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連載

櫛木理宇「虜囚の犬」 vol.25

美少年が三十代女性を魅了した手口とは? 怒濤のどんでん返しが待ち受ける、衝撃のミステリー! 櫛木理宇「虜囚の犬」#6-3

櫛木理宇「虜囚の犬」

※この記事は、期間限定公開です。
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      9

 教室のエアコンが唸っていた。
 今日も暑い。午前の間二十九度前後をさまよっていた温度計が、ようやく三十度を超えたおかげでエアコンが稼働したのだ。
 汗で机に貼りついた腕を、海斗はゆっくりと引きがした。湿度が見る間に下がっていく。体感でわかる。教科書とノートをまとめ、スクールバッグにしまおうと身をかがめた。
 足もとに、左側から消しゴムが転がってきた。
 顔を上げて左を見る。女子がこちらに顔を向けていた。あきらかに「あ、しまった」という表情だ。もっと気やすい男子ならまだしも、よりによってくにひろ海斗か──と考えているのが、手にとるように伝わってきた。
 常ならば無視するところだ。だがその日の海斗は、身をのりだして消しゴムを拾った。女子に向かって、
「これ、もしかして落とした?」
 と手を伸ばして差しだす。
 脳内では、いつか聞いた未尋の言葉が鳴り響いていた。「女なんて怖かねえっての」との、笑いを含んだ言葉が。
「え、あ──ありがとう」
 海斗の手から、女子が消しゴムを受けとる。ちらりと笑顔を見せて離れていく。
 クラスカーストでは中位に属するはずの女子だった。成績は上の中、ルックスは中の上。友達はわりと多い。フルネームは思いだせないが、確か陸上部だった。
 ほんとうだ、べつに怖かねえな──。
 自分にうなずきながら、スクールバッグをひらく。
 スマートフォンが点滅していた。LINEのメッセージが届いている。未尋だ。
 ──今日は亜寿沙のカレシが来るんだ。うぜえから、おまえん家行かせて。
 元廃棄物置き場でいいじゃんか、と返そうか海斗は迷った。
 未尋と〝父の後妻〟を会わせたくはない。と同時に、会わせてみたいと相反する感情も湧く。未尋はあの女を、なんと評するだろうか。どれほど小馬鹿にしてくれるだろうか。
 無意識にほおがほころんだ瞬間、椅子をななめ後ろから蹴られた。
 海斗は首をもたげ、ああ、と納得した。
 さぎたにである。例の〝自称いじられキャラ〟なクラスメイトだ。どうやらまた、海斗は体のいい八つ当たりの道具にされたらしい。
「……ニヤついてんなよ、キモっ」
 鷺谷が吐き捨てて離れていく。
 その背中を、海斗は無感動に見送った。

「お邪魔します。海斗くんと同じクラスのナカロウです」
 その日の夕方、未尋は輝くような笑顔で〝父の後妻〟にそう名乗った。
 後妻は気圧されたように目をしばたたいて、
「あ、……ああ、そう、いらっしゃい」と応えた。
 彼女は未尋が差しだした手土産を受けとり、驚いたことに愛想笑いまで返してみせた。さすが美少年の威力はすさまじい。海斗としては感嘆するしかなかった。
「くっせえババア」
 海斗の部屋に入るやいなや、未尋は頰をゆがめた。
「知ってっか? 男に相手されないババアとそうでないババアじゃ、股の臭いが違うんだ。間違いねえや。おまえんとこのババアは、ここ三年はヤってねえな。くせえのなんのって、鼻が曲がりそうだったぜ」
 思わず海斗は噴きだした。未尋も笑った。
 声をそろえて、二人は数分の間笑いつづけた。

 残念ながら、海斗の部屋には大きなテレビもパソコンもなかった。二人はベッドに肩を並べて座り、例のコンビニで買った酒をあおった。海斗のスマートフォンをWi-Fiにつないで動画を眺め、馬鹿話で盛りあがった。
 ふいに未尋が「ニュースが観たい」と言いだした。
 海斗はさっそくポータルサイトにアクセスした。国内ニュース一覧に飛び、新着ニュースをチェックする。その中に、例のビジネスホテル殺人の続報があった。
「海斗、これひらいて」
 言われるがままに記事をひらく。
 週刊誌の配信記事だった。防犯カメラに犯人とおぼしき男の姿が映っていたらしい。顔は隠していたが、身長は百七十センチあるかないかで瘦せ型だという。
 記者は「事件の枝葉末節を除けば、単純な刺殺事件のはず」、「なぜ警察が手をこまねいているのか理解に苦しむ」と苦言を呈していた。
「ほかに情報ないのかな」
 未尋にせっつかれ、海斗はグーグルに戻って事件名と地名で検索した。
 トップに表示されたのは、巨大匿名掲示板のスレッドであった。
 スレッドをひらく。「被害者は刺されて当然」、「顔が見えなくて中背なんて情報、発表する意味あるか? さすがマスゴミ、無能の極み」、「被害者はクズだったんだろ? なら死んでもいいじゃん。捜査終了」といったレスが延々とつづいている。
 さらに下へスクロールさせていった。
 ある書き込みに、海斗はふと手を止めた。
てんちゆう】という固定ハンドルの書き込みであった。内容は、
「ビジホ殺人事件の真犯人はこのおれ! 愚鈍な警察諸君、おれは透明な存在じゃねーから捕まえてみたまえ。殺されたほうがいいやつは、殺せばいい! 日本をよりよくするため、ゴミはじゃんじゃん始末しちゃいましょう」
 その下には「通報しました」、「なにイキってんの?」、「あーあ、また通報される馬鹿が一人」とレスポンスが並んでいる。
 海斗は苦笑した。
「こういうやつって、どっこにでもいてくるよな。暇なんだろうなあ、しょうもねえ。まあ運営側だって、この程度なら削除もせず放置──」
 するよな、と相棒を振りむきかけて、海斗はぎょっとした。
 未尋が形相を変えていた。
 白い頰が紅潮している。目じりが引きり、わなないていた。唇をみしめている。あきらかにふんの表情であった。
「むかつく」
 未尋は声を絞りだした。
「こういうやつが、一番むかつくんだ。くそったれの横取り野郎。なに勘違いしてやがるんだ。糞、糞、糞が。こんなやつ、いますぐ死ねばいい。糞が──馬鹿ガキがっ!」
 こんなにも憤る未尋を見たのははじめてだった。怒りで詰まった声がしわがれ、震えていた。
 海斗はわれ知らず、相棒からそっと身を引いた。

#6-4へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年1月号


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