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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.14

【連載小説】はじめての取調を終え、昼食を摂るりおから意外な言葉が──。特殊犯罪に挑む二人の女性刑事の活躍。  矢月秀作「プラチナゴールド」#4-2

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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 午前の取り調べを終え、つばきはりおと共に同じフロアの小会議室で昼食をっていた。
 二人の前にあるのは、りおのリクエストの中華弁当だ。庁舎の近所にある中華料理店がコロナウイルス対策の関係で始めたテイクアウトランチボックスなのだが、これがなかなかおいしい。
 二人とも、エビチリとチンジャオロースの弁当を広げていた。
 つばきは髪の毛を後ろで束ね、おかずとごはんをせっせと口に運んでいる。が、りおは蓋は開けているものの、箸を握ったまま食べようとしない。
「早く食べな。時間ないよ」
 つばきが促す。
「わかってるんですけどねー」
 りおはエビチリに箸の先を付け、深くため息をついた。
 午前中の取り調べは、ほぼ、りお一人で進めた。
 つばきは他の逮捕者の供述も集め、関係部署を回って協力を取り付けた。
 安谷たちの話を聞く限り、彼らは単に割のいい仕事を請け負っただけで、撤去したアンテナがどこにどうさばかれるのかはまったく知らないようだった。
 特殊詐欺と同じ手口に映る。
 掛け子や受け子を細かく分け、顔を合わせず指示だけ出し、犯罪行為に加担させる手法。これまでは特殊詐欺で使われることがほとんどだったこの方法論が、他の犯罪にまで広まってきているとすれば、厄介だ。
 金は安谷が前金で半分受け取っていた。受け渡しは、しながわ駅のトイレを使って行なわれたそうだ。
 今、安谷が金を受け取ったというトイレ前の防犯カメラ映像の入手と解析を依頼している。
 安谷たちが撤去した資材は、車に乗せたまま引き渡すことになっていた。
 場所は、撤去完了後に指示すると言っていたそうだが、安谷のスマホに、それらしき連絡は来ていない。
 報道で吉祥寺の騒ぎを知ったか、もしくは、現場近くで事の成り行きを見ていた者がいたか。いずれにせよ、安谷に仕事を依頼した何者かは、危険を察知し、彼らを見捨てたとみたほうがいいかもしれない。
 つばきは念のため、逮捕現場周辺の防犯カメラ映像を集め、当時、現場にいた人たちを特定するよう協力要請していた。
 安谷から一連の流れを聞き出したのは、もちろん、りおだった。
 午前中の段階で逮捕者から詳細を聞き出せたのは立派なものだ。初めての取り調べとしては十分に合格点だ。
 また、安谷が不用意な発言をしてキレたのかとも思ったが、記録係の男性警察官にいてみるとそうではなく、落ち着いた様子で話を聞き、質問し、的確に事案の要点を聞き出していたという。
 安谷がりおにひるんでいたとはいえ、犯罪者はどうかつだけでは決して口を割らない。必要なのは信頼を得ることだ。
 りおはわずか数時間で、安谷から信頼を得たということだ。聴取の得意なベテランでも、初めからうまく供述を引き出したという例は聞かない。
 昨日、ざかからりおも三課の専従捜査に加えると聞かされた時、とてもりおに刑事が務まるとは思わなかったが、案外、向いているのかもしれない。
 しかし、当の本人は、ため息をついてばかりだ。
「どうしたんだよ。話してみな」
 つばきは言った。
 聞きたくはない。が、気落ちしたまま、午後の取り調べに向かえば、せっかくいい雰囲気で進んでいた取り調べが滞るかもしれない。
 りおを乗せて、今日中に取り調べは済ませたかった。
「初めは、どうしようもない悪いヤツだと思って話を聞いてたんですけど、彼の生きてきた境遇を聞いてるうちに、なんだか悲しくなっちゃいまして……」
「どんな話だったんだ?」
「彼は──」
 りおがぽつぽつと話し始めた。
 安谷は母子家庭で育った。父親の顔は知らないそうだ。
 幼い頃から、母親はほとんど家にいず、いつも菓子パンばかり食べていたという。
 時々、地域のボランティア団体が運営していた、今でいうこども食堂で食べる温かいごはんは、たまらないごそうだったと話していた。
 そのような状況ながら、子供心に高校だけは出たいと思い、中学生になるとアルバイトを始め、こつこつとめた金で進学したそうだ。
 しかし、母親はまったく家に金を入れず、安谷が稼いだ金まで使うようになり、ついには学費が払えなくなり、高校を中退した。
 安谷は中退を機に、母親から逃げるように上京し、知り合いを通じて、電気工事会社に就職した。
 仕事自体は嫌いではなかったという。
 しかし、取引先の相手に自らの生い立ちを話すと、下に見られ、事あるごとに無茶な要求をされたり、馬鹿にされたりしていたという。
 そしてある日、我慢できなくなり、相手を殴った。
 社長は事情はんでくれたものの、相手が重要な取引先の担当者で、安谷を辞めさせない限り、今後の取引は停止すると脅してきたせいで、辞めさせられることになった。
 その後、安谷はとにかく生活のために働いた。
 学歴もなく、暴行で会社をクビになったせいもあり、まともな職には就けず、夜の街や怪しげな会社を転々とした。
 そうした生活を続けていくうちに、たちの悪い人間とも付き合うようになり、やさぐれていったという。
「なぜ、そういう人たちとの付き合いをやめなかったのかと訊いたんですよ。なんて言ったと思います?」
「そっちの方が楽だったから、じゃないの?」
 つばきが言った。
 りおはつばきを見つめた。
「優しかったんだと言ってました」
「優しかった?」
「はい。世間の誰もが相手にしてくれない中、周りからは質が悪いと言われる人だけが、自分の話を聞いてくれたし、自分にごはんを食べさせてくれたり、遊んでくれたりしたと。なんだか、じんわりきちゃって……」
「よくある話じゃない。ヤクザなんかは、そうやって若い子をたらしこむしさ」
「先輩、そういう人と会ったことあるんですか?」
「まあ、刑事をやってりゃ、そんなヤツばかりと向き合ってるわね」
「そうじゃなくて。先輩の周りに、そういう人はいますか?」
 りおの語気が強くなる。
「いや、いないけど……」
 つばきはされ、お茶を飲んだ。
「よくある話って、みんな言うけど、周りにそういう人がいたって話はほとんど聞かないじゃないですか。それって、話では知ってるけど、実際は知らないってことだし、もっと言うと、近くにいるのに見ないふりしていたり、遠ざけたりしているってことですよね。彼もそうだったんだなあ、と思って」
「彼も? 安谷みたいな人があんたの周りにいたの?」
 つばきはりおを見つめた。
 りおは箸をぎゅっと握り締めた。一瞬、顔がこわばる。が、すぐに笑顔を作った。
「やだなあ。私の周りに、安谷みたいな男がいるわけないじゃないですか。ただ、彼がかわいそうだなと思っただけで。食べよっと」
 りおはそのまま弁当を食べ始めた。
 ふうん……なんかあるね。
 つばきは目を細め、りおを見つめた。

▶#4-3へつづく
◎第 4 回の全文は「カドブンノベル」2020年10月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年10月号

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