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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.20

敵からの宣戦布告に当麻たちは――。 未知を求めて山奥へ進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#8-2

増田俊也「眠るソヴィエト」

※この記事は、期間限定公開です。

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      2

 いったん神殿に戻った三人は武器類をそれぞれで分け、神殿の補強を始めた。男がいない間に女たちが安全に過ごせる場を作ってやらねばならない。私が昨日補強したぶんだけでは心配だった。
 作業場から大量の角材や板を運び、内側からも外側からも打ち付けていく。それをふゆの母娘、そしてリサコが見守っている。
「あの人たち、また来るかしら」
 亜希が心配そうに言った。
「大丈夫だ。俺たちがいない間に来ることはない。そもそもまずはしてるやつを連れて戻らなきゃいけねえ。山道を怪我人連れて戻るには二人は必要だ」
「でも──」
「宣戦布告したのを仲間に知らせなきゃいけねえし、向こうだって準備が必要だ。俺たちがいましてるように」
「でも、もし戻ってきたら……」
「ありえないと思うが、もし戻ってきてもこの中にいりゃ大丈夫さ」
 言いながら壁を拳でたたいた。何枚も板を打ち付けてあるので低い音が響いた。
 女たちと向き合った。
「いいか。俺たちはやつらの集落を攻めてくる。万がいち途中ですれ違ってやつらがここに来たら、おまえらでなんとかするしかない。戦争が始まったんだ」
 鍵谷が言うと女たち三人がすすり泣きをはじめた。鍵谷はそれを黙って見ている。しばらくすると「籠城中の水が必要だ。川へ行って汲んでくる」と一人で出ていった。そのあいだに旭がバケツと板きれを使って便器を作ってやっている。籠城に必要なのは水と食べ物、そしてトイレだ。しばらくすると鍵谷が水がいっぱい入ったバケツを二つ提げて戻ってきた。そしていつも水が蓄えられている片隅のたるにそのバケツをあけた。
「まだ何杯も必要だ。とうも付き合え」
 外にあごを振った。
 眼に含意を感じた。
 外に出ると、はたして顔を近づけてささやきかけてきた。
「やつらの集落はここから十五時間はかかる場所にあるから、俺たちが戻ってくるのは最短でも三日後だ。ドンパチの時間を入れて、まあ五日間だな。五日たっても戻ってこなかったら薬飲んで全員ここで死んでくれって女どもに言ってもいいだろうか。下界に勝手に降りて騒がれたら大変なことになる」
「やめたほうがいいでしょう」
「やっぱりそう思うか」
「それはそうでしょう。無駄に恐怖を与えるだけです」
 鍵谷はじっと私の眼を見て考え込んでいる。
「わかった。なにが何でも戻ってこよう」
 決然と言って、二つのバケツを持って川のほうへ歩いていく。私は軒下のバケツを二つ手にしてあとを追った。

      3

 男たちが荷造りしているあいだ、女たちは飯を炊き、出征祝いの準備をしていた。グループ内に伝わる手順があるようで、先ほど鍵谷と亜希がそれをみなに伝えていた。
 米飯の匂いにまじって肉の焦げる匂いがこちらまで漂ってくる。こういったまとまりは、いまでは下界にはなくなってしまった。そこに巻き込まれている自分に私は高揚した。
「祝いの準備できました」
 美冬がヤマネを抱きながらこちらにやってきた。
 男三人で肯き、ついていった。
 たきのまわりにはいつもより凝ったつくりの肉料理が並んでいた。
「どうぞこちらへ」
 亜希が男たちの席に一枚一枚座布団を置いていく。鍵谷、旭の順に、そこにあぐらをかいた。私はその手前の座布団に座った。そこにひとつずつ松の樹皮で編んだ帽子が配られた。リサコがやってきて一人ひとりに杯を渡し、ししざけいでいく。
 亜希とリサコはともにいつもと違うアジアンドレスのような服を着ていた。その曲線的な身体からだのラインを揺れる炎が幻想的に照らしている。
 男三人が杯に口をつけると、亜希が静かに歌いはじめた。いつもの労働歌ではなかった。はじめ英語だと思ったが耳を澄ましてみると違う。おそらくロシア語だと思われた。聞いたことがない歌だが、なぜか懐かしい感情がこみあげてきた。
 歌が終わったところで鍵谷が立ち上がった。
「今日はありがとう。このような席をもうけてもらい、感謝している。明日、われわれはここを出発する──」
 そこから、今回の戦争への決意が鍵谷の口から語られていく。亜希やリサコは真剣に聞き入り、感極まって途中で泣きはじめた。美冬も意味がわかるのか、あるいは母たちが泣いているからなのか、ヤマネを抱いたまましゃくりあげている。
 鍵谷の演説が終わると、みな緊張した面持ちで料理に手をつけた。山の短い夏が終わりかけているのか、今日の夜は妙に肌寒い。その冷たい夜気と熱い肉料理のコントラストに筋肉が引き締まるような感覚があった。さまざまな肉料理を口にし、酔いがまわる前に鍵谷が散会を告げた。
「明日は午前四時半にここに集合。ミーティングのあと出征する」
 散弾銃を抱え、日本刀を持って自分の住居へと小道を歩いていった。
「当麻さんと一緒に帰っていい?」
 美冬が亜希に聞いた。
「いいわよ。でも当麻さんは明日早いからすぐ寝るのよ」
 そう言って亜希は料理を一人で片づけはじめた。いつの間にかリサコはいなくなっていた。
「行こう」
 私は日本刀をベルトに差して行灯を持ち、美冬の手を引いた。美冬はヤマネを内懐に入れ、何かの歌をうたいながら歩いている。母親に似て歌がうまく、さわやかに夜に響いた。
 昨夜、リサコと恐れながら歩いた森とは思えないほど安らかな気分だった。今日はもうあの毛皮男たちが来ないだろうとわかっているからではない。あきらかに自分はここのメンバーとして期待され、遇されているという実感があるからだ。なんとか役に立ちたいと思った。
 小屋に着くと、美冬が灯りに火を入れてくれた。
 私は万がいち何かあっても対応できるように、そのままの服装で布団に横になった。枕元に日本刀を置き、布団のなかに折り畳みナイフを隠した。
 美冬は寝間着に着替え、自分で布団を敷いて毛布にくるまった。昨日のことで疲れたのか、すぐに寝息をたてはじめた。私はそっと立ち上がり、灯りを吹き消して布団に戻った。そのままぼんやりと暗い天井を見ながら、ここに来てからのとうのような日々を思い出した。なんとなく応募したアルバイトでなんとなくやってきた場所だが、十年も前からここにいたような気分だった。静かに深呼吸してから眼を閉じた。明日からは移動と戦闘が始まる。少しでも寝ておかなければならない。
 眠りに落ちてどれくらいったのかわからない。
 誰かが横に来た気配で驚いて上半身を起こした。
「私です。当麻さん」
 暗闇のなかで囁くように言った。
 亜希だった。
「どうしました」
 美冬を気にしながら私は小声で聞いた。
とぎにございます。最後の夜を私とお過ごしください」
 震える声で言った。
 あまりのことに驚いた。
 どうしたらいいのか──。
 頭を巡らせ、私は言った。
「ありがとうございます」
 亜希は黙ってうつむいた。
 小さく肩が震えていた。
 私はその手を握り、思いきって言った。
「すごくうれしいのですが、申し訳なくてそんなことできません。なにより僕は戻ってくるつもりです。死んだりしません。だから最後のおもい出に抱くことはしません。帰ってきて、未来ある身で抱かせてください」
 そう言うと、亜希がえつをあげはじめた。
 私は息が詰まった。
 自分の吐いた言葉が真実かどうかわからず、気がとがめたからである。ここで亜希を抱いたらリサコを抱けなくなる。いまリサコといい感じで進んでいるのでその流れに身を任せるべきだ。そんな計算が働いたのである。
 手のひらで涙を拭いながら亜希が立ち上がり、奥の自分の布団へ歩いていく。そして静かにそこに横になり毛布をかぶった。それを確認して私も横になり眼を閉じた。しかし心臓は高鳴ったままだ。今ならまだ間に合う。立ち上がって数歩奥へ行き、耳もとで囁けば亜希の柔らかい身体を抱けるのだ。──そんなことを考えていてなかなか眠りに入れなかった。

▶#8-3へつづく
◎第 8 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


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