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連載

櫛木理宇「虜囚の犬」 vol.49

【連載小説】凶悪犯を殺したのは「女の子みたいな美少年」? 胸を胸を抉るラストが待ち受ける、衝撃のミステリ。 櫛木理宇「虜囚の犬」#8-13

櫛木理宇「虜囚の犬」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 海斗は三橋家に向かって、早足で歩いた。
 三橋家のチャイムを押す気はなかった。だがせめて、家の様子をうかがうことで安心したかった。家も未尋も、なにも変わりないのだと確認したかった。
 一方通行の標識が立つ、四つ角を曲がった瞬間──。
 海斗は腕を摑まれた。
 海斗は悲鳴を吞みこんだ。待ちかまえていたらしい動きだった。相手の顔を見上げる。
 さっきの男ではなかった。しかし、見覚えがあった。よれた黒のワークパンツ。同じく黒のスニーカー。くような、それでいてすがるような目つき。
 ──ああそうだ。電柱の陰から、三橋家を見張っていた男だ。
 いつだったか、コンビニのガラス越しに見つめられたこともある。この暑さで、さすがにキャメルカラーのナイロンジャケットは脱いだらしい。海斗の腕を摑んだ手が、じっとりと汗ばんで不快だ。
 男は低く言った。
「……きみ、あの家に、出入りしていた子だろう?」
 海斗はぜんと男を見上げた。
 あの家、が三橋家を指しているとはすぐにわかった。なんのつもりだ、と逆に男に問いたかった。おまえに関係ないだろう、とも言いかえしたかった。だが声は、喉の奥で干からびていた。
「話を聞かせてくれないか」
 絞りだすように、男は呻いた。
「ちょっとでいいんだ。すこしの間だけでいい。おれは、あやしい者じゃない。ただあの家の住人について、話を──」
 こいつ、思ったより年寄りだ。海斗は思った。
 五十代なかば、いや、六十近いかもしれない。荒れた生活が、酒焼けした喉や黄ばんだ爪にあらわれていた。手の甲にいくつも染みが浮いている。
 海斗は男を振りはらった。
 間を置かず、走る。爪さきでアスファルトを蹴って駆けた。頭の中が疑問符で満たされていた。
 探偵? 興信所? いやそんなふうには見えない。ならば三橋家に恨みを持つ者? 借金取り? 寿の過去の男? 未尋の父親?
 まさか、と思った。まさかあんな汚らしい男が、未尋の父親であるわけがない。だがだとしたら、あの執着は? やはり三橋家に恨みがあるのだろうか?
「気をつけろ」
 男の怒鳴り声が、背中で聞こえた。
「あの家には、もう近づくんじゃない。いいか、くれぐれも気をつけろ。あの家から距離を置くんだ。──きみが、きみでなくなるぞ」
 海斗は振りかえらなかった。ただひたすらに、駆けて、駆けつづけた。

#9-1へつづく
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