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連載

櫛木理宇「虜囚の犬」 vol.50

【連載小説】美しい親友が、殺人犯? 中学生男子は見知らぬ男に声を掛けられ……。 櫛木理宇「虜囚の犬」#9-1

櫛木理宇「虜囚の犬」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

ビジネスホテルで男の死体が発見された。警官が被害者・薩摩次郎の自宅に向かうと、そこには監禁された二十代の女性がいた――。庭から二体の人骨も見つかり、茨城県警刑事部捜査一課の和井田瑛一郎は、過去の薩摩を知る元家裁調査官・白石洛に捜査協力を求める。一方、中学生の國広海斗は、ビジネスホテル殺人事件のことで取り乱す友人の三橋未尋と連絡が取れなくなる。見知らぬ男からも三橋家に近づくな、と警告されるが……。

7(承前)

 翌日は朝から、うだるような暑さだった。
 アスファルトでかげろうが揺らめいている。逃げ水はぎらぎらと鏡面さながらに光り、せみがけたたましく鳴いて、不快指数をさらに上げてくれる。
 かいは二時限目を終えたところで早退した。みずが心配そうな目を向けてきたが、こたえる気力もなかった。
 保健室で測った体温は三十七度三分。
 無理もない。昨夜はほとんど眠れなかったのだ。
 考えることが多すぎた。ビジネスホテル殺人事件。犯行声明文。警察に威力業務妨害で被害届を出した、という新聞社。ときを同じくして、連絡が取れなくなったひろ。女児に話しかけていた不審な男。その直後、海斗の腕をつかんできたもっと不審な──いや、不気味な男。
 すべてがばらばらで、同時にすべてがつながっている気がした。
 ──その中心にいるのは、未尋か?
 すこし前までなら、疑いなくそうだと言えた。ここ数箇月、海斗は未尋を中心に生きてきた。彼に依存し、心酔しきっていた。誰かに「この世界の主人公ははし未尋なんだ」と言われたとしても、海斗はああそうかと納得していたはずだ。
 ──でも、なぜだろう。
 いまは違う。心の片隅に、ほんのわずかに亀裂が入っている。いつ入ったのか、どうして生じたかもわからぬ亀裂であった。
 海斗はドトールに入った。喉がひどく渇いていたし、座りたかった。微熱のせいだけでなく、頭がもうろうとしている。足もとがおぼつかない。
 レジでアイスコーヒーを注文し、席に着いた。
 冷えたおしぼりで額の汗を拭く。人心地がついた気がしてほっとした。手を伸ばし、ストローの袋を破る。
 テーブルの対面に影がさした。
 顔を上げる前に、眼前に名刺が差しだされた。刷られた名を、海斗はなかば無意識に目で読んだ。
 ──白石洛。
 しらいしらく、と読むのだろうか。変わった名だと思った。らくようの洛だ、おそらくほかに読みかたはあるまい。
くにひろ海斗くん、だね?」
 柔らかなテノールが降ってくる。海斗はようやく首をもたげ、相手を見た。
 女児と話していた、あの男だった。
 驚きは感じなかった。こうなるとわかっていた気がした。だからこそ、自分は昨日きびすを返して逃げたのではないか、とさえ思った。
 しらいしと名乗る男は、いいかともかず海斗の向かいに座った。自分のトレイを置き、アイスコーヒーにポーションミルクを注ぐ。
 おもむろに白石は言った。
「きみのクラスメイトの、さぎたにくんを担当することになった」
「──は?」
「四月にビジネスホテルで起こった殺人事件のことは知っているね? ネットに『われこそは殺人事件の犯人だ』と書きこみ、新聞社に同様の声明文を送ったのは、鷺谷くんなんだ」
 海斗はぽかんとした。手をグラスに伸ばしかけたまま、ぼうぜんと白石を見やった。
「鷺谷くんの自供によれば、くだんの殺人事件に興味を持ったきっかけは國広くん、きみだそうだ」
 白石が薄く微笑ほほえむ。
「鷺谷くんはきみに反感を抱いていた。もちろん、いわれのない反感だがね。彼はきみをクラスカーストで最下位だと見なしていた。だがきみは最近、クラスで地位を上げつつある。鷺谷くんが思いを寄せていた女子からも注視されている。脅威を感じた鷺谷くんは、きみの荷物をしばしばあさり、弱みを探そうとした」
「…………」
 海斗は言葉を失っていた。
 やつに嫌われているとは気づいていた。でも〝きみの荷物をしばしばあさり〟だって? あれが最初じゃなかったのか。いったいいつからだ。
「きみは何度か、スクールバッグの中に週刊誌を入れていたそうだね。登校途中にコンビニで買って、昼休みにでも読もうと思っていたのかな。ともかく鷺谷くんはじきに、ある法則性に気づいた。きみが買うのはビジネスホテル殺人事件の記事が載っている号だけだ、とね」
「え、……あ、」
 海斗は言いかけ、舌で唇を湿した。だが舌も唇も乾ききって、ごわついていた。
「……だから、なんなんですか」
 やっとのことで、言葉が喉を通った。無様に語尾が震えた。
「べつに、週刊誌を買ったっていいじゃないですか。……あの事件は、ワイドショウでも大きく騒がれた。興味を持っちゃ、いけないんですか」
「いけないとは言ってないよ」
 白石の微笑が大きくなった。
「ぼくが言いたいのは、鷺谷くんの声明文は、きみへの当てつけだったってことさ。あれはきみに対するいやがらせだったんだ。でもきみは彼のことなんて、どうでもいいようだね。ほかにもっと気にかかることがあるんじゃないかな?」
 海斗は舌打ちしたいのをこらえた。
 なぜ一瞬でも、こいつが未尋に似ているなんて思ってしまったんだろう。この余裕ぶった態度。揺らぎのない笑み。大嫌いだ。むしが走る──。
「きみ、三橋未尋くんと仲がいいようだね」
 見透かすように白石が言った。
 海斗は今度こそ動きを止めた。じっとりと頭皮からいやな汗がにじんでくるのがわかる。どうしてだろう、顔が上げられない。
「國広くん。三橋家について聞かせてくれないか」
 白石の声は、やはり柔らかだった。
「昨日、きみに声をかけた男がいただろう? 彼はこう言ったはずだ。『あの家には、もう近づくな。くれぐれも気をつけろ』と。ぼくは、きみにそうは言わない。『二度と近づくな』とは言えない。なぜなら、もうすぐ全部が終わるからだ。──終わらせるために、きみから話を聞かせてもらいたいんだ」
 グラスの中で、氷がからりと鳴った。

#9-2へつづく
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