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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.7

当麻を助けた男の正体は? 未知を求めて山奥へ進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#4-3

増田俊也「眠るソヴィエト」

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      2

 上によしいてある〝屋根付き広場〟の片隅で火がおこされていた。夜の広場は幻想的な空気があった。そのたきの上にだけ何重にも覆う葦簀があった。おそらく上空からあかりが視認できないようにしているのだろう。逆に煙は暗くなるほど外界からは見えづらくなる。
 六人か七人ほどのその輪を鍵谷が覗き込むと、ひとりの女が顔を上げた。そのままぼそぼそと二人でやりとりしている。女の横顔が炎に照らされてオレンジ色に光っている。四十歳前後か。細面の小柄な女だった。隣には小学生くらいの少女が座っている。しばらくすると鍵谷が戻ってきた。
 黙ったまま親指で小屋を指し、歩いていく。私を一度も見なかった。
 鍵谷に続いて小屋の階段を上がっていくと、室内にはほんのりと薄い光が揺れていた。片隅に植物のつるで編まれたシェードがあり、その隙間から小さな炎が揺れているのが見えた。油に芯を浸したものか。香りから、おそらく植物性の油だろう。
 鍵谷はひとりで部屋の奥へ行き、そこでしゃがみこんでがさがさやり、しばらくすると立ち上がって戻ってきた。
 何かをくちゃくちゃとんでいた。
「茶の葉だ。元気が出る」
 言いながら私にも差しだした。
 受け取ると、たしかに茶の匂いがした。
 合戦時の武士たちは茶の葉を興奮剤の一種として嚙んでいたと読んだことがある。鍵谷はそのまままた外へ出ていく。私は茶の葉をジーンズのポケットに入れ、彼のあとをついて外に出た。階段を下りると、そこに黒彦がひざまずいて待っていた。鍵谷はその前で止まって顎を突き出すようにして上からめた。ひざまずいたままの黒彦が顔を上げると、鍵谷はそこに右拳を差しだした。黒彦がその拳に頰や額をこすりつけている。何かの儀式だろうか。半眼になって頰をこすりつける黒彦はこうこつとしているように見えた。
 焚火のまわりから人々が立ち上がり、一人また一人とこちらへ歩いてくる。そして黒彦の後ろに一人ずつ並んでいった。静かな森に、焚火がはぜる音がパチパチと小さく響いている。黒彦が立ち上がってその場を離れると、次の男が同じようにひざまずき、同じように拳に頰ずりした。次に線の細い少女が頰ずりすると、その頭を鍵谷が撫でた。
 そうやって〝儀式〟を終えた者はまた焚火のところへ戻っていく。すべての者が戻ったところで鍵谷も焚火のほうへ歩きだした。
 みな、焚火のまわりに車座になり、その顔を炎の光が揺らしている。
 鍵谷が座ると全員が緊張したのがわかった。
「どうぞ、これを」
 一人の女が言って私に布製の敷物をすすめた。よく見ると、みな地面に敷物を敷いている。
 頭を下げ、そこに座った。
「今日は客が来ている。当麻君だ」
 言いながら手のひらで私をさした。
 みな、ざわざわと隣の者と話しはじめた。私と焚火を間にして向かい側に座っている黒彦が地面を両手でたたきはじめた。隣に座る女がそれを止めようとすると黒彦は歯をむいて怒った。すると座っている成員みんなが地面を叩いた。まるで獣の集団ではないかと一瞬思った。
「彼は医者なんだ」
 鍵谷はみなの騒ぎに無頓着に私を紹介した。
 みなが一転、黙った。
 その様子は少し異様であった。
「じゃあ、もう大丈夫なの?」
 一人の女が不安そうに聞いた。
「ああ。大丈夫だ」
 何のことか、鍵谷がそう言った。そして「その話はあとからだ。飯の用意をしてくれ」と何かを吐きだした。先ほどから嚙んでいた茶の葉だ。
 一人の男が鍋の横にかがみ、しやくわんに汁を満たしてはまわりの者たちへ配りはじめた。
 かなり大きな椀だった。サラダを盛るボウルのような大きさだ。いや、もっと大きい。洗面器くらいあろうか。
「どうぞ」
 一人の女がふたつの椀を持ち、私と鍵谷に差しだした。鍵谷は片手で受け、顔を近づけた。香りを確かめているようだ。その顔を女がじっと見ている。
 鍵谷がにこやかに私を見た。
「さっきの猪だ」
 ごろりとした大きな肉塊がいくつも入っており、里芋のような塊もある。そしてあしらいのように緑色のもの、おそらく樹の葉をちぎったようなものが入っていた。
 椀は生木の感触と香りがした。
 椀をゆっくりと傾け、汁を口に含んだ。よくいえば野趣に富んだとでも表現できるが、野生動物の巣に顔を突っ込んだような、毛皮に似た臭いがした。
 みな談笑しながら木のさじで椀の中身を食している。私たちの汁などと違い、これはおかずでも副菜でもなく、主食なのだろう。
 肉の塊を焼いたものを載せた大皿が二人にひとつずつくらい配られた。それをみな手づかみで取り、かぶりついている。
 男が木製の皿を配りはじめた。そこには植物が山盛りになっている。樹木の葉や野草、そして色形さまざまな実がいくつも入っていた。そこに赤いドレッシングのようなものがかけてある。指先にとってめてみると、かなりしよっぱい。梅干に似た後味なのでのような植物で作ってあるのだろう。それを摘まんでいると、大きなかめを抱えた少女がやってきた。そして鍵谷にコップを渡し、甕から液体をそそいだ。
「ここの酒はいぞ」
 鍵谷が言い、私から視線を外さぬままそれをあおった。アルコールが強いのか、歯を食いしばって唇を横に広げ、それから息を吐いた。
「どうだ、飲んでみろ」
 杯をさしだした。
 受けると、すぐに少女が酒を満たしてくれた。
 たしかにアルコール臭が強いが、それを打ち消して余るだけの甘さがあった。ミルクキャラメルのような甘みだった。横で鍵谷は少女に酌をさせている。炎に揺れるその横顔に険しい眼球が光っていた。梟の寂しげな声に混じって、ときおり得体のしれない動物の声が聞こえてくる。
「当麻もこれ、入れるか」
 後ろから言われて振り向くと、リサコが陶製の壺を持っていた。その壺に木製の匙を差しこみながら「砂糖だ。酒が甘くなる」と言った。
 だが、さすがにこれ以上甘くなると飲めなくなる。
「いや、いい」
 手のひらで拒絶しながら言うと、リサコが悲しそうな顔をした。
「あまり甘いのは苦手なんだよ」

>>#4-4へつづく ※11/7(木)公開
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「カドブンノベル」2019年11月号

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