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連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.4

熊本城を作った男の一代記! 父から秘伝書を受け継いだ藤九郎は、肥後に日本一の城を築くため、苦難に立ち向かう。伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」#7-4

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」

      六

 三成は百名余の武装した配下を引き連れ、険しい顔で門の前に立っていた。
「これは治部少、大儀」
 清正がゆっくりと駕籠を降りる。
かずえのかみ殿、不時登城と聞いて駆けつけたが、これはいかなることか!」
 三成はそのさいづち頭を赤くしていた。
「見ての通り、上様にお目通りいただこうと思うてまかり越したる次第」
「上様はご多忙だ。何のさきれ(予約)もなく訪れた者とはお会いにならぬ」
「当然のことだ。だが時局の先行きが不分明な今日この頃、刻々と変わる情勢をお伝えするのが臣下の務めであろう」
「それはわれらの仕事だ」
「では問うが、貴殿は、敵が城に迫っておる時に、前触れがないので会わぬと言うのか」
「敵が迫っているのか」
 三成が顔色を変える。
「たとえ話だ」
 清正が鉄扇をあおぎながら笑う。
「火急の用がない場合、不時登城でのお目通りは叶わぬ」
「それでは逆に問うが、向島に退いた内府の真意をいかに解く」
「それは──、公儀に対して畏まったからだろう」
「違うな」
 そう言うと清正は、一歩二歩と三成に近づいていった。三成を取り巻く兵たちが身構える。
 三成と二間(約三・六メートル)ほどの距離まで近づいた清正は、懐に手を入れると何かの書付を取り出した。
「これが何だと思う」
「知るか」
「徳川内府が上様にあてた親書だ」
 三成が横柄に言う。
「分かった。では預かっておく」
 三成が手を出したので、清正は持っていた書付を引いた。
「おっと、そうはいかぬ。この書は、わしの手からじかに上様に渡すよう、内府から申し付けられている」
「何だと──」
 三成が口惜しげに唇を震わせる。
「ここを通してもらおう」
 しばし考えた末、三成が答えた。
「いいだろう。だが、わしも同席させていただく」
「好きにしろ」
 三成が兵を左右に分ける。
 ──これで殺されることだけは避けられた。
 安堵からどっと汗が出た。だが隣に立つ又四郎は平然として桜御門の造りを見つめている。
 ──世間知らずなのか。はたまた、わしよりも大物なのか。
 又四郎は何かに熱中すると、ほかのことに配慮しないことがある。その点、次々と立ちはだかる難題を解決していく城取りのような仕事は、藤九郎以上に向いているかもしれない。
 いよいよ清正一行が本丸内に足を踏み入れた。
 ──ここが大坂城の中核部か。
 本丸は東・北・西の三方が水堀で囲まれ、南部の表御門地区と南西部の米蔵地区を基部にして半島状に北に延び、奥御殿地区が中央部に鎮座し、さらにその北の一段低い部分に、二之丸へと通じる山里地区が配されていた。
 桜御門を入ってすぐ目に入るのは、壮麗な造りの表御殿だ。秀吉健在の頃、秀吉は表御殿で執務し、諸大名や奉行たちと政治向きの話をしていた。つまり表御殿は公的空間として使用されていた。だが秀頼の代になると、そうしたことも私的空間の奥御殿で行われるようになる。よど殿が、秀頼を奥御殿から出したくなかったからだ。
 三成が先導する形で表御殿の一間に通された清正一行は、ここで秀頼の「御成り」を待つ形になる。
「藤九郎さん」と又四郎が小さな声で呼ぶ。
「何だ」
「本丸部分は東・北・西の三方が水堀ですが、西と南に空堀があります。どうしてその二カ所だけ空堀にしたのでしょうか」
 本丸の拡張部分のように造られた米蔵地区の西側は空堀で、また表御殿地区の南側も空堀だった。
「堀底の掘削が足りなかったのではないだろうか」
「というと──」
「掘ってみたが、地下水がわいてこなかったのだろう」
 山城などでは、堀底が湧水層に達しにくいため空堀が多い。
「ははあ」と感心した後、又四郎は問う。
「天下人ともあろうお方が、水が出ないからといって堀の掘削をあきらめるのでしょうか」
「そうだな。もう一つ考えられることは──」
 藤九郎がためらいがちに言う。
「あくまで推察だが、敵に損耗を強いるため、あえて空堀にしたとも考えられる」
「どういうことですか」
「籠城戦は、ただ守っているだけではだめだ。空堀にすれば、そこによせは兵力を集中する。城方がそこを守ることに自信があるのなら、あえて攻めやすくしておくというのも手だ」
「なるほど、空堀で寄手に出血を強い、戦意を喪失させるのですね」
「そうだ。そして城方が陣前逆襲を掛ける際も、空堀なら兵を一気に押し出せる」
 籠城戦を自力で打開するには、陣前逆襲を仕掛けるしかない。その時、効果的に兵力を奔出させるためには、水堀よりも渡りやすい空堀の方がいい。こうますがたなどを設けて狭くしている城の場合はなおさらだ。
 その時、石田三成が現れた。
「お待たせいたした。上様は奥御殿でお会いすると仰せだ」
「取次苦労」
 清正が横柄な態度で言う。それを苦々しい顔で見ていた三成は、黙って先に立った。
 表御殿と奥御殿をつなぐ井戸曲輪を経て、詰之丸御門を通った清正一行は、奥御殿の表口を入ってすぐの場所にある大広間に通された。
 その途次、藤九郎の視線は、詰之丸の北東隅に上げられた天守にくぎ付けになっていた。
 ──少なくとも二十間(約三十六メートル)以上はあるな。
 天守の外装には、屋根にはきんぱく瓦を使い、壁は、ねずみ色のしつくいに黒い腰板をめぐらせている。その豪壮華麗さは比較する対象さえないほどだ。
 ──外観は五層の望楼型か。
 天守には望楼型と層塔型の二種がある。望楼型はいり造りの屋根の上に望楼を載せたもので、層塔型は五重塔のような塔建築を元にしたものだ。大坂城は望楼型で、その後に続くじゆらくだいぜん名護屋城、伏見城も望楼型の天守が築かれたことで、望楼型が豊臣家の天守の標準のようになった。
 大坂城の天守は外観五重・内部八階で、南北方向の入母屋になっている一重目の上に層塔型の二重目を載せ、三重目を一重目と同じ南北方向の入母屋にし、その上に四重目と五重目から成る望楼を載せるという複雑な構造を取っている。そのためか初層はひさし状に大きくからめ(北側)に出張り、地震による倒壊が起こらないよう配慮されていた。
 げつ伏見城やほうこう大仏殿の崩落など、地震に痛い目に遭わされてきた秀吉にとって、地震に対して耐久力のある城の構築は必須要件だった。
 ──この城は落とせない。
 藤九郎の知識と経験がそう教える。藤九郎がいかに考えても、この城を落とすには士気の高い百万の軍勢が必要だと思われた。
 ──つまり十万程度の兵力では、この城を落とすことはできない。ただし本丸だけの裸城にすれば話は別だが、そんなことはあり得ない。
 城方が手をこまねいて、堀が埋められるのを見ているはずがない。
 だがこの十六年後、それが現実のものとなる。
 そんなことを考えつつ畏まっていると、「御成り」という近習の高らかな声がした。
 清正をはじめとする一行が深く平伏する。
「こちらへ」
 三成に先導されるようにして、秀頼が座に着いたようだ。最後列にいる藤九郎の位置からでは、顔を上げない限り、秀頼を見ることはできない。
「大儀」という秀頼のものらしき甲高い声がすると、清正が青畳に額を擦り付けた。
「上様におかれましては、ご気色も麗しいようで、何よりに存じます」
「そうだな」
 秀頼を前にして、清正は明らかに硬くなっていた。
 ──それほど太閤殿下の遺児を、殿は大切に思うておるのだ。
 藤九郎にも、清正の気持ちが痛いほど分かる。
 傍らに控える淀殿が問う。
「それで今日は何用ですかな」
「まずはこれを──」
 清正が懐から出した家康の親書を近習が受け取り、淀殿に渡す。
 それを淀殿が黙読する。
「内府に異心などないことは、ここにいる皆が分かっている」
「仰せの通り。内府も当初、『ざんげんなどする者は放っておけ』と仰せでしたが、だいごん(前田利家)まで内府を疑っておると聞き、身をもって赤心を示すため、伏見城から向島城にお移りになられたのです」
「内府にそこまでさせてしまったか」
 淀殿が苦々しい顔をする。淀殿は家康を腫物のように扱っており、そこをつつくようなことをする三成らとは、決して一枚岩ではない。
「今、心卑しき者たちにより、豊臣・徳川両家のきずなは断たれようとしております」
 清正の視線が三成に据えられる。
「これまで内府は、豊臣家千年のいしずえを固めるべく粉骨砕身してきました。それを『野心あり』などと讒言する輩こそ逆臣というもの」
 三成が憤怒の形相で口を挟む。
「主計頭殿、何が言いたいのか」
「黙れ!」
 戦場さびの利いた清正の声が、大広間に響き渡る。それは背筋が寒くなるほどの鋭さだった。
「それがしは今、上様と語らっておる。それを遮る者はなんぴとたりとも許さん!」
 その剣幕に、さしもの三成も口をつぐむ。
「内府は、『もしわが赤心が信じられぬなら、向島に兵をお送りあれ。向島には堀らしき堀もなく、石垣らしき石垣もないので、手もなく落ちましょう』と仰せでした」
「なんと──、そんなことはごうも考えておらぬ」
 淀殿が震える声で言う。
「では、これにて上様は、内府に対して一切の疑心はないと思ってよろしいですか」
 淀殿がうなずくのを見てから、秀頼が言う。
「ああ、信じておる」
「これにて、わがこと終われり」
 清正が肩を落とすように平伏すると、それに合わせて供の者たちも深く頭を下げた。
 清正の嗚咽を聞きながら、さも感慨深そうに淀殿が言った。
「主計頭よ、そなたの赤心もよく分かった。これからも頼みますぞ」
「あ、ありがたきお言葉。それがしは豊臣家千年のためなら、この命、いつでも捨てられまする」
「分かっておる。そなたは忠義専一の士だ」
 清正が目頭を押さえる。
「上様、脇差を──」
「うむ」
 秀頼は近習に合図すると、脇差を一振り持って来させた。そして身軽に立ち上がると、下段に降り、清正の眼前まで進んだ。
「これを下賜する」
「こ、これは豊臣家の家宝の『くにひろ』ではござらぬか。それがしごときにもったいない名刀かと──」
 淀殿が口を挟む。
「そんなことはありません。豊臣家にとって、そなたは宝も同然。これからも当家と徳川家の間を周旋して下され」
「ああ、何というお言葉──」
 清正は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、「ほりかわ國廣」の名刀を拝領した。
 それを三成が苦々しい顔で見つめている。
「最後にもう一つお願いがあります」
「何でしょう」
「この城の天守の指図を見せていただけないでしょうか」
 ──何と!
 藤九郎は息が止まりそうになった。
 すかさず三成が口を挟む。
「主計頭殿、たわけたことを申すでない。天守の指図を見せるなど秘中の秘を明かすも同じではないか」
「そなたに頼んでおるわけではない。御方様──」
 清正が青畳に額を擦り付ける。
「それがしがこれから造る城は、豊臣家のものも同然。万が一、大坂に何かあれば、わが城に上様を迎え、この清正、死を賭して戦う所存。そのためには、上様を守る堅固な天守が必要なのです」
 三成が口角泡を飛ばして言う。
「そなたが豊臣家を裏切れば、天守指図を見せたことがあだとなるではないか」
「ほほう、それがしの赤心を疑うと申すのだな」
 そう言うと清正は左手を広げて畳に押し付けると、右手だけで袖から小刀を取り出し、そのさやを払い、左手の甲に突き立てた。
 ──あっ、何ということを!
 瞬く間に血の染みが広がる。もちろん清正は平然としている。
 女房たちの間からどよめきが起こり、家臣たちは「殿」と言って色めき立つ。
「騒ぐな」と言って家臣たちを制した清正は、秀頼に向かって言った。
「上様、この血の色をご覧いただけますか」
 清正の手の平からわき出した血は、すでに朱色の帯を畳の端まで延ばしている。
「この色は、わが心の色です。この色を見て、それがしに疑心を抱きますか」
 秀頼はあつに取られ、言葉もない。
 淀殿が言う。
「主計頭、上様の御前で何ということをいたしたのだ。上様は血を見るのがお嫌いで──」
「よい」
 その時、淀殿の言葉を遮るように声が聞こえた。皆の視線がその声を発した者、すなわち秀頼に集まる。
 三成が困ったように言う。
「上様、天守指図というのは城の死命を決するもので──」
「黙れ」
「えっ」
「主計頭に城の図面を見せてやれ」
 その一言で、すべては決した。
 ──ああ、何というお方だ。
 清正の命がけの嘆願と、それを即座に了承した秀頼の度量に、藤九郎は感動していた。
「主計頭よ、痛いか」
「それはもう」
「治るのか」
「朝鮮で死んでいった者たちの苦しみを思えば、このくらいの傷や痛みなど、物の数ではありません」
「致し方ない」
 淀殿が威儀を正す。
「いいでしょう。上様もご了解のことなので、天守指図をお見せします。後で、しかるべき者を遣わしなさい」
 三成が「御方様、お待ちを」と言ったが、淀殿はそれを制するように首を振った。
「主計頭を信じられなければ、もはや誰も信じられぬ」
 そこまで言われれば、三成も引き下がらざるを得ない。
 清正が苦痛を堪えながら言う。
「ありがとうございます。それではこの場に、大工頭を残していきます」
 三成が憎々しげに問う。
「そなたは、さような者を連れてきていたのか」
 その言葉を無視して清正が平伏した。
 秀頼と淀殿はその場から去り、清正は家臣たちに抱えられるよう御前を後にした。
 それに続こうとした藤九郎と又四郎に、清正が言った。
「そなたらはここに残れ」
 かくして藤九郎と又四郎は、天守指図を見せてもらうことになる。

 家康があたかも謹慎するかのように、向島城に入ったことで、大坂城内には安堵の空気が広がっていた。
 しかしそれも束の間のことだった。
 この年、すなわち慶長四年は三月の後にうるう三月が挟まるため、十三カ月ある年だった。その閏三月三日、前田利家が大坂で死去したことにより、突然、畿内は騒然としてきた。
 それは、伏見屋敷で普請作事を行う藤九郎にも無縁ではない。
 いよいよ伏見屋敷の普請作事も終わろうとしていた閏三月十日、突然、清正がやってきた。
 清正は「戦になる」と言い、兵たちに甲冑を着けさせると、伏見城目指して出ていった。
 次々と入ってくる雑説により、伏見城をめぐっての戦いが起ころうとしていると分かってきた。
 清正は、ほそかわただおきはちいえまさ、福島正則、とうどうたかとら、黒田長政、浅野幸長らと共に、伏見城治部少丸に籠もった石田三成に対し、攻撃を仕掛けようというのだ。
 ──これはたいへんなことになる。
 藤九郎は又四郎らに指図し、屋敷の防備強化を進めた。
 伏見の町は昼夜を分かたず兵が行き交い、商人たちは家財道具を車に載せ、いずこへと去っていく。まさに町全体が騒然となっていた。
 だが翌日の夜明け前、徳川家康が停戦命令を発し、城を囲んでいた諸将は兵を引いた。まさに一触即発の危機だったが、何とか衝突は回避されたのだ。
 石田三成は、家康の長男のゆうひでやすに伴われ、本拠のやま城へと去っていった。
 一方、家康は「人心を安心させるため」という理由で伏見城へと戻った。
 これで伏見での衝突は回避されたが、元を正せばこの騒動は、朝鮮陣の三成配下の奉行の虚偽の報告や、三成や小西行長が秀吉に讒言したことなど、七将の積もり積もった三成への恨みが爆発したものだった。
 七将も利家がにらみを利かせているうちは、三成に手が出せなかったが、亡くなってすぐに兵を動かすほど、三成に対する憎悪が高まっていたのだ。
 結局、三成は佐和山城に退隠し、奉行の任を解かれたが、この程度の手ぬるい措置では、清正は納得できない。それゆえ事態の沈静化を進める家康は、清正を懐柔すべく四月、みずただしげの娘を養女とした上で清正に嫁がせた。
 こうした慌ただしい動きの中、伏見屋敷の強化を終えた藤九郎に帰国命令が下る。
 清正は藤九郎に帰国を命じるや、こう言った。
「これから天下に大乱が起きる。群雄割拠の時代に戻るやもしれぬ。その時のために、隈本の城を堅固なものとしたい。いや、堅固どころか大坂城にも勝る城を築きたい。その陣頭指揮をそなたが執れ」
 その命を奉じた藤九郎は一路、帰国の途に就く。
 ──大坂城にも勝る城か。
 帰途の船中、清正のその言葉が何度も脳内に響いた。
 だが天守指図を見せてもらった藤九郎には、あれだけ精巧な建築物を自分が造れるとは思えなかった。
 ──わしでは無理だ。
 だがその反面、造ってみたいという思いも強くなってきた。
 ──それがいかに困難なことでも、やらねばなるまい。
 藤九郎は燃えるような闘志を胸に、熊本へと戻っていった。

>>#8-1につづく ※9/13(金)公開
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カドブンノベル 2019年10月号

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「カドブンノベル」2019年9月号収録「もっこすの城 熊本築城始末」第 7 回より


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