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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.15

裸の当麻らに男が襲いかかる! 未知を求めて山奥へ進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#7-1

増田俊也「眠るソヴィエト」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

医学部を卒業するも医者にならず、大学に再入学した当麻一郎は、謎の生物を探すアルバイトに採用され山奥へと向かった。獣用の罠の穴に落ちた当麻は身動きが取れなくなるが、黒彦に救われる。黒彦が仲間と暮らす集落で、当麻はヤマビトと名乗る鍵谷らと出会う。鍵谷は当麻を医者だと知り、集団に受け入れる。鍵谷たちが出かけた後、川で水浴していた当麻とリサコは獣の毛皮を纏う男に襲われる。

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または 電子書籍「カドブンノベル」へ

      1

 全身に動物の毛皮をまとったその男は体中から臭気を放ち、うなり声をあげていた。対する私とリサコは全裸なので重装備の兵士を前によろいなしでたいしているような恐怖のなかにあった。
 男はこちらが立ち上がろうとするたびに「シャーッ!」と口から擦過音を発し、首を振ってよだれまみれの息をき散らした。ひどい臭いのする涎が何度かこちらの顔や体にべとりとついた。に入ったものがピリピリするのは酸性かアルカリ性に傾いているからか。
 なにより眼の前には男が放り投げたくろひこの血まみれの腕が落ちている。彼が人を殺すのをいとわない者だということは、死人の腕を扱うその無造作でわかった。
 しがみつく手にリサコが力をこめた。
「逃げようよ……」
 その瞬間、男がシャーッとすさまじい音を発してリサコをにらみつけた。口元をゆがめ、鼻筋にいくつもしわを寄せるさまは、野生の獣である。
「いま動かないほうがいい……」
 小声でリサコに言い、男から眼をそらさないようにした。
「敵ではありません。仲間です」
 冷静に言ったつもりの私の声は震え、かすれていた。
 男が何かぶつぶつ言った。しかしなまりがひどいのか、それとも現代日本語ではないのか、内容が聞き取れなかった。
 大男は鼻のまわりに皺を寄せ、顔を上下左右に振り回して怒りを表した。そして一歩踏み込んできて上からシャーと声をあげた。驚いた私が横に落ちているの枝に手を伸ばそうとすると男が唸りをあげて踏み込み、その枝を蹴り飛ばした。そしてシャーッとつばを撒き散らして私を真上からかくした。大量の涎が顔にかかった。
「怒らせないで。ひどいことされるから……」
 リサコがしがみつく手に力をこめた。
 注意深く動きをけんせいしながら、私はあらためて男の姿を見た。
 頭にかぶっているのは熊の頭部だと思ったが、よく見るといのししのようだ。肩から羽織る毛皮は色が薄いので鹿の皮だろうか。ズボンは余裕ある大きさの麻布のような材質のもので背中に木製の大きな背負しよいがある。その背負子には大きななたが結わえられ、腰にも小型の鉈がさがっていた。
 森へ入れば裸足はだしの私たちは不利だ。逆にこの男の頑丈そうな毛皮ブーツは森を歩くために特化したものだろう。すぐに捕まってしまう。だから後ろの川に飛び込んで一気に走るしかない。向こう岸まで渡り、しよう広場まで走るのだ。男は多くの物を身に着けているのでそれが水を吸って動きが鈍くなるだろう。
 リサコの手首を握り直した。
 意図を察した彼女が体に力をこめた。
「いくぞ!」
 リサコの手を引きながら立ち上がった。川のなかへ入り、膝まである浅瀬を走った。リサコの手首が重くなったと思って振り返ると男に足をつかまれていた。私は手を離し、大きな石を両手で抱えて、男の顔面に投げつけた。硬いもの同士があたるゴツンという音がして男が後ろへよろけ、流れのなかに転がった。私はまたリサコの手首を握って向こう岸へ必死に急いだ。水深が腰のあたりまできたところで振り返った。立ち上がった男が手を伸ばしながらやってくる。顔面から血を滴らせ、激怒していた。
「早く来い!」
 リサコの手を強引に引いた。
 私の胸あたりまで水深がきた。ここがちょうど川の真ん中あたりだ。水面下でさまざまな形の石を踏み、藻で滑って転びそうになり、痛めている足首に激痛が走った。だが構っていられない。
「早く! 走るんだ!」
 手を強く引いた。
 リサコが悲鳴をあげて「痛い!」と言った。
「うるさい! 走れ!」
 怒鳴りつけて振り返ると、思ったとおり毛皮男との差が広がっている。身にまとっているものが水を吸っているのだ。背中に背負子を負ったままなのもハンデだ。
 私たちが走る足場は次第に水深が浅くなっていく。振り向くと男は深い場所で難儀していた。私はリサコの腕をぐいと引いて川岸へ走り出た。そしてそのまま広場へ走っていく。かぎたにあさひがいないので広場に行っても女ばかりのはずだ。しかしほかに考えが浮かばない。必死に走った。リサコが転んだがそれを引きずり起こして腕を引いた。「痛い痛い」と言っているのもかまわず引っ張って走る。一度は道を間違えたがすぐに気づいて正しい道に戻り広場に走り込んだ。ふゆたきのところで何かの作業をしていた。
「武器! 武器! 武器はないか!」
 叫びながら私は走っていく。
 亜希も美冬も驚いてこちらを見た。
 息をあげながら私はもう一度「武器はないか!」と大声で言って後ろを振り返った。男はまだ来ていない。私が手を離すとリサコはその場に倒れ込み、切れ切れの息で土の上を苦しげに転がった。れているので顔も体も土まみれになっていく。
「どうしたんですか」
 亜希が表情をこわらせた。
「毛むくじゃらの男に襲われた」
 息をつぎながら一気に言った。
 正確には毛むくじゃらではなく毛皮を身に着けているだけだが言い直さなかった。
「武器はないか……銃は……銃はないか」
 二度三度と後ろを振り返りながら私は聞いた。
「銃はリーダーが持ってる一丁しかない。日本刀ならあるわ」
「じゃあそれをくれ。日本刀をくれ」
 言いながらもう一度振り返ると、全身びしょ濡れの男が道から現れた。
「日本刀を! 早く!」
 大声を出すと亜希が神殿へ走りだした。
 地面に転がるリサコも男に気づいておびえながら立ち上がった。そして土まみれの体で私の後ろに隠れた。そのリサコに美冬がしがみついた。
 男はシャーと威嚇音をあげながら背中の大鉈を引き抜いた。
「日本刀はまだか!」
 神殿へ入っていった亜希はまだ姿を現さない。男は大鉈をさげて無表情のまま近づいてくる。
 私は焚火の上で沸騰しているかんを手にし、思いきって男に投げつけた。男は身をのけぞらせて腕で払った。煮えたぎる湯が飛び散った。熱湯の飛沫しぶきを男が必死にはらっている。そして怒り狂った形相で私を見た。
とうさん! これを!」
 大声があがった。
 亜希が日本刀を手に走ってくる。よほど重いのか左右によろけていた。男がそちらへ走った。亜希が驚いて立ち止まった。男が飛びつくようにして刀を奪った。私はそこまで一気に走り、彼の両膝めがけてタックルした。コンクリートの塊にぶつかったような硬い衝撃があった。その脚をさらに押し込んで男を倒した。日本刀が落ちた。私は飛びついてそれを握った。横へ転がるようにして立ち上がった。高校ラグビー部時代のタックルが生きた。
「シャーッ!」
 男が立ち上がりながら怒りの声をあげた。
 初めて持つ日本刀の重さによろけながら私はさやから抜いた。金属質の音がして刀身が現れ、赤さびの臭いがした。
「来い!」

#7-2へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年2月号

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