美少年が三十代女性を魅了した手口とは? 怒濤のどんでん返しが待ち受ける、衝撃のミステリー! 櫛木理宇「虜囚の犬」#6-2
櫛木理宇「虜囚の犬」

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波模様を背景に、『氷』と赤字で書かれた
「あっちいなあ」未尋が手で顔を
全国的に梅雨入りしたというのに、ここ数日は晴天がつづいていた。気温はうなぎのぼりで、
コンビニの店舗と美容院を隔てる植え込みを横切ったとき、緑の間から白い顔が
猫だった。植え込みから、するりとすべり出てくる。全身真っ白な猫だ。
「うわ、かっわいい」
未尋が弾んだ声を出した。猫に向かい、まっすぐに駆け寄っていく。
海斗は驚いて相棒を見やった。
猫好きだったのか? そんなの、はじめて知った。動物に興味があるとすら聞いたことがない。犬にはあんなに邪険な未尋が、目じりを下げて白猫を抱き上げ、
「首にリボンしてる。よしよし、美人ちゃん。おまえどこの子だ?」
毛づやのいい猫だった。両の
「可愛がられてそうだな」
立ったまま、海斗は言った。
未尋はしゃがみこみ、膝に猫をのせていた。尾のすこし上を
「気に入ったの?」
「ああ。可愛いじゃんか」
「なら、連れて帰っちゃえば」
なんの気なしに吐いた言葉だった。しかし未尋は「駄目だ」と強い口調ではねつけた。
「この子は飼い主のこと、大好きかもしれないだろ。糞な飼い主ならさらってもいい。でもそうでないなら、引き離すなんて駄目だ」
海斗は
なにもかもが意外だった。
家畜に餌を恵むように人間の女児を扱い、犬を嫌悪する未尋。わざと女同士を争わせて楽しむ未尋。その残酷さと、眼前の無邪気さがアンバランスだった。
未尋は名残り惜しそうに猫を一撫でし、
「バイバイ」
と膝から下ろした。
白い尻尾が植え込みにもぐって消えるのを見届け、海斗を振りかえる。
「悪いな、暑かったろ? 店入ろうぜ。喉渇いちまった」
コンビニの店内は、冷房がきんきんに効いていた。
「俺、ジンジャーエール。海斗は?」
「コーラかな」
言いながら、買い物籠にジンジャーエールとダイエットコーラを入れた。べつだんダイエットしているわけではない。夏はこちらのほうが、甘みがさらっとして飲みやすいのだ。ついでに酒のコーナーにまわり、ウォトカの瓶も一本入れる。
ほかに客はいないよな、と首をめぐらせて、海斗はぎくりとした。
窓越しに、男と目が合ったからだ。
知らない男だった。この暑いのにナイロンジャケットを着込み、フードをかぶっている。顔は前髪とフードに隠れてよく見えない。だが視線を感じた。男は、海斗と未尋だけをまっすぐに凝視していた。
ふ、と男がきびすを返す。足早に立ち去っていく。
「おい、どうした?」
未尋が声をかけた。
「いや、あの──知らないおっさんが、こっち見てて」
言い終えて、はっとする。
そうだ、あのキャメルカラーのジャケットに黒のワークパンツ。
数日前、未尋の部屋の窓から見下ろした男だ。あのとき男は電柱の脇に立って、三橋家をうかがっていた。
海斗はあせりながら、未尋にすべてを話した。前にも見かけた男だったこと。そのときは気のせいだと思ったこと。そのときもいまも、間違いなくこちらの様子を探っていたことを。
しかし未尋は、「ふうん」と気のない声を出しただけだった。
「ふうんって……、怖くないのか」
「ストーカーかもな。たまにいるんだよ、その手の変態。おれってほら、美形すぎてどこにいても目立っちまうだろ」
と未尋は笑ってから、
「冗談はさておき、たぶん亜寿沙の元カレじゃねえかな。おれに取りなしてもらおうと付きまとうやつ、前にもいたんだ。しつこくしたらよけい嫌われるだけだってのに、わかってないよなあ」
と唇を片方だけ
「ま、そう気にすんなって。亜寿沙にはおれから言っとくよ。男遊びはかまわないけど、おれのツレをあんまビビらせるなってな」
「べつに、ビビってるわけじゃ」
口を
「今度、おまえん
「はあ!?」
海斗は思わず
「行ってみたいって……。知ってるだろ、うちには例の後妻がいるんだぞ」
「だからさ。いっぺんツラを拝んでみたい」
「ブスだぜ」
「わかってる」
レジに向かいながら、未尋は振りかえってにっこりと笑った。天使さながらの笑みであった。
「いいだろ、な? 招待してくれよ。海斗」
▶#6-3へつづく
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