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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.25

敵を倒すため、リーダーがめぐらせた計略とは? 未知を求めて山奥へと進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#9-1

増田俊也「眠るソヴィエト」


前回までのあらすじ

医学部卒業後、大学に再入学した当麻一郎は、謎の生物を探すアルバイトに採用され山奥へ向かった。獣用の罠穴に落ちた当麻は黒彦に救われる。黒彦が暮らす集落で当麻はヤマビトと名乗る鍵谷らと出会い、鍵谷は当麻を集団に受け入れた。川で水浴していた当麻は獣の皮を纏う男たちに襲われるも、鍵谷たちが撃退する。その後、鍵谷の指揮の下、敵の集落を逆襲し、当麻も敵を殺す。その撤退途中で、当麻は箱に閉じ込められた黒彦の声を聞く。

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      1

 頑丈な鉄製箱の陰に座り、私は息を殺して機会をうかがっていた。
 いつのまにか雲がかかって星々が消え、黒い天蓋だけが頭上にある。ずっと鳴いていた森の奥のふくろうはぴたりと黙り、まわりの草むらから聞こえていた虫までもがかんもくしていた。もたれかかる鉄の箱を通してくろひこの存在を感じながら、私はただ黙って息をひそめていた。一度尿意をもよおし、座ったまま性器を横に向けて音をたてぬようにゆっくりと放尿した。
 何時間ったのかわからない。人間の気配が山から降りてきた。もしかしたらかぎたにたちかもしれぬので、を閉じ、耳を澄まして足音を数えた。二人や三人の足音ではない。間違いなく私たちを追って谷を登っていったろくげんかいの男たちが戻ってきたのだ。鍵谷たちを上で発見できなかっただろうことは、彼らの呼吸が興奮していないことでわかった。自分の感覚が知らぬうちに鋭敏になっていることに驚いた。山に入ってわずか二カ月ほどのあいだにまるで別の生き物になった感覚があった。
 足音が集落のほうへ消え、しばらくするとその方向にいくつかの小さなあかりがともるのが見えた。耳を澄ましたがなにも聞こえてこない。集落までの距離は七百メートルから八百メートルといったところか。これだけ離れていれば、こちらの音も向こうまで聞こえまい。
「黒彦さん──」
 立ち上がりながら私は箱の中に声をかけた。
「もういいだすか」
 小さな声が中から聞こえた。
「いまから箱を開けます。ちょっと待っててください」
 折り畳みナイフを開き、手探りで木製の天板の隙間に差し込んだ。そして木部を少しずつ削っていく。途中で何度か指先で隙間の幅がどれくらい広がったか確認し、二センチほどまで広がったところで別の場所を同じように削っていく。そこも隙間が二センチほどになったところでナイフを折り畳み、逆に持ち直して柄を隙間に押し込んだ。体重をかけ、の力を利用して天板を少しずつ浮かしていく。暗闇にギギギギとくぎが浮く音が小さく響いた。わずかに天板が浮いたところで、もうひとつの隙間に柄を差し込んで同じように体重をかけた。それを何度か交互に繰り返しているうちに天板がかなり浮いてきた。
「もう少しです。待っててください」
 箱の中に私はささやいた。
 指先が天板の下に入るようになったことを確認して、ナイフを腰のケースにしまった。そして両手の指先を天板の下の隙間に差し入れ、ゆっくりと力を入れて引っ張り上げていく。釘がきしむ音が大きくなり、すぐに抵抗がなくなった。両サイドを手探りで抱え、天板をがして地面にそっと置いた。ポケットから百円ライターを出して箱の中を照らした。瘦せ衰えた黒彦が、まぶしそうに眼を細めている。すさまじい悪臭だった。便や尿、そして腐った食べ物が混じった臭いであろう。
「大丈夫ですか」
 悪臭にき込みながら私は声をかけた。
 黒彦は黙ってうなずいた。頰がけ、あかの浮いた髪が乱れている。
「立ち上がれますか」
 腕を引いて立ち上がらせようとして、左腕がないのに気づいた。忘れていたが黒彦の左腕は斬り落とされているのだ。右腕を握ろうとすると、鉄製の手錠が右手首と左足首との間に掛けられていた。警察で使っている丸いものではなく、かなり時代物の手錠である。この程度の箱を黒彦が破れなかった事情がわかった。
「ちょっと待ってください」
 敵陣にワイヤーを使ったわながあった場合に備え、三人それぞれペンチを持っていた。私は左足を箱の中に入れ、手錠をつなぐ鎖をペンチでつまみ、グリップを踏んで全体重をかけて揺すった。ペンチの刃が鎖に食い込んでいく感触があり、しばらくするとパチッと音がした。足を抜き、上半身を箱の中に入れて手錠に触れた。鎖は切れていた。
「立てますか」
 黒彦の右手を握って引っ張り上げた。瘦せ細り、足はふらついていた。肩を貸して箱から出した。
「すまんだす……」
 かすれた声で礼を言い、その場に尻餅をついた。
「大丈夫ですか」
 かがんで顔をのぞき込むと苦しそうに息をしながら私の腕につかまった。意図を察し私がゆっくり立ち上がっていくと、黒彦も立ち上がった。
「みんなのところへ行きましょう」
 肩を貸しながら私は言った。
 雲が行き、月がまた見えていた。私たちの逃亡を助けてくれようとしているようだった。ゆっくりとざんごうを目指して歩きはじめた。

      2

 苦労のすえ崖の上の塹壕に着いたときには、すでに夜が明けかけていた。
「死んだと思ってたんだぞ」
 鍵谷が怒って私を殴った。そして強くためいきをつき、私と黒彦の背中をたたいた。黒彦どころか私も死んだと思い、これからどうするか鍵谷とあさひで話し合っていたという。
 塹壕の一番奥に枯草を敷いて黒彦を寝かせた。衰弱が激しいので白湯を少しずつ飲ませるように旭に言い、私は斬り落とされた左腕の傷口を診た。黒彦は自分で衣服の脇の下の部分をきつく縛っていたため出血は止まっていた。痛み止めのアスピリンを二錠飲ませた。傷口が刃物によるものだったからか、あるいは黒彦の体力があったからか、思った以上に状態はよかった。白湯で傷口を軽く洗ってから、ワセリンを塗ったビニール袋をかぶせて軽く縛り、異物が入らないようにした。その処置のあいだ黒彦は痛いとは一言も言わず、私に身体からだを預けていた。そして処置が終わると、気を失うように眠ってしまった。次に旭の小指切断を診た。痛みが強いようなのでアスピリンを飲ませ、傷口は洗って、黒彦と同じような処置をした。
 三人で温かい肉スープを飲んだ。
 鍵谷が眼をぎらつかせた。
「二人が戻ってきたとなると、選択はひとつだな。六厳会をここで叩いて潰してしまうんだ。このまま帰ったら、またやつらはうちのグループを攻撃してくる」
 私も旭も異存はなかった。
 しかしこの陣容で、しかも相手が徹底的に守っているあの集落を陥落させられるのか。
「残りは何人なんでしょうか」
 私は聞いた。
 リーダーのカイを含めて戦闘員である男は十五人だった。そのほかに老婆が一人で小学生くらいの年齢の男児が一人である。十五人の男のうち、六人は殺していた。残る男は九人ということになる。
「これを根絶やしにしねえと、後々まで禍根を残してうちは安心して暮らせねえ。やるしかねえ」
 鍵谷が言った。
「でも銃の弾が尽きたでしょ。どうやって戦う」
 旭が言うと鍵谷が強い眼で見た。
「向こうだって銃はないんだ。そんなことを考える必要はない」
「でも三人対九人だ……夜の急襲はもう通じないし、勝ち負けは五分五分以下といったところじゃないか」
 鍵谷がかぶりを振った。
「三人じゃねえ。四人だ」
 そう言って後ろで眠る黒彦を見た。
 たしかにそうだ。彼の森のなかでの戦闘能力はわれわれ三人を合わせたくらいある。
 鍵谷はけいけいと光った眼を私たちに二人に向けた。

▶#9-2へつづく
◎第 9 回全文は「カドブンノベル」2020年5月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年5月号

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