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連載

増田俊也「眠るソヴィエト」 vol.21

敵からの宣戦布告に当麻たちは――。 未知を求めて山奥へ進む異界冒険記! 増田俊也「眠るソヴィエト」#8-3

増田俊也「眠るソヴィエト」

※この記事は、期間限定公開です。

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      4

 翌朝、男三人は、まだ薄暗い午前五時半に出発した。
 それぞれ戦闘用のごつい服を着て、背中に弓と矢を結わえた背負しよいを、腰には日本刀と脇差しの二本を差していた。鍵谷はそれプラス散弾銃である。それぞれが一週間分の干肉とどんぐりいた粉で作った乾パンなどの保存食を背負った。もし戦闘が長引けばあとは現地調達である。
 いつも行く猟でもヘビーな道はよく歩いたが、何年も猟のたびに踏みしめられた場所なのでそれなりに歩けた。しかし今回は地図を使って最短距離のルートをいった。ためにつる植物で熱帯雨林のように閉ざされたところも歩かねばならなかったし、ふとももまで埋まる沼も横断しなければならなかった。上半身がやぶまみれになりすねひるに吸われながら「これは戦争なのだ」と強く自分に言いきかせた。
 が暮れ始めたのは予定の行程をようやく半分ほどきたところであった。巨大な樹が無数にそびえる森に野営することになった。近くにれいな沢があり、水を調達できるのがここを選んだ理由である。
 焚火の灯りを隠すため手製の覆いを作ってその下で火を熾し、暖をとり、干肉を温めて乾パンをかじった。
 途中で旭が水を汲みにいくために席を立った。
 すると、鍵谷がぼそりと言った。
「おまえ、人を殺したことあるのか」
 驚いて顔を上げると、鍵谷は口の端を片方だけゆがめ、皮肉っぽい顔をつくった。
「二年前にやま方面からやってきたグループとめたとき、旭は三人を殺した」
 口の中が乾いて言葉が出なかった。戦争に行くと聞いたとき、私は死ぬかもしれないとは考えた。だが戦争は殺されるだけじゃないのだ。殺す側にもなるのだ。それを実感できていなかった。
「覚悟してないと、おまえは必ず死ぬぞ。わかってるか」
 私は大きく息をついたあと、肯いた。乾いた舌が口蓋に張りつき、身体が小刻みに震えた。
 鍵谷がスープの入ったマグを差しだした。
「殺さないと殺される。それが戦争だ」
 頭を下げてそれを受け取り、二口三口と飲んだ。体のなかから温まってくる。さらに二口含んで口のなかで転がしたあと飲み込んだ。少し気持ちが落ち着いてマグを返した。
 鍵谷が大きく息をついた。
「まさかまたあいつらと戦うとはな……」
「彼らとの前の戦いはいつだったんですか」
 鍵谷が乾パンを皿に置き、手についた粉を払った。
「俺が十四歳のときだった。そこから三年半のあいだ戦争が続いた」
「三年半といったら、ずいぶん戦死者が──」
「うちだけで二十一人死んだ」
「そんなに……それは旭さんもご存じなんですか」
「やつが来たのは数年前だからリアルタイムでは知らない。でも俺が教えたから知ってる」
ろくげんかいのほうもかなりのダメージを?」
「ああ。あっちのほうが戦死者は多い。四十人以上死んだようだ。両グループともあの戦争で疲弊して規模が小さくなっちまった」
「それじゃ禍根を残したでしょう」
「そうだな。長いあいだずっと小競り合いがあった。ようやく最近、互いに忘れてきたと思ってたんだが」
「もともとの原因はなんだったんですか」
「教義にずれがあるんだ。あっちは千年以上の歴史があってヤマビト原理主義だ。服装も食物も厳格に決められている。下界との交流もないし、西洋医学も信じちゃいねえ」
「それが紛争のはじまりだったんですね」
「カイというカリスマリーダーがいてな。他のグループにまで知られた強烈な男だった。いまではじいさんになってずいぶん丸くなったらしいが、昔はそれはもう、遠くまで名前が聞こえていた」
「そのリーダーが怒ったんですか」
「儀式のときの挨拶がなかったとか、そんな感じのものだったと聞いている。うちの長老たちは将来グループの跡を継ぐ者がすべて死んでしまうのを恐れて、戦争が長引くなか、俺を無理やり下界に降ろしたんだ。だから最後のほうは直接見てないんだ。そういう意味では亜希のほうが詳しいかもしれねえ。あいつはずっといたから」
「そうなんですか。僕ははじめ彼女は下界から上がってきた人だと思ってました」
「亜希といえば昨日の夜はどうだった」
 鍵谷が声をひそめた。そして視線を動かして旭がまだ来ないのを確認してからニヤニヤ笑った。彼の指図で彼女は私のところに来たのか……。
 私が黙っていると鍵谷が声をあげて笑った。
 一瞬イラッときたが、それでも私は黙っていた。察したのか無関心なのか鍵谷は「あいつらは女をさらいに来たんだ」と話を続けた。
「六厳会は女が欲しいんだ。うちの女たちが怖がるから言わなかったが、間違いなくそうだ。このところ女が病気で続けて死んだりして子供を産める年齢の女がいなくなっちまったという話を聞いた。半年ほど前に会った別グループの長老から」
「じゃあ亜希さんとかリサコさんとかを奪いにきたんですか?」
「そう。あと美冬も──」
 鍵谷が私の後ろをちらりと見て言葉を止めた。振り返ると水筒を持った旭が歩いてくるところだった。
「どうしました、何かありましたか」
 言いながら旭が座った。
 密談をしていたと思ったのか旭は頰を引きつらせていた。鍵谷はそのまま黙って乾パンを手にして齧りはじめた。旭はちらりと私を見てから干肉のスープをすすった。嫌な感じの空気だった。
 食べ終わると、それぞれ樹の枝や枯草で寝床を作り、その上で寝袋に入った。二時間ずつ交代で起きていることになった。
 静かな森なので、万がいち敵が来てもすぐに音でわかるであろう。ときどきふくろうが鳴きやむと、完全な静寂になった。そうすると漆黒の闇のなかに自分が寝たまま浮き上がっているような不思議な感覚があった。
 次の日は午前五時に起きた。昨夜と同じ干肉と乾パンを食し、水筒に水を満たして五時四十五分に出発した。昨日より疎林が多く、行軍が速くなった。六厳会が住む場所が見える崖の上に着いたのは午後二時半過ぎであった。
 三人で腹ばいになって草むらに隠れ、向かいの崖下を見た。小さなありのような人影が立ち働いていた。
 鍵谷が大きな双眼鏡を出して覗いた。
「一、二、三、四、五、六、七、………」
 敵陣の人数を数えている。
 しばらく指を折ったり何ごとかつぶやいたりしていた鍵谷が双眼鏡を旭に渡した。
「思ったより多いぞ。戦闘員になれる男は十五人、十歳くらいの少年が一人、老婆が一人、家から出たり入ったりしてるが、おそらくこれで全部だ。思ったとおり年頃の女はいねえや。何年か前は三十代くらいの女が二人いたが、病気で死んだと聞いている」
 私たちは五十メートルほど森を戻り、そこに荷を降ろした。火を焚くと匂いで気づかれるので干肉と乾パンをそのまま齧って水で流し込んだ。それから音をたてぬようにスコップで一メートルほどの深さに土を掘り、枝を切って十本ほどのくいをまわりに立て、茶色い天幕を低く張って野営本拠地とした。天幕にはあたりの落ち葉や枯草を載せた。
 鍵谷は「どうだ。ざんごうの完成だ」と言った。
「ここを本拠にして交代で相手陣地を偵察する。その間に沢の水をタンクに蓄えたり、矢や刀の手入れをする。当麻、最初はおまえが偵察だ」
 双眼鏡を差し出した。
 私は肯いた。
 双眼鏡と水筒を手にして先ほどの崖上へ向かった。近づいたところで腰を屈め、ゆっくりと草むらに腹ばいになった。

▶#8-4へつづく
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