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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.7

当麻を助けた男の正体は? 未知を求めて山奥へ進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#4-4

増田俊也「眠るソヴィエト」

※この記事は2020年1月10日(金)までの期間限定公開です。

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 そう言うと、リサコは天然パーマで膨らんだ頭を殊勝に下げた。
「当麻さん。はじめまして」
 リサコの後ろから中年の男が頭を下げた。リサコは振り向き、会釈して立ち、場所を譲った。そこに中年男があぐらをかいた。
あさひです。旭りようといいます」
 片手に杯を持ち、片手に酒の甕を抱えていた。
 そして甕を両手で持ち直し、私にすすめた。受けると、私の杯に自分の杯を合わせた。
「はじめまして、旭といいます」
 あらためて言って、あぐらを組み直した。そして「どこのグループの方ですか」と聞いた。
「グループ?」
「どこかのグループの人じゃないんですか?」
「いや、僕は東京から来たんです」
「東京?」
「ええ」
「じゃあ、街の人?」
「はい。黒彦さんに連れてきてもらったんです」
「黒彦に?」
「ええ。そうです」
「どこかで会ったんですか」
「向こうの森で」私は指さした。「歩いているときに罠穴に落ちたんです。そこを助けてもらって」
 旭が怪訝そうに眉を寄せた。
「向こうというとどのあたりですか」
がみだけです。ここからあがたむらのほうへ行く途中の」
 私はまた指さした。
「そこで黒彦はなにを?」
「猟をしてました。今日のこの猪もそのとき捕獲したものだと思います」
「そうですか……。おさが当麻さんを連れてきたものだと思ってました」
「違います。鍵谷さんとはさっき会ったばかりです」
「黒彦はどうして連れてきたんだろう」
 旭はまだ眉根を寄せたままだった。そして宙空に泳がせていた杯を口へ持っていき、麦茶でも飲むように三口四口と喉仏を鳴らした。
「僕が医者だからじゃないですか」
 私が言うと、旭が我にかえって「そう。そうかもしれない……」と、まだ納得がいかないようだった。私はソヴィエトうんぬんと黒彦が言っていたことを思いだしたが、話がさくそうするのでそれは言わず、一番ただしたいことを聞いてみた。
「ここはどういう集団なんですか」
 旭はちらりと鍵谷のほうを見た。鍵谷は女と子供の前に座り、笑顔で椀から肉塊を手づかみで食べていた。
「宗教とか、そういう団体なんでしょうか」
 新興宗教であれば、関わると面倒だ。
「いや、宗教ではないです。なんといったらいいのか……さんは知ってますか」
「山窩?」
「ええ」
 旭は肯いて説明してくれた。
 山窩とは、江戸、明治、大正と、日本各地の深い森を放浪して暮らした山の民たちのことをいうらしい。かつては推定二十万人はいたといわれる。山で暮らすさまざまな放浪民全体を呼ぶ名であった。各時代とも時の権力ににらまれ、とくに明治以降は警察や役所からの眼を避けるために、さらに山深く入っていった。太平洋戦争時まではかなりの数が残っており、おもに獣猟や川魚漁をし、木工細工や竹細工で現金収入を得た。一部の者たちはきとも呼ばれる職能集団であり、で森の樹木を倒し、その木材で食器など様々な木製品を作っていたといわれる。同じところに定住せず、さらに一般人は入らない深い森で暮らしているため、その姿を正確に把握した者はいない。戦後も一万人ほど残っていたが、次第次第に山を下り、警察でも「すでにいない」とされているが、まだこうして生き残りがあちこちで暮らしている──。
 旭の説明は続いた。
 現在は自分たちは山窩とは呼ばず、「ヤマビト」と名乗っているという。
「旭さんも生まれてからずっとここに?」
「いえ、私は七年前にここに入ったんです。下界に家もありますよ。せんだいの実家です。でもおやもおふくろも死んで、もう帰る必要もないのでここにずっといます」
「他の人たちはどうなんですか」
「他?」
「ええ。旭さん以外の人たちは元々の山窩なんですか」
「いや、それはね……」
 旭は慌てたように上体を起こし、視線を泳がせた。
 何秒待っても答えない。
 私にはもうひとつ確かめたいことがある。
「このあたりに大きなねずみがいると聞いたんですが」
 旭の表情が変わった。
「黒彦さんは人間くらいある大きな鼠と言ってましたが、そんな大きな鼠がいるものでしょうか」
 続けて聞くと、旭が首を振った。縦に振ったのか横に振ったのか判別できないほど微かな動きだった。
 旭が杯を手にして立ち上がり、私の肩を叩いた。
 そして黙ったまま、皆の輪に戻っていった。

#5-1へつづく
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