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連載

櫛木理宇「虜囚の犬」 vol.26

美少年が三十代女性を魅了した手口とは? 怒濤のどんでん返しが待ち受ける、衝撃のミステリー! 櫛木理宇「虜囚の犬」#6-4

櫛木理宇「虜囚の犬」

※この記事は、期間限定公開です。
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 第四章

      1

 家事と昼食を済ませ、しらいしさつ家へと向かった。
 ろうの遺体は検死解剖を終え、のもとへ返されているはずだ。葬儀が挙げられたとは聞かないから、密葬にしたのかもしれない。
 ともかく仏壇に線香の一本も上げさせてもらうつもりだった。治郎だけでなく、ろうの冥福も祈っておきたかった。
 だが、無駄足だった。もんもんも自動シャッターも堅く閉ざされていた。かろうじて覗ける邸内は火が消えたようで、人の気配すらしない。
 ──よそへ避難したのかな。
 だとしても当然だ、と白石はひとりごちた。ここにいては報道陣が押しかけるだろう。好奇の目にだってさらされる。薩摩治郎殺害事件に繫がる一連の事件は、いまや『茨城飼育事件』などという下世話な名称で呼ばれているらしい。それほどに世間の耳目を集めているのだ。
 あきらめて、白石は門扉から離れた。
 腕時計を覗く。午後一時十五分。これから電車に乗り、目当ての店へ行って戻れば、約束の時間には間に合うだろう。
 しかし油断しての寄り道は厳禁だった。
 大事な約束なのだ。もし遅刻したなら、今後の生活にもかかわるであろう重大な約束であった。

そのむら先生〟こと園村まきは、白石兄妹と同じマンションの十一階に住んでいた。
「白石さん、いらっしゃい。時間どおりね」
「おじゃまいたします。あのこれ、つまらないものですが」
 白石は菓子店の化粧箱をうやうやしく差しだした。
 和菓子党の牧子に合わせ、駅を二つ越えて買い求めた有名店の上生菓子であった。いかにも元教師然とした、牧子のいかめしい顔が瞬時にほころぶ。
「あらあ、いいのに。ごめんなさいね、気を遣わせちゃって」
「いえいえ、いいんです。ぼくこそ、あつかましくお茶会にお邪魔させていただきまして」
 園村牧子は、このマンションの自治会長である。いわく「ダンジョンのラスボス」だそうで、ゴミ捨てのルールを住民たちに遵守させ、風紀および衛生を実質管理しているのが牧子だった。
 威厳があるのも当然で、二年前に定年退職したばかりの元教頭先生である。四十年近く市内の中学を異動しつづけた彼女の顔の広さは、家裁調査官をたった三年半で辞めた白石の比ではない。
 ──その牧子がひらく〝お茶会〟となれば。
 リビングには、すでに三人の女性が集まっていた。
 見知らぬ顔ばかりだ。全員が五十代とおぼしい。彼女たちは白石を見て、
「どうも、おうわさはかねがね」
「妹さんと住んでらっしゃるんですってね。専業主夫だとか。いまの時代、そういう男性も必要よねえ」
 と口ぐちにもてはやし、箱入りの上生菓子に歓声を上げた。
「とっときのお茶をれなくちゃね」
 いそいそと牧子がキッチンへ向かう。
 お茶と菓子に気をとられてしまった牧子は、残念ながら白石に女性たちを紹介するのを忘れてしまったようだ。しかし彼から催促はしにくい。しかたなく白石は三人に「女性A、B、C」と脳内で記号を割り振った。失礼かもしれないが、この際そう認識するほかない。
 濃い煎茶と上生菓子でひとしきり盛りあがったのち、
「そういえばね、白石さんがしゆんくんのことをきたいんですってよ。あなた、お隣さんだからよく知っているでしょう」
 と牧子が女性Bに話を振った。
「瞬矢くんって、さんとこの? あら、お知り合い?」
 目をまるくする女性Bに、白石は会釈した。
「いやあ、じつはぼく、以前は少年の更生にかかわる仕事をしていまして。伊田くんは元気でやっていますか?」
 わざと曖昧な言いかたを選ぶ。とくにBはあやしむ様子もなく、
「瞬矢くんなら、よくやってるようですよ。親御さんも一安心みたい。ほんとにねえ、一時期はどうなるかと思ったけどね」
 と吐息まじりに言った。
「でもあの子がグレちゃったのも、無理はないですよ。もとはと言えば、ほら、あの事件……。瞬矢くんはちょうど思春期だったもの。多感な時期に、あれはショックすぎるわ。ね、白石さんだってそう思うでしょ?」
 問いかけられ、白石は急いでうなずいた。生真面目な顔をつくり、「もちろんです」と語気に力をこめる。
 女性Bは「やっぱり」と慨嘆した。
「そうよねえ。あの当時、瞬矢くんはまだ中学生だったのよ。自分の身に置きかえたら、一生忘れられないトラウマだと思うわ」
「え、なになに? いったいなにがあったの?」
 我慢できず、女性Cが割りこんでくる。女性Bは答えた。
「瞬矢く──うちの近所に住む子がね、従弟いとこが自殺するのを目の前で見ちゃったのよ」
「まあ」
 女性Aが目を見ひらく。Bは眉をひそめて、
「学区は違ったけど、同い年で仲のいい従弟だったらしいわ。全国ニュースになったんだけど、ちょうど大きな災害と重なって、さほど報道されなかったの。──でも、想像するだにショックよね。つい数秒前まで自分と話していた従弟が、突然トラックの前に飛びだしてねられるなんて」
 女性Cが「ひどい」と口を手で覆う。
 Bは牧子と顔を見合わせ、ため息をついた。
「即死だったらしいわ。トラックの運転手さんも災難よねえ。さいわい、罪には問われなかったらしいけど……」
「その従弟は、どうして自殺したの?」
 白石の疑問を代弁してくれたのはAだった。Bがかぶりを振って、
「理由はわからないのよ。でもそれ以来、瞬矢くんは一気にグレちゃってね。よくない仲間とつるんで、乱暴するわ、万引きするわ……。成績もガタ落ちして、定員割れの高校に行くしかなかったの。おまけに間の悪いことに、その高校にあの子がいて」
「あの子?」
「ほら、この前ホテルで殺された子よ。薩摩さんとこの坊ちゃん」
 白石はぎくりとした。動揺が顔に出ぬよう、平静な声で問う。
「彼が、どうかしたんですか」
「あら、知らないの? 瞬矢くんは、従弟が自殺したのは薩摩さんの坊ちゃんのせいだって、ずっと逆恨みしてたのよ」
 Bは言った。
「自殺した従弟は、薩摩さんの坊ちゃんと中学の同級生だったんですって。瞬矢くんは『従弟がおかしくなったのは、あの家に出入りするようになってからだ。急に出入り禁止にされたと聞いた直後、自殺した。絶対あいつが従弟になにかしたんだ』って言い張っていたの。でも、それこそおかしな話でしょう? 同級生の家を追い出されたから自殺する、なんてことある? 親御さんもそう言い聞かせたらしいんだけれど、瞬矢くんは反発するばっかりで……」
 ふたたび長いため息をつく。
 あいづちを打ちながら、とり主任はこの事実を知っていただろうか、と白石は考えた。
 きっと把握していたはずだ。主犯少年こと伊田瞬矢が、高校入学以前から薩摩治郎に悪感情があったと知っていた。しかし白石には報告されなかった。治郎自身の更生には、とくに必要のない情報だと名取が判断したのだろう。

#6-5へつづく
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「カドブンノベル」2020年1月号

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