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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.35

【連載小説】膝を撃たれた旭を当麻は治療できるか? 未知を求めて山奥へと進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#11-3

増田俊也「眠るソヴィエト」

※本記事は連載小説です。
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「大丈夫だ。撃ちはしないさ」
 私は小声で彼女に言った。
 ターンと銃声が響いた。
 旭がもんどりうって倒れた。
 鍵谷はさらに撃とうと倒れた旭に照準を合わせている。
 私はリサコの腕を振り払い鍵谷と旭のあいだに入り両手を広げた。
「鍵谷さん……」
 あとは恐怖で声が出なかった。
 鍵谷は猟銃を下ろさない。
 照準器を見ながらその眼で私を見ていた。
「どけ」
「だめです……」
 自分の声ではないと思えるほど震えていた。身体中に一瞬にして汗が噴き出し、息が荒くなっていた。
「お願いです……鍵谷さん……」
 かすれた声で私は言った。
 鍵谷はそれでも猟銃を下ろさない。
「お願いです……」
 私はもう一度言った。
 鍵谷がゆっくりと猟銃を下ろした。
 その眼はしかし、けいけいと光ったままだった。
 私の後ろで旭がうめき声をあげていた。振り返ると膝のあたりを抱えて地面を転がっていた。
 私は片膝をつき、旭の肩のあたりに触れた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫なわけねえだろが!」
 旭は眼を閉じたまま叫んだ。
 ズボンの膝が血にまみれ、染みは太腿や足首のほうへみるみる広がっていく。そこに土がつき、まるで戦場で倒れた兵士のようだ。
 旭が痛みにうめきながら私の手首を握った。血にまみれた左脚は異様な方向へ曲がり、旭が痛みに身体をくねらすたびにさらに右へ左へとおかしな方向に曲がっている。旭が両手で押さえているのでよく見えないが、肉や骨のうちの何割かの部分が散弾で吹っ飛んでいるに違いない。
「当麻!」
 鍵谷が大声をあげた。
 見ると鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「おまえ医者だろ! こういうときのために置いてやってんだ! 治してやれ!」
 言い捨てて、銃を提げたまま森の小道へ入っていく。それを伊緒里が走って追っていく。
「大丈夫ですか」
 私はまた旭に声をかけた。
 眼を閉じて痛みに耐えているが、言葉のやりとりから鍵谷がいなくなったことはわかったようだった。
 鍵谷が撃った散弾はバックショットといって鹿猟に主に使われる強力なものだ。ケースのなかに七粒の丸い鉛弾が入っていて、銃口から発射されるとその弾が放射状に広がりながら飛んでいく。だから散弾といい、ライフルなどひとつの弾が飛んでいく銃よりも命中率が高くなるのだ。バックショットのなかの弾のサイズは一回り小さいパチンコ玉くらいである。五メートルほどの近距離から撃ったので七粒の弾はそれほど広がらず、おそらく直径十センチほどの大きさで旭の膝を直撃したと思われる。
 神殿までの距離を目測した。
 およそ二〇メートルか。
 このぶらぶらの脚のまま運べるだろうか。
 あたりをぐるりと見回した。
 神殿の横にリヤカーが置いてある。
「あのリヤカーを!」
 私が指さすと黒彦が小走りで行く。
「リサコさんは水を。バケツにれいな水を二杯ほしい」
 頼むとそうはくな顔で肯いて上水道のほうへ走っていった。
 まずは血を止めねば。
 再びあたりをぐるりと見回した。
 役立ちそうなものはない。
 しかたなく防寒ジャンパーを脱いだ。そしてパーカーを脱ぎ、トレーナーを脱ぎ、最後にTシャツを脱いで裸になった。すぐに素肌の上からトレーナーとパーカーを着て防寒ジャンパーを羽織り直した。
 Tシャツをこよりのように丸め、綿の太い縄を作った。
「ちょっと痛いかもしれませんが我慢してください」
 旭の太腿を左手で持ち上げた。
「ああっ───!」
 旭が絶叫した。
「すいません。我慢を──」
 Tシャツで作った縄を旭の太腿の下へ通し、思いきりグイと引っ張って脚の付け根のところで強く縛った。さらに二重結びにきつく締め上げる。
「痛い痛い! あ───!」
「もう大丈夫です。これで出血が止まるはずです」
 ズボンは裾まで真っ赤に染まっていた。すでに一リットルほど失血しているにちがいない。
 黒彦が神殿の方からリヤカーを曳いてきて横で待っていた。
「旭さんを神殿に運びます。手伝ってください」
 私が言うと黒彦が旭のすぐ横にリヤカーをつけた。
「さあ。立ち上がれますか」
 私が脇下に手を入れると旭が絶叫した。
 反対側の脇の下に黒彦が手を差し入れた。私はその黒彦に眼で合図した。痛がろうとなんだろうととにかく運ばなければならない。私が掛け声をかけ、ぐいと持ち上げた。旭が暴れて叫んでいるのも構わずリヤカーの端に座らせた。黒彦がリヤカーに飛び乗り、後ろから旭の両脇を抱えて奥へ引いていく。
「痛いっ、痛いっ! やめてくれ!」
「もう大丈夫です。安心してください」
 私は言ってリヤカーを曳いた。黒彦は荷台の上で旭が暴れないように片腕で上手に押さえている。神殿前に着くと、ちょうどリサコがバケツを両手に提げてやってきたところだった。バケツには水が満たされていた。
「なかに運ぼう」
 私が言うと黒彦がリヤカーを飛び下りた。そして素早く神殿脇の棚からあんどんを手にして火を入れている。
 しかし旭は首を振った。
「いや、もういい。ここでいい」
 呼吸がかなり乱れている。
「だめです。明日あたり雨が降りそうですし、不衛生なところで治療したくない」
 医学部卒業後おそらく初めて口にした言葉ではないか。自分が医者であることを自覚した。ここには私しかいない。ドロップアウトしていようと腕が未熟であろうと道具がなかろうと私しかいない。私がなんとかしなければ旭は確実に死ぬ。
 私と旭がやりとりしているあいだに黒彦は三つの行燈に火を入れ、ひとつは神殿入口に置き、ひとつは室内に置き、ひとつは自分で持っていた。
 黒彦の手を借り、二人でリヤカー内の旭の脇下を両方からすくった。
「ああっ───!」
 絶叫する旭を二人で下へ降ろし、両側から肩を貸した。
 撃たれた左脚はだらりと下がっていて自分の意志で上げておくことができないようなので、旭は残った片脚で跳ねながら歩くこともできない。
 私と黒彦は旭の身体を完全に持ち上げ、宙に浮かせて神殿の階段を昇った。そのあいだも旭は絶叫し続けている。
 反対側を持つ黒彦の怪力に助けられ、上まであがる。そしてなかへ入り、部屋の真ん中あたりに敷いてある布団にあおけに寝かせた。旭は叫ぶ声もれてきて、エネルギーも切れたのか、最後は荒い息をしているだけだった。
 私は横にあった毛布を三つ折りにし、をしている旭の膝の下に差し込んだ。出血を少しでも抑えるためにも、痛みを抑えるためにも、患部は心臓より高く上げておいたほうがいい。
「これ、どうするの」
 後ろから言われた。
 振り返るとリサコがバケツを提げて立っていた。
「ここへ持ってきてくれ」
 そう言うとリサコはふてくされたようにバケツを持ってきて、ドンッと床に置いた。先ほどキスを拒まれたことをまだ根に持っているのだ。こんな状況でも自分のことしか考えない女が本当に嫌になった。そして亜希のことをおもっている自分にあらためて気づいた。そういえば美冬と二人、どこへ行ったのだろう。
 振り向くとリサコはすでにいなくなっていた。入口の外から怖々とのぞいているセシ少年の顔が見える。
「入っておいで。怖くないから」
 私が言うと、そろりそろりとなかに入ってくる。
はさみはないかな」
 私は黒彦に聞いた。
「どこにあるか、わからんだす」
「じゃあ君のナイフを貸してくれ。よく切れるやつを」
 頼むと黒彦は自分の腰を見て、いくつかあるうちの一本のさやを抜いて私に渡してくれた。
「ありがとう。助かるよ」
 私はそれを使ってTシャツで縛ってあるすぐ下のあたりから旭のズボンを切った。猪の解体のときも思ったが、黒彦の持つ刃物はどれもつねによく手入れされており、分厚い生地が簡単に切れていく。ぐるりと切って、その切れたところからズボンの片方を脱がそうとした。しかし血液で傷口に貼りついているので旭が痛みで暴れた。しかたなく今度はそのズボンを縦に裂いて、左右に広げるようにして一気に血まみれの脚をあらわにした。傷口を見て私は絶望した。七粒のうち何発の鉛弾が当たったのかわからないが、傷口は皮膚も肉も骨も区別がつかないほどのミンチ状態になっていた。
「……治りそうですか……」
 痛みに耐えている旭が聞いた。
「ええ。大丈夫です。僕にまかせてください」

▶#11-4へつづく
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