殺人事件の被害者は、女性二人を監禁していた。 胸を抉るラストが待ち受ける、衝撃のミステリ。 櫛木理宇「虜囚の犬」#6-1
櫛木理宇「虜囚の犬」

※この記事は期間限定公開です。
前回までのあらすじ
ビジネスホテルで男の死体が発見された。警官が被害者・薩摩治郎の自宅に向かうと、そこには監禁された二十代の女性がいた――。庭から二体の人骨も見つかり、茨城県警刑事部捜査一課の和井田瑛一郎は、過去の薩摩を知る元家裁調査官・白石洛に捜査協力を求める。一方、継母とうまくいかず夜の街を徘徊する國広海斗は、中性的な美少年・三橋未尋と出会う。意気投合した二人は、急速に仲を深めていく。
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7(承前)
夕飯を終え、
未尋の部屋は三階にあった。十二
「
海斗は言った。
「女の子みたいに
「充分うるせえよ」未尋は吐き捨てた。
「今日はお客が来てたから、猫かぶってたんだ。普段は甘えてばっかで、うざいやつだよ。あいつよりおとなしい子なんていくらでもいる」
「そうかなあ」
「まあ海斗は初対面だからな」未尋は肩をすくめて、
「いまよりうるさくなったら、殺そうと思ってる」
さらりと言った。猫のように優雅な仕草で、布張りのソファに腰をおろす。
「映画でも
例の監禁もののポルノのことだ。海斗はうなずいて、
「観たよ、よかった。あの女優、熱演だったな」
「ヌいたか?」
「二回くらい」
「ははっ」海斗の返答に、未尋はのけぞって笑った。
「ほんと海斗はいいよな。こういう場面で気取んないとこ、ほんといいよ。馬鹿は『ああいう暴力的なのは、ちょっと』なんていい子ぶったり、かと思えば『あの程度じゃヌけねえよ、ガキじゃあるまいし』なんてイキがってみせる。どっちも馬鹿で
言い終えてすぐ、未尋は顔からすっと笑みを消した。
海斗は一瞬たじろいだ。なにか機嫌をそこねる態度をしてしまっただろうか。しかし立ちあがった未尋は、海斗には目もくれなかった。カーテンを引き開けて外を見る。音高く舌打ちする。
「……ったく、うるせえな」
「え?」
「犬だよ、犬。さっきからずっと、きゃんきゃん
言われてみれば、近所から犬の吠え声が聞こえてくる。未尋がまた舌打ちして、
「通り一本離れた家で、先週から飼いはじめたんだ。どこのペットショップから買ったんだか、無駄吠えの癖をまるで矯正してない。散歩もさせてねえんだろうな。朝から晩まで、のべつまくなしに吠えてやがる」
窓を拳で
「ああいうのも、糞だ。飼い主が糞なんだ。犬にはしつけが必要なのに。甘やかすのは犬のためにならない。飼い主失格だ」
ガラス越しに、眼下の近隣を眺める。まわりは二階建てばかりだから、庭ごと屋根を見下ろすかたちになる。
月の明るい夜だった。どこかで犬が、短く高く吠えつづけている。庭に
電柱の脇に、男が立っていた。
──あれ?
海斗は眉根を寄せた。
この高さから、男の顔までは見えない。でもキャメルカラーのナイロンジャケットと、黒のワークパンツに見覚えがある気がしたのだ。
──そうだ。今日、この家に入るときも見かけたような。
だが自信はなかった。
気のせいかな、と内心でかぶりを振る。
あんな
万が一泥棒だとしたって、
「海斗、なに観る? エロいの観るか?」
未尋の声に、海斗は振りかえった。
「エロいのもいいけど、おれマーベル系の映画が観たいな。ほら『スパイダーマン』とか『デッドプール』とかのあれ」
犬は、まだ吠えつづけていた。
▶#6-2へつづく
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