇少年は「とうとう来たな」と思うのだった。
 水上駅では、蒸気機関車から電気機関車に付け替え作業が行われる。長いトンネルに蒸気機関車が入ると、機関士が煙に巻かれて失神するといった事故が起こる可能性があるからであり、水上駅からがいよいよ本番、といった感じ。
 その後に通った人生初のループ線を、宮脇少年はじっくりと味わった。そのカーブは予想したほど急ではなく、勾配もまたきつくない。列車内を見れば、懸命にループ線の景色にかじりついているのは自分だけだったのであり、「そんなものか」と思うのだった。
 あい駅を通過し、列車はいよいよ、清水トンネルへ。土合駅は今、下り線ホームが地下駅になっていることで有名だが、それは昭和四十二年(一九六七)に新清水トンネルが開通し、上越線の下り線がそちらを通るようになったから。地上にある上り線の駅と、地下の下り線の駅とでは高低差が八十一メートルあるという、マニア好みの駅なのだ。
 宮脇少年が乗車した時点では、新清水トンネルはもちろん開通しておらず、この区間は単線。トンネルに入る前のタブレット交換(上下線の列車の衝突を防ぐためのシステム)の光景を、宮脇少年は記憶している。
 そうして、いよいよ通過した清水トンネルはどうだったのか。……といえば、それは『國語讀本』に書いてあった通りでしかなかった。すなわち、
「中に入れば、何の不思議もない。たゞ暗やみの中をごう〳〵と走るばかり」
 であった、ということでこの章は終わる。清水トンネルへの期待とそこにたどり着くまでの道程とを詳述しつつも、肝心のトンネルについては暗闇のことだけを書いて章を終える手際は見事で、読者は突然、暗いトンネルの中に入ったような心地を覚えることになる。
 その七年後に開通した関門トンネルへの思いを募らせながらも、戦争中でなかなか希望が叶わなかったことは、以前も書いた通り。鬱憤を晴らすかのように、宮脇は仙山線で面白山トンネルを通ったりもしている。
「どうも私は、トンネル志向がひときわ強いようである」
 と、自覚しているのだった。
 トンネルが男子達の心をときめかせるのも、暗い穴に細長い列車が出たり入ったりするというその機能、形状を見るとわかる気もするのだが(ちなみに内田百閒、宮脇俊三のお二人が、この手のシモがかったことを書くことはまずない。お二人に限らず、鉄道好きの男性達のシモがかった面を文章上で見つけることは非常に困難なのだが、その理由については、また別の機会に考察してみたいと思う)、長い穴を穿うがち、その穴に列車を走らせるというシンプルな事実に、彼等の魂はうち震えるのであろう。
 そんな宮脇にとっては、せいかんトンネルもまた特別な存在である。と言うよりも、青函連絡船に対する思い入れが強いために、青函トンネルに対する思いも強いのだ。
 以前も書いたように、宮脇が初めて北海道へ行ったのは昭和十七年(一九四二)、十五歳の時。父と共に、青函連絡船で青森からはこだてへと渡った。二度目は、昭和三十年(一九五五)。それは、青函連絡船のとうまるが台風で沈没し、千人以上の死者・行方不明者を出した大事故の翌年だったが、その時も連絡船は満員だった。昭和四十年代の中頃まで、青函連絡船の乗客数は増え続けていく。
 その後は、飛行機の台頭により、青函連絡船の乗客数は年々減少。昭和六十三年(一九八八)の青函トンネルの開業と同時に、青函連絡船は廃止となった。
 なぜ「船」である青函連絡船に宮脇俊三は強い思い入れを持つのか、という話もあろうが、青函航路は明治四十一年(一九〇八)に国有化され、国鉄青函航路となっている。すなわち青函連絡船は、船でありつつも国鉄の一部という、鉄道連絡船なのだ。
 宮脇は著作の中で、青函連絡船に乗って北海道へ上陸することの意義を、度々つづっている。時には、
「前戯なしに北海道へズバリと乗りこむのはよくない。北海道に対して失礼にあたる」
 と、シモがかったことをほとんど書かない宮脇にしては珍しい言い回しを使用して乗船を促すほどに、青函連絡船への思いは熱いものがあったのだ。
 船でゆっくりと函館へ入港する度に、宮脇は感動を覚えたのであり、それは「古代へまでさかのぼる北海道渡航の歴史がもたらすもの」(『旅は自由席』)であり、また「戦争中の思い出が生ま生ましく甦ってくる」(同)景色でもあった。連絡船に乗ったことがない私も、宮脇の記述を読めば読むほど、「乗っておきたかった」との思いが募る。
 御殿場線の歴史を子供達に伝えたいと、絵本『御殿場線ものがたり』をくろいわやすよしとのコンビで著した宮脇は、同じシリーズで『青函連絡船ものがたり』をも刊行している。青函トンネル開業の直前に書かれたこの本では、「むかしの人が小さな舟で荒波にもまれながら、やっとの思いでわたったがる海峡」が、青函連絡船のお陰で安全に渡ることができるようになり、戦争や洞爺丸の事故といった悲惨な出来事に見舞われながらも、本州と北海道の橋渡しをし続けてきた歴史を紹介する。やがてトンネルの計画が進み、
「かがやかしい青函連絡船の歴史は、まもなくとじようとしています」
 とも。
 青函トンネル本坑が貫通した、二ヶ月後。昭和六十年(一九八五)に、宮脇は青函トンネルへと赴いた。津軽海峡線の開業前に、青森側からトロッコのような作業用車に乗って海底部分まで見学をしたのだが、本州と北海道がつながったという実感は、まだ薄かったようだ。「青函トンネルが開業して列車に乗って通り抜け、対岸から本州を遠望するまでは、信じられそうにない」と、『線路のない時刻表』にはある。
 宮脇が初めて青函トンネルを列車で通ったのは、昭和六十二年(一九八七)十二月。開業に先立って行われた津軽海峡線の試乗においてであった。青森から乗ってやがて青函トンネルに入れば、車窓から見えるのは、コンクリートの壁と、上り線のレールばかり。「けれども、いま津軽海峡の海の下へと向っているのだと思えば、感動をおぼえずにはいられない」(『旅は自由席』)と記される。
 青函トンネルの構想から、三十年余。それは、自分が生きているうちには完成しないかもしれないと宮脇が思っていたトンネルでもあった。
 トンネルを抜け、北海道らしい景色が目に入るようになると、「青函トンネルが私を北海道へ運んでくれたのだとの実感が、腹の底から突き上げるように湧いてくる」。そして、
「涙が出そうになる。しかし、新聞社や鉄道関係の人が周りにいるので、がまんしなければならない」(同)
 とも。常に淡々と列車に乗る宮脇の目にも涙の、青函トンネル初通過であった。
 一方の百閒は、青函トンネルに列車が走る二十年近く前の昭和四十六年(一九七一)に、世を去っている。既に青函トンネルの工事は計画されていたが、そこに列車が走る日が来ることを、百閒は想像していたかどうか。
 阿房列車の旅でも、百閒は北海道を訪れていない。怖がりの百閒は、朝鮮戦争の水雷が津軽海峡を漂ってくるのではないかと考えると青函連絡船に乗るのが恐ろしく、北海道へ行くことは諦めたのだ。
 もしも百閒が津軽海峡線に乗ったなら、見慣れぬ北の景色を恐れつつも、いざトンネルに入った後に窓から見えるコンクリートの壁を、「目を皿の様にして」眺め続けたことだろう。書かれることがなかった「北海道阿房列車」を、読んでみたい。



#12-1へつづく
◎第 11 回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年3月号

「カドブンノベル」2020年3月号


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年4月号

3月10日 配信

怪と幽

最新号
2020年1月号

12月19日 発売

小説 野性時代

第197号
2020年4月号

3月11日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP