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連載

櫛木理宇「虜囚の犬」 vol.23

殺人事件の被害者は、女性二人を監禁していた。 胸を抉るラストが待ち受ける、衝撃のミステリ。 櫛木理宇「虜囚の犬」#6-1

櫛木理宇「虜囚の犬」

※この記事は期間限定公開です。



前回までのあらすじ

ビジネスホテルで男の死体が発見された。警官が被害者・薩摩治郎の自宅に向かうと、そこには監禁された二十代の女性がいた――。庭から二体の人骨も見つかり、茨城県警刑事部捜査一課の和井田瑛一郎は、過去の薩摩を知る元家裁調査官・白石洛に捜査協力を求める。一方、継母とうまくいかず夜の街を徘徊する國広海斗は、中性的な美少年・三橋未尋と出会う。意気投合した二人は、急速に仲を深めていく。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

      7(承前)

 夕飯を終え、かいひろの自室へと向かった。
 未尋の部屋は三階にあった。十二じようほどの広さで、セミダブルのベッドと一人掛けのソファ、システムデスク、そして四十二型のテレビが置かれている。寿の趣味なのか、家具はホワイトオークで統一されていた。
つきくんって、おとなしいんだな」
 海斗は言った。
「女の子みたいにわいいしさ。てっきり、もっとうるさい子かと思った」
「充分うるせえよ」未尋は吐き捨てた。
「今日はお客が来てたから、猫かぶってたんだ。普段は甘えてばっかで、うざいやつだよ。あいつよりおとなしい子なんていくらでもいる」
「そうかなあ」
「まあ海斗は初対面だからな」未尋は肩をすくめて、
「いまよりうるさくなったら、殺そうと思ってる」
 さらりと言った。猫のように優雅な仕草で、布張りのソファに腰をおろす。
「映画でもるか? あ、そういや、こないだあげた動画どうした?」
 例の監禁もののポルノのことだ。海斗はうなずいて、
「観たよ、よかった。あの女優、熱演だったな」
「ヌいたか?」
「二回くらい」
「ははっ」海斗の返答に、未尋はのけぞって笑った。
「ほんと海斗はいいよな。こういう場面で気取んないとこ、ほんといいよ。馬鹿は『ああいう暴力的なのは、ちょっと』なんていい子ぶったり、かと思えば『あの程度じゃヌけねえよ、ガキじゃあるまいし』なんてイキがってみせる。どっちも馬鹿でくそだ。欲望に正直になれないやつは、最低だ」
 言い終えてすぐ、未尋は顔からすっと笑みを消した。
 海斗は一瞬たじろいだ。なにか機嫌をそこねる態度をしてしまっただろうか。しかし立ちあがった未尋は、海斗には目もくれなかった。カーテンを引き開けて外を見る。音高く舌打ちする。
「……ったく、うるせえな」
「え?」
「犬だよ、犬。さっきからずっと、きゃんきゃんえてやがるだろ。糞が。うるせえったらねえよ」
 言われてみれば、近所から犬の吠え声が聞こえてくる。未尋がまた舌打ちして、
「通り一本離れた家で、先週から飼いはじめたんだ。どこのペットショップから買ったんだか、無駄吠えの癖をまるで矯正してない。散歩もさせてねえんだろうな。朝から晩まで、のべつまくなしに吠えてやがる」
 窓を拳でたたいた。ガラスが振動する。
「ああいうのも、糞だ。飼い主が糞なんだ。犬にはしつけが必要なのに。甘やかすのは犬のためにならない。飼い主失格だ」
 うなるように言う未尋の横に、海斗は並んで立った。
 ガラス越しに、眼下の近隣を眺める。まわりは二階建てばかりだから、庭ごと屋根を見下ろすかたちになる。
 月の明るい夜だった。どこかで犬が、短く高く吠えつづけている。庭につながれているのだろうか。子犬の声に聞こえた。思わず首を伸ばす。
 電柱の脇に、男が立っていた。
 ──あれ?
 海斗は眉根を寄せた。
 この高さから、男の顔までは見えない。でもキャメルカラーのナイロンジャケットと、黒のワークパンツに見覚えがある気がしたのだ。
 ──そうだ。今日、この家に入るときも見かけたような。
 だが自信はなかった。
 気のせいかな、と内心でかぶりを振る。
 あんなかつこうの男はどこにでもいる。体形だって特徴がない。夜の散歩中にたまたま立ち止まったか、家では煙草たばこを吸えないホタル族かもしれない。
 万が一泥棒だとしたって、はし家の生活水準なら警備サービス会社と契約しているはずだ。海斗が心配するすじあいはなかった。
「海斗、なに観る? エロいの観るか?」
 未尋の声に、海斗は振りかえった。
「エロいのもいいけど、おれマーベル系の映画が観たいな。ほら『スパイダーマン』とか『デッドプール』とかのあれ」
 犬は、まだ吠えつづけていた。

#6-2へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年1月号


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