menu
menu

連載

櫛木理宇「虜囚の犬」 vol.24

美少年が三十代女性を魅了した手口とは? 怒濤のどんでん返しが待ち受ける、衝撃のミステリー! 櫛木理宇「虜囚の犬」#6-2

櫛木理宇「虜囚の犬」

※この記事は、期間限定公開です。

>>前話を読む

      8

 波模様を背景に、『氷』と赤字で書かれたのぼりが揺れている。コンビニの軒先に掲げられた幟だ。例の、行きつけのコンビニであった。
「あっちいなあ」未尋が手で顔をあおぐ。
 全国的に梅雨入りしたというのに、ここ数日は晴天がつづいていた。気温はうなぎのぼりで、くまがやでは早くも三十四度を記録したそうだ。
 コンビニの店舗と美容院を隔てる植え込みを横切ったとき、緑の間から白い顔がのぞいた。
 猫だった。植え込みから、するりとすべり出てくる。全身真っ白な猫だ。
「うわ、かっわいい」
 未尋が弾んだ声を出した。猫に向かい、まっすぐに駆け寄っていく。
 海斗は驚いて相棒を見やった。
 猫好きだったのか? そんなの、はじめて知った。動物に興味があるとすら聞いたことがない。犬にはあんなに邪険な未尋が、目じりを下げて白猫を抱き上げ、でまわしている。
「首にリボンしてる。よしよし、美人ちゃん。おまえどこの子だ?」
 毛づやのいい猫だった。両のが透きとおるように青い。ぴんと立った耳と鼻先がほんのりピンクで、健康状態もよさそうだ。
「可愛がられてそうだな」
 立ったまま、海斗は言った。
 未尋はしゃがみこみ、膝に猫をのせていた。尾のすこし上をいてやっている。猫が気持ちよさそうに目を細めていた。
「気に入ったの?」
「ああ。可愛いじゃんか」
「なら、連れて帰っちゃえば」
 なんの気なしに吐いた言葉だった。しかし未尋は「駄目だ」と強い口調ではねつけた。
「この子は飼い主のこと、大好きかもしれないだろ。糞な飼い主ならさらってもいい。でもそうでないなら、引き離すなんて駄目だ」
 海斗はされ、「そうか」と引きさがった。
 なにもかもが意外だった。
 家畜に餌を恵むように人間の女児を扱い、犬を嫌悪する未尋。わざと女同士を争わせて楽しむ未尋。その残酷さと、眼前の無邪気さがアンバランスだった。
 未尋は名残り惜しそうに猫を一撫でし、
「バイバイ」
 と膝から下ろした。
 白い尻尾が植え込みにもぐって消えるのを見届け、海斗を振りかえる。
「悪いな、暑かったろ? 店入ろうぜ。喉渇いちまった」

 コンビニの店内は、冷房がきんきんに効いていた。
「俺、ジンジャーエール。海斗は?」
「コーラかな」
 言いながら、買い物籠にジンジャーエールとダイエットコーラを入れた。べつだんダイエットしているわけではない。夏はこちらのほうが、甘みがさらっとして飲みやすいのだ。ついでに酒のコーナーにまわり、ウォトカの瓶も一本入れる。
 ほかに客はいないよな、と首をめぐらせて、海斗はぎくりとした。
 窓越しに、男と目が合ったからだ。
 知らない男だった。この暑いのにナイロンジャケットを着込み、フードをかぶっている。顔は前髪とフードに隠れてよく見えない。だが視線を感じた。男は、海斗と未尋だけをまっすぐに凝視していた。
 ふ、と男がきびすを返す。足早に立ち去っていく。
 ぼうぜんと立ちすくむ海斗に、
「おい、どうした?」
 未尋が声をかけた。
「いや、あの──知らないおっさんが、こっち見てて」
 言い終えて、はっとする。
 そうだ、あのキャメルカラーのジャケットに黒のワークパンツ。
 数日前、未尋の部屋の窓から見下ろした男だ。あのとき男は電柱の脇に立って、三橋家をうかがっていた。
 海斗はあせりながら、未尋にすべてを話した。前にも見かけた男だったこと。そのときは気のせいだと思ったこと。そのときもいまも、間違いなくこちらの様子を探っていたことを。
 しかし未尋は、「ふうん」と気のない声を出しただけだった。
「ふうんって……、怖くないのか」
「ストーカーかもな。たまにいるんだよ、その手の変態。おれってほら、美形すぎてどこにいても目立っちまうだろ」
 と未尋は笑ってから、
「冗談はさておき、たぶん亜寿沙の元カレじゃねえかな。おれに取りなしてもらおうと付きまとうやつ、前にもいたんだ。しつこくしたらよけい嫌われるだけだってのに、わかってないよなあ」
 と唇を片方だけりあげた。海斗の肩を叩く。
「ま、そう気にすんなって。亜寿沙にはおれから言っとくよ。男遊びはかまわないけど、おれのツレをあんまビビらせるなってな」
「べつに、ビビってるわけじゃ」
 口をとがらせる海斗の手から、「それより、海斗」と未尋は買い物籠を取りあげた。
「今度、おまえんにも行ってみたいな」
「はあ!?」
 海斗は思わずあきれ声を出した。
「行ってみたいって……。知ってるだろ、うちには例の後妻がいるんだぞ」
「だからさ。いっぺんツラを拝んでみたい」
「ブスだぜ」
「わかってる」
 レジに向かいながら、未尋は振りかえってにっこりと笑った。天使さながらの笑みであった。
「いいだろ、な? 招待してくれよ。海斗」

#6-3へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年1月号


関連書籍

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2023年2月号

1月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2023年2月号

1月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.012

12月22日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP