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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.18

裸の当麻たちに男が襲いかかる! 未知を求めて山奥へ進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#7-4

増田俊也「眠るソヴィエト」

※この記事は、期間限定公開です。

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      2

 焚火の炎がゆらゆらと揺れ、幻想的にみなの顔を照らしている。鍵谷、旭、私、リサコ、亜希の五人の大人が、あんどんを持って三十分交代で一人ずつ広場全体をまわるパトロールをしたが、ほかは和やかな夕食が続いた。
 鍵谷は全員が無事だったことがよほど嬉しかったらしく御機嫌だった。
「でかい猪がくくわなに掛かってたんだが、俺のとどめ刺しがくそすぎて逃がしちまったんだ。すまんすまん。でもよ、猪って怖いんだぜ。本気になったら眼がり上がっちまってよ」
 大声で笑った。
 止め刺しとは先の鋭いもので獲物の眉間を深く突き刺して殺すことである。異様なまでに負けず嫌いの鍵谷が自分の失敗をこんなふうに話すのは珍しい。
 そこからしばらくは猟の話が続き、毛皮男たちの話になった。彼らのグループは「ろくげんかい」といって、伝説によると千四百年の歴史があるという。かつては数百人のメンバーを誇ったらしいが今ではずいぶん減っていると思われる。鍵谷が子供のころ何度か大きな諍いがあったというが、地理的に離れていることもあり、このところは互いに距離を置きうまくいっていた。それが半年ほど前からまたきな臭くなっているらしい。
「しかし今日はまた突然、何しに来たんだろうな」
 鍵谷が杯を手にしながら言った。
「もちろん宣戦布告でしょう」
 私が言うと鍵谷は笑った。
「ありえねえよ、そんなの」
「いや、間違いないと思います」
「やつらそこまでの力、もう持ってねえよ」
「でも、やる気なのは間違いないです」
 私の強い語気に鍵谷の杯の手が止まった。
 そしてげんな表情になって私を見た。
「俺に言ってないことがあるのか?」
 ぐるりと見まわすと美冬は対角線上にいた。
 私は上体を鍵谷のほうに傾けて声を落とした。
「黒彦さんが殺されました」
「なに?」
「やつら黒彦さんを殺して、その腕を斬り落として持ってきたんです」
「そいつはほんとうか?」
「ええ。手首のところにいれずみもありましたし、弓ダコが指のここに」
 鍵谷の表情がこれ以上ないほどに険しくなった。
 旭も表情を強張らせていた。
 鍵谷はさらに声をひそめた。
「それを知ってるのは当麻とリサコだけなんだな」
「そうです。美冬ちゃんのいるところでは言えませんでした」
 鍵谷が肯いた。
「わかった。当麻は聞かれても何も言うな。亜希と美冬には俺から話す」
 そう言って黙り、下を向いて何か考えている。
「何があったんでしょう?」
「わからん……」
 つぶやくような小声だ。そしてさらに小さな声で「まずい状況になっていることだけは確かだ」と言った。
 しばらく男三人でぼそぼそと話したあと、リサコに杯をもうひとつ用意させて黒彦のために酒をいだ。
 それをぼんやり見ていた鍵谷が、ついと顔を上げた。
「それにしても今日はほんとうにありがとう。本音を言うとおまえなんかすぐに追い返すつもりだったんだが、医者だっていうからちょっとだけ使って適当に帰そうと思ってたんだ。感謝しきれない」
「ありがとうございます」
「どうだ。おまえ、ここに住まないか」
「え?」
「俺たちのメンバーになって一緒に住まないか」
「え……」
「ここで決めることはねえ。二、三日考えてみてくれ」
「…………」
「黒彦が死んじまって、俺と旭の二人の男手になっちまった。おまえが必要なんだ」
 鍵谷が言った。
 その隣で旭も神妙に肯いていた。

      3

 この夜から全員で神殿で寝ることになり、まずはそれぞれに改めて日本刀が割り当てられた。男は二本ずつ、女は一本ずつである。そして腰の帯にするための長い布を切っていき、それも渡された。縦に何度か折り、柔道の帯のように結んで、そこに刀を差した。
 鍵谷がみなの前に立った。
「今日明日はまだ大丈夫だと思うが、ここは森の中だ。どこからやつらが出てくるかわからねえ。戦時の前夜だと思っていてくれ」
 言われてみな神妙に肯いた。
 寝具は昼寝用のものがたくさん置いてあるが、女たちは不安がって衣類を取りに自分の小屋へついてきてくれと言った。私がその役をし、まずは亜希の小屋へ美冬も伴って行き、私自身もいくつかの衣類と洗面道具などを持って神殿に戻った。暗い道を歩く間、私を含めみな腰の刀を左手で握っていた。
 次にリサコの小屋へ行った。初めて見るその住居はかなり広く、聞けばグループが大きなころは五人くらいが一緒に住んでいた小屋なのだという。
「そのへんに座って待ってて」
 リサコはそう言って持っていく衣類などをまとめはじめた。私は壁際のとう椅子に座った。部屋全体を見まわした。掃除が好きではないのか、亜希の部屋に比べると物が散らかっていた。
 リサコはプラスチック製の衣装ケースの前にあぐらをかいて引き出しのなかを探っている。一つずつつまみ出すパンティは色もデザインも派手なものが多い。吟味するその背中を見ながら昼間見た彼女の裸体を思い出した。
 しばらくすると彼女は立ち上がり、ジーンズやパーカーとともに下着類を紙袋に入れていく。最後に洗面道具を入れて私を見た。
「終わったわ」
 その眼は昨日までのものと明らかに違っていた。あれだけの体験を二人で共有したのだ。
 ちようちんを持って二人で外へ出た。
 左右で虫が鳴く暗い道を歩く。
 漆黒の静けさが怖くて何度か言葉を交わし合った。
 広場に入ると亜希がひとりで焚火まわりの食器を片付けていた。私とリサコを見て驚いた顔をしたが、すぐに片付けを再開した。なんとなくぎこちない動作だった。
 神殿に入ると鍵谷は真ん中あたりですでにいびきをかき、旭はその横の布団に座って荷物整理をしていた。美冬は一番奥でヤマネと遊んでいるようだった。
 布団が人数分敷いてあるのも亜希がやったのだろうか。今までここで生活してきて、亜希とリサコはそれほど心通わせてはいないのが私にもわかっていた。
「どこで寝る?」
 リサコが聞いた。
「僕は入口に近いほうがいい。警備のとき出入りするから」
「じゃあ私はその隣ね」
 言いながら中へ入り、枕元に紙袋を置いた。
 彼女は鍵谷の恋人である。まずいのではと荷を置くのをちゆうちよしていると「早く。ここに」と隣のリサコが布団を叩いた。旭が苦笑いしながらこちらを見ている。
 しかたなくその布団に座った。
 そこへ亜希が戻ってきた。布団の並びをちらと見て、黙ったまま奥の美冬のところへ入っていく。その背中をリサコが見ながら頰を小指でいている。
 鍵谷は眠っているので旭と二人で話し合い、旭、私、鍵谷の順に交代で三時間ずつ警備に立つことになった。旭が準備して神殿を出ていったあと入口のドアを閉めた。閂を掛けると三時間後に旭が入ってこられなくなるので普通の鍵だけ掛けることになり、キーを持って旭が出ていった。
 私は腰の日本刀を抜き、布団の横に置いて座った。そして毛布を二枚掛けて横になり、リサコに背を向けて丸くなった。「ここにずっと住まないか」と鍵谷に言われた。私はうなだれてみせたが、実のところ私はその場で肯きたい気持ちもあった。しかしそれは昼間の一時の高揚からきているのかもしれないので黙っていた。そもそも自分は山岳ジャーナル社の仕事でビッグフットを撮影に来たのである。そして今日、おそらくその正体らしき人々を見た。どうしたらいいのかわからなかった。
 どちらにしても少し考えてから決めればいい。そんなことを考えているうちに眠りに落ちた。

▶#8-1へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年2月号

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