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連載

櫛木理宇「虜囚の犬」 vol.18

中性的美少年が女たちに仕掛けた、まさかの罠。怒濤のどんでん返しが待ち受ける、衝撃のミステリー! 櫛木理宇「虜囚の犬」#4-4

櫛木理宇「虜囚の犬」

※この記事は2020年1月10日(金)までの期間限定公開です。

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      3

 未尋と一緒に歩くと、女の子からしょっちゅう声をかけられた。
 年齢もタイプもさまざまだが、八割は年上だった。制服姿の女子高生。いかにも遊んでいそうな女子大生。金髪に巻き髪のキャバ嬢。スーツ姿でほろ酔いの女性会社員。
 必ずと言っていいほど二人連れで、
「ねえ、そっち二人? こっちも二人なんだけどぉ」
 と声をかけてきた。つづく言葉は「ご飯でもどう?」か「カラオケ行かない?」のどちらかだ。
 はじめて誘われたとき、海斗はいたく動転した。これが俗に言う逆ナンかと驚き、とつに声が出せずに未尋の陰に隠れてしまった。
 未尋はそんな海斗を親指でさして、
「ごめん。今日はこいつと大事な話あるから」
 と余裕たっぷりに彼女たちをあしらった。
 女たちが離れていくのを見送って、未尋は海斗に尋ねた。
「なんだ、女は苦手か?」
「うん、まあ……」
「いじめられたか」
「いや」海斗は首を横に振った。
「女子たちには、直接はいじめられてない。でもいつもすこし遠くで、顔を半分だけこっちに向けてくすくす笑ってた。……あれが、すごくいやだった。なんでかな。面と向かってあざわらわれるより、あのくすくす笑いのほうがつらかった」
「ふうん」
 未尋は曖昧な声を出してから、
「なんで笑われたんだ?」と尋ねた。
 海斗は一瞬、返答をためらった。だが隠してもしょうがないかと、あきらめて打ちあけた。
「……子供の頃、言葉がうまく出てこなかったんだ。いまでも、頭の中で文章を組み立ててからでないと、声を出しづらい。小学生のときはその組み立てに時間がかかって、なかなかしゃべり出せなかったんだ。だから、からかわれて笑われた」
「なるほどね。海斗がゆっくりしゃべるのはそのせいか」
「やっぱり変かな」
「いや、個性のうちだろ」
 未尋はあっさり否定した。
「ろくに考えもせず、べらべらしゃべり出すやつよりよっぽどいい。そういうやつって、たいてい馬鹿だからな。馬鹿は嫌いだ」
 二人はガストに向かった。出会ったときにも長居していたファミレスだ。さすがに夜通しはいられないが、店員が無関心で居心地がいい。
 しかし入店する直前、またも女性の二人連れから声をかけられた。
「ねえ、二人だよね? あたしたちも二人」
「よかったら一緒にご飯しない? おごるよ」
 社会人ではなさそうだった。かっちりしすぎない、かと言ってカジュアルすぎないコンサバ系ファッション。くりいろに染めた髪に流行のメイク。おそらく女子大生だろう。
 海斗は未尋に目くばせした。断ってくれ、と必死に目で訴える。
 だが未尋は女たちに向きなおり、
「え、おごってくれるの? そんな、いいのかなあ……。でも今月小遣いやばいし、お言葉に甘えちゃおうかな」
 とアイドルばりの爽やかな笑顔を見せた。
 女子大生二人組は、ユカとマナミと名乗った。メイクもファッションもよく似ていたが、よく見るとマナミのほうがやや美人だった。ただしユカのほうが、バッグや時計は上等である。
 海斗は一番安いトマトソーススパゲティを頼んだ。しかし未尋は屈託なく、
「おれオムライス。ピザも頼んでいい?」
 と甘えた。ユカもマナミもうれしそうに「もちろん」とうなずいた。
 まあいいか、と海斗は窓に顔を向けた。
 どうせ女たちの目当ては未尋で、おれなんかおまけ以下だ。未尋が二人ぶんの相手を請け負ってくれるようだし、ありがたくタダ飯をいただくとしよう。

 ウーロン茶をすすりながら、海斗は聞くともなしに女たちと未尋の会話を聞いた。
 未尋はいつものシニカルな態度はどこへやら、ユカとマナミにやたらとお世辞を使っていた。
 ──なんか、がっかりだな。
 やはり未尋も普通の男なのか。ガストを出たらどっちかの女と──あるいは両方と、ホテル街に消えるつもりなのかもしれない。
 未尋が童貞でないことは、いままで交わした言葉の端ばしでわかっていた。
 ──でも、やれれば誰でもいいなんてタイプじゃないと思ってたのに。
 逆ナンされて、ほいほいおごられて、おまけに下心満載でおべんちゃらまで言うなんて。イメージダウンもいいところだ。見そこなったとまでは言わないが、評価がだいぶ下がったのは確かだ。
 だが十分としないうち、海斗は会話の流れに違和感を覚えた。
 気づけば未尋は、ユカのほうばかりめていた。
 けしてマナミをくさすわけではない。マナミのことも誉めている。しかしそれ以上にユカを誉めそやす。
 がきれいだね。その髪型似合ってる。センスいいよね。その時計、素敵だな。ちょっと見せて。へえグッチかよ、マジ? 誕生日に親に買ってもらったんだ? お嬢さまなんだね。どうりでそこらの女とは、雰囲気違うと思ったよ──。
 マナミが次第に不機嫌になるのがわかる。伝わってくる。
 空気の不穏さに気づかないふりで、未尋はユカを九割誉め、残りの一割でおざなりにマナミを誉める。
 マナミは何度も席を立った。ドリンクを補充に向かうときもあったし、化粧なおしのためかトイレに行くときもあった。
 ユカは未尋に夢中だった。誉め上手な美少年に、うっとりと見入っていた。
 未尋は女たちにさりげなく酒を勧めた。二人はそろって、グラスワインを追加オーダーした。
 アルコールが入った途端、未尋はユカとマナミを均等に誉めはじめた。
 マナミが気をよくする。逆にユカの機嫌が急降下する。
 どうやらユカも、マナミのほうが美人だと知っているらしい。未尋がマナミの容姿を誉めるたび、ユカのまなじりがりあがる。逆にマナミは、ユカのセンスや立ち居振る舞いが称賛されるたび唇を嚙む。
 二人は未尋が勧めるままにワインをおかわりし、代わるがわるトイレに立った。
 海斗はいまや、三人から目が離せなくなっていた。未尋の目的がわからなかった。わからないだけに、興味があった。
 そうして二時間あまりがち、未尋が壁の時計を見上げた。
「あ、もうこんな時間か。帰らなくちゃ」
 ごちそうさまでした、と言いながら、未尋が目をしばたたく。「あれ?」と、唇が無音で動く。
 ユカもマナミも海斗も、なかば無意識に彼の視線を追った。
 ユカの手首。そしてユカの手もと──。
 グッチの時計が消えていた。
「ちょっと見せて」と甘える未尋に貸したあと、ユカ自身がグラスの横へ置いたはずの時計であった。
 慌ててユカがテーブルの下をのぞく。海斗もテーブルクロスをめくって、足もとを覗きこんだ。しかし時計はなかった。全員の血の気が引く。
「やだ、どうして? 確かにテーブルに置いたのに──」
「待って、落ちついて」
 未尋が制した。
「パニクっちゃ駄目だ。よく探そう。椅子の下とか、バッグの陰とか、背もたれと背中の間をよく見て」
 だがやはり時計は見つからなかった。
 海斗は記憶をはんすうした。未尋が時計を返したのは覚えている。ユカもマナミも酔っていた。全員が何度もテーブルから離れた。海斗だって、ドリンクバーの補充に幾度立ったかわからない。もしかしたら、テーブルから全員離れた瞬間さえあったかもしれない。
「て、店員に言って、警察を……」
 ユカが震え声で言う。
 未尋はかぶりを振って、
「いや、もう一度ちゃんと見よう。誰かの荷物に、間違ってまぎれこんでるかもしれない。全員で、自分のバッグを開けて確かめよう」
 真っ先にバックパックを開けたのは、言い出しっぺの未尋だった。慌てて海斗もボディバッグをひらく。つづいてユカが留め金を開けた。
 マナミもためらいがちにバッグを開ける。次の瞬間、彼女は凍りついた。
 みるみる顔いろが変わっていく。唇がひらき、うそ、と低いつぶやきがれる。
「ちょっと、あんた!」
 ユカが叫んだ。
 マナミが顔を引きらせ、両手を振る。
「ち、違う。あたしじゃない。あたし、なにも知らな──」
「知らないって、じゃあなんで時計があんたのバッグに入ってんのよ! 前から薄うす気づいてたんだからね、あんたがあたしの持ちものを見る目つき」
「おれ、店員呼んでくる」
 未尋が腰を浮かせた。
 ユカがはっと口をつぐみ、彼を止める。「やめて」
「でも、警察を呼んではっきりさせたほうが」
「いいの。だって、そんな……それほど大ごとにしたくない。……そう、そうよね。きっと、なにかの間違いよ」
 そう言いながらも、ユカの目ははっきりとマナミをにらんでいた。マナミはそうはくになり、震えている。唇が真っ白だ。
 ふと、海斗は未尋の視線に気づいた。
 未尋は横目で海斗を見ていた。その瞳が、はっきりと笑っていた。海斗はあやうく声をあげそうになり、急いで呼吸ごと吞みこんだ。必死に肩を縮める。
 その後、四人は慌しく会計を済ませて店を出た。さっきまでの浮き立った空気は、きれいに消え去っていた。
 ユカとマナミとは交差点で別れた。
 五分ほど歩いて、未尋は足を止めた。にやりと海斗を振りかえる。
「──な、面白かっただろ?」
 その刹那、疑惑は確信に変わった。
 マナミのバッグに、ユカの時計を放りこんだのは未尋だ。最初からそのつもりで、ユカとマナミを不均等に誉め、神経をさかでし、おだてて時計をはずさせ、アルコールを勧めて、全員がそれぞれ席を立つ機会を増やしたのだ。
 海斗は盛大に噴きだした。
「うん」
 うなずきながら、きこんだ。笑いが止まらなかった。
「うん。──うん、すげえ面白かった」
「あいつら、二度と一緒に出歩いたりしないだろうぜ。何年の付き合いか知らないけど、美しい友情は今夜限りで終わりだ」
 未尋は夜空を仰いで、海斗に言った。
「な? 女なんて怖かねえっての」
 その言葉は、海斗の耳にひどく心地よく響いた。彼らは声を揃えて笑った。
 笑い声は、クラクションや下手くそなギターや、横断歩道の青信号が奏でる『とおりゃんせ』のメロディで満ちた夜の大気に、吸いこまれて、やがて消えた。

 二人は最初のうち、繁華街のファミレスとカラオケボックスを根城としていた。
 しかし保護者同伴なしの未成年は、どのファミレスでも夜十時までしかいさせてくれない。厳しい店だと、八時にやんわり退店をうながされる。
 カラオケボックスは、バイトのみ勤務の平日なら規律が緩かった。しかし社員が抜き打ちで来た夜は、ことさらに早く追い出された。
 ファミレスもカラオケボックスも駄目となると、元廃棄物置き場に行くしかない。とはいえ雨で肌寒い夜に、冷たい地べたで長居するのはつらかった。
「駅裏のゲーセンが潰れちまったからなあ」
 未尋は舌打ちした。
「あそこ、いい溜まり場だったのに。午前二時までやってたし、個人経営だからルールにうるさくなかったしさ」
 スケーターブランドのパーカーに包まれた肩を、がっくり落とす。
「おれたちの世代って損だよな。公園で遊ぼうにも『大声出すな。ボール遊びするな。自転車乗るな。犬の散歩禁止。スケボー禁止』の看板だらけ。スポーツやりたきゃ、会費払ってちゃんとしたクラブに入らないといけない。走りまわれる空き地はないし、ゲーセンもおもちゃ屋もどんどん潰れてく。外で遊んでたら『うるせえ』って叱るくせに、家でゲームしてたら『ゲーム以外やることはないのか! いまの子供はなっとらん!』だぜ。おれたちにどうしろってんだ、まったく」
「大人は、おれたちがなにしようが気に入らないんだよ」
 海斗は言った。
「頭ごなしに説教して、いい気分になりたいだけなんだ。『おまえのためを思って言ってる』、『心を鬼にして言ってるんだ』なんて、全部噓だよ。説教できる自分の立場に酔いたいだけで、ほんとは子供なんてどうでもいいんだ」
「見えいてるよなあ。なのに、バレてないって思いこんでるから笑える」
 未尋は嘆息して、
「それにしたって、居場所がねえのは参るよ。まあ、おれん行ったっていいんだけどさ。どうせ三階は全部おれのスペースだし、鍵かけてりゃ睦月は入ってこれないし。……あーあ、森屋さんが毎日泊まってくれりゃいいのにな。そしたらおれは、あいつに百パーセントわずらわされずに済む」
 そうこぼしてから、海斗を振りかえった。
「海斗んとこは、まだ弟も妹もいないんだろ?」
「いないよ。親父がつくりたくないみたい」
「いいなあ。後妻を引っぱりこんでも理性が残ってる証拠だ。うらやましい」
「弟のこと、嫌いなんだ?」
「好きなわけねえよ、あんなの」
 未尋は目もとをゆがめた。
「殺して切り刻んで、犬の餌にしちまいたいぜ。……そうできたら、すこしはすっきりするだろうな」

#5-1へつづく
◎第 5 回は「カドブンノベル」2019年12月号(11/10発売)でお楽しみいただけます!
 第 4 回全文はこちらに収録→「カドブンノベル」2019年11月号


「カドブンノベル」2019年11月号


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