menu
menu

連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.16

【連載小説】蘭子の存在は事件の突破口となるか? 女性刑事二人が特殊犯罪に挑む!  矢月秀作「プラチナゴールド」#4-4

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

「あ、こいつ、サイバー班の一ノ瀬蘭子。私の同期なのよ」
「そうだったんですかあ。いきなり入ってきたんで、どちらの方かと思っていました。はじめまして。広報……いや、今は刑事三課の彩川りおです。よろしくです」
 ぺこりと頭を下げる。
 蘭子はいちべつして、さっきまでりおが座っていた椅子に腰を下ろし、タブレットを置いた。起動させ、黙々と操作を始める。
 りおはつばきに歩み寄った。
「私、何か失礼なことしました?」
 小声で訊く。
「元々不愛想なヤツだから、気にしなくていいよ。安谷、そっちに座って」
 つばきが指示をする。
 安谷は男性警察官に連れられ、奥の席に戻った。男性警察官が手錠を外そうとする。
「いいよ。すぐ終わるんだろ?」
 大きく息をついて、両脚を開き、深く椅子にもたれる。
「何?」
 蘭子を睨んだ。
「あんたが仕事を依頼されたサイトって、これ?」
 蘭子は気にせず、画面を見せた。
「あっ、それだ!」
 安谷が身を乗り出した。
 サイト名は〈コーガク1デー〉。黒い背景に入口が一つしかない、いかにも怪しげなサイトだった。
「まだ、あんのかよ」
「もう、サーバからは消えてるよ。ウクライナのサーバだったね」
 蘭子が言う。
「じゃあ、この画像は?」
 つばきが訊いた。
「あんた、いい仕事したね。いったん、スクショで保存したんだろ?」
 蘭子は眼鏡を押し上げながら、安谷を見やった。
「手元が狂って、スクショしちまったんで、すぐ削除したんだけど。残ってんだな、データって」
「内部保存したデータを消すには、本体を破壊するしかないんだよ。でもまあ、おかげで正体は少しだけ見えた」
「どうやって調べたの?」
 つばきが訊いた。
「この写真データの中に情報が残ってたんだよ。それをたどったら、ウクライナのサーバに行きついたというわけ。そこから先はわかんないし、サーバの設置者情報を得るのも無理だと思うけどね。でも、このサイトいいヒントをくれたよ。似たような求人サイトが裏にはいっぱいあってね。試しに、ウクライナのサーバを使っていたサイトを調べてみたら、怪しいのがわらわら出てきた」
 蘭子は話しながら操作し、IPアドレスから割り出した裏求人サイトの一覧を表示した。
「知ってるの、ある?」
 画面を安谷に向ける。
 安谷は目を通し始めた。
 つばきは留置場担当の男性警察官に目で合図をした。男性警察官はうなずき、安谷の捕縄と手錠を外した。
 安谷は指で画面をスクロールしながら、並ぶ裏求人サイトの名前を確認した。
「えーと、これと──」
 指をさす。
「知ってるサイト名をタップしてくれたら色が反転するから」
 蘭子が指示する。
 安谷はスマホを操作するようにポンポンとタップしていった。
「このぐらいかなあ……」
 再度、スクロールして確かめようとする。
 が、蘭子は手を伸ばして、タブレットをひったくった。
「何すんだよ!」
「もういいよ。ありがとう、助かった」
 蘭子はぶっきらぼうに礼を言った。
 安谷はうれしかったようで、少し頰を緩ませる。しかしすぐ、ふてくされたような表情をのぞかせる。
 褒められることに慣れてないんだな、こいつ……。
 罪を犯してしまう人の多くは、素直に感情を表わすことや感情を的確に処理することがとても苦手だ。
 りおに似たようなニオイを感じるというのは、そうした部分かもしれない。
 りおも、あまり感情表現がうまいようには見えない。
 蘭子は周りに挨拶もせず、部屋を出た。蘭子もまた、感情を素直に表わせない人種だ。
 そんなのばっかか、私の周りは──。
 独り、思いつつ、自分のことを思い返し、心の中で苦笑した。
 蘭子を追って、部屋を出る。
「何かわかったの?」
 声をかけると、蘭子は立ち止まって振り向いた。
「それはこれから。明日の午前中にはいろいろわかると思う」
「じゃあ、ランチ食べながら話しよう。彩川、連れていっていい?」
「あんま、よろしくないけど、仕方ない。個室にしてね。込み入った話があるかもしれないから」
「わかった。よろしくね」
 つばきが言うと、蘭子は背を向けて右手を上げ、去っていった。
 一つ息をついて、取調室へ戻ろうとドアノブに手をかける。少し開くと、中から安谷の声が聞こえてきた。
「お、怒らないで!」
「あいつ、また──」
 入ろうとした時、安谷の次の言葉が聞こえてきた。
「あのさ……吉祥寺でも、取り調べ始める前も、ブスとか言って……あ、怒らないでよ! じよくするようなこと言って、すみませんでした」
 ドアの隙間から、中を覗く。
 安谷はりおの前で深々と腰を折っていた。
 りおは安谷をきつい目で見下ろしていた。けれど、まもなく笑みを浮かべた。
「もう、気にしてませんから。でも、私だけじゃなくて、他のどんな人に対しても、小馬鹿にするようなことは言わないでくださいね。その人自身、どうにもできないこともありますから」
「はい、気をつけます」
「ありがとう」
 りおが言う。
 安谷はまたうれしそうにはにかんだ。そして、蘭子の時とは違い、その後、ごまかすようなそぶりを見せない。
 安谷を見つめて微笑むりおの姿は、聖母のようなたたずまいだった。
 この子、思った以上かも……。
 つばきは目を丸くして、わざとドアを大きく開け、中へ入った。
「安谷、協力してくれてありがとな」
 つばきが言う。
「あのくらいだったら、かまわないよ」
 安谷は笑みを見せながら返す。まるで友達に返事をしているようだ。
 自ら両腕を伸ばし、手錠を要求する。担当警察官は手錠と捕縄を付け、安谷を連れていった。
「お疲れさん」
 りおの腕を叩く。
 りおは口をすぼめて大きく長い息を吐いた。
「大丈夫でした?」
 不安げにつばきを見やる。
「立派なもんだ。ですよね?」
 記録係の制服警官に顔を向ける。
「ええ、たいしたものですよ。私もいろんな方の取り調べに立ち会いましたが、初めてでここまで被疑者の信頼を勝ち得る人は見たことがありません。すごいです」
「すごいだなんて……」
 りおが頰を染める。
 つばきはりおの背中を叩いた。りおが前のめりになって、き込む。
「ほら、ポッとしてる場合じゃない。安谷の供述の裏取りやら、協力要請中の他部署の捜査結果の分析やら、たくさんやることがあるんだ。行くよ」
 もう一度、背中を叩き、先に取調室を出る。
 りおは記録係の制服警官に頭を下げ、つばきの後を追った。

▶#5-1へつづく
◎第 4 回の全文は「カドブンノベル」2020年10月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年10月号

「カドブンノベル」2020年10月号


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年11月号

10月10日 配信

怪と幽

最新号
Vol.005

8月31日 発売

小説 野性時代

第204号
2020年11月号

10月12日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP