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連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.13

築城計画の変更を迫られた藤九郎は、工期と防衛力の板挟みに苦しむ……伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」#9-5

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」

※この記事は2020年1月10日(金)までの期間限定公開です。

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 五

 五月、清正の母の伊都が死去した。
 梅雨空の下、盛大な葬儀が執り行われた。藤九郎ら普請作事方も、雨がそぼ降る中、葬儀に参列した。
 今年の梅雨は例年になく雨量が多く、体調を崩す者が続出していた。そのため清正は、「不調な者は葬儀へ参列しなくてもよい」という布告まで出すほどだった。
 葬儀への参列を終えて作事小屋に戻った藤九郎は、手拭いで体に付いた雨滴をぬぐった。
 ──さすがに疲れたな。
 何日も雨が続く中、藤九郎は飛び回っていた。しかし過労からか体は重く、疲れが取れにくい。
 ──又四郎はどうした。
 一瞬、そう思ったが、川の付け替え普請の手伝いで送り出したのを思い出した。
 ──物忘れがひどくなったな。
 あまりに多くの仕事が山積しており、藤九郎の頭も回りにくくなっている。
「とりあえず落ち着こう」と思い、湯を沸かして薬湯を喫した。そのまま少し休んでいると、活力が体に満ちてきた。
 新たに書いた勘録や「日取立て」を眺めていると、「ご無礼仕ります」と言いながら、北川作兵衛がやってきた。
「新しい勘録を見ました」
 作兵衛の顔は冴えない。
「そうか。新たに書き直した勘録は、明日にも殿に差し出す。何かあったら今日のうちに言ってくれ」
「やはり、新たな積み方を試させてはいただけないのですね」
 作兵衛が落胆をあらわにする。
「天下に災厄が迫っている。たびは従来通りの『重ね積み』でやってくれ」
「それは致し方ないことですが、小天守も付けないのですね」
 本来の計画は、大天守に小天守を接続させるというものだった。
「その通りだ。もはや小天守を造る時間的余裕はない」
「では、大天守だけを載せる石垣を重ね積みで造るということですね」
「そういうことになる」
「しかも、石の切り出しを始めてから二月半という短い間に積まねばならないのですね」
「ああ、そうだ」
 藤九郎がため息をつく。源内にしても佐之助にしても同じだが、自らの担当範囲でしか物事を見てくれない。誰も藤九郎の立場で物事を考えてはくれないのだ。
「われらはそれでも構いませんが、急普請の天守台の上に、これだけ大きな天守を載せるのは簡単な話ではありません」
 藤九郎は天守をぼうろうがたにするつもりだった。それは新旧の勘録共に変わらない。だがそれ以前は、工期短縮を図るなら、層塔型天守も検討せねばならないと思っていた。
 望楼型とは、いり造りの屋根の上から望楼が生えてきているような天守建築で、下側の建物の屋根と望楼部分の接合部が複雑な構造となる。少しでも材木にずれやゆがみが生じると、強度に問題が出てくる。
 一方、層塔型は、規則的に下階の上に上階を重ねていく日本古来の五重塔建築を手本としたもので、強度面での問題が生じにくい。また構造は単純なので、部材も規格化できる上、工期も短縮できる。となれば作業に携わる人員も少なくて済む。
「層塔型天守であれば、望楼型天守を築くより、はるかに容易でしょう。しかし問題は天守台です」
「分かっている。天守台の上面を正確なけい(直角四辺形)にできないと、層塔型天守は築けないと言いたいんだな」
「その通りです。今の天守台構築技術と此度の短い工期では、どうしても上面が台形や不等辺四角形になってしまいます」
「だから層塔型ではなく望楼型天守を築くのだろう」
「それは分かります。望楼型なら下部の建築物、すなわち入母屋造りの底面が真四角でなくても、その屋根部分で調整ができるので、上に載せる望楼の基部を正方形にできると言いたいわけですね」
 藤九郎がうなずく。
「しかし、そのためには極めて細かい調整が必要です。天守台の形に合わせて個別の尺を使うことになるので、部材に隙間ができる確率が高まります。部材一つにわずかな隙間があるだけで、本来想定した強度が出ません。しかも天守ができ上ってからでないと、調整はできません」
「それも分かっている」
 台形や不等辺四角形の建築物に強度を出すのはたいへんだ。しかも上に望楼部分が載るとなると、その荷重が下側の入母屋部分に掛かってくる。その荷重を歪んだ下部が均等に引き受けるのは困難で、急ごしらえでは何年か経つと強度面で不安が生じてくる。つまり大風や地震の際、どれだけ耐えられるか分からないのだ。
「では、どうしたらいいと思う」
「私は石垣を専らとしている者なので分かりませんが、どこかに答はあるはずです」
「その答を見つける時間さえないのだ」
 藤九郎が嘆いた時だった。又四郎が駆け込んできた。
「藤九郎さん、ここにいらしたのですか!」
 又四郎は全身ずぶれの上、肩で息をしている。
「どうした!」
「たいへんです。川水の力で堤が崩れ、数人の夫丸が流されました!」
「何だと──」
 ここで又四郎が言っている堤は、恒久的なものではなく、川を屈曲させるために一時的に築いたみずこしと呼ばれる乗越堤のことだ。乗越堤は壊す時のことを考えて頑丈には造っていない。
「場所はどこだ!」
れんだいひらの間です」
 ──やはりあそこか。
 藤九郎のいる隈本城下から一里ほど南に下ったところだ。
 白川は大河川で水量が多いので、梅雨に流路を付け替える普請などやりたくなかった。しかし城を年内に完成させるとなると、今、白川を南流から西流に変えなければならなかった。
 又四郎は桶に突っ伏し、しやくんだ水をがぶ飲みしている。その背後から作兵衛が背中をさすっている。
 藤九郎は絵図面の山の中から蓮台寺と平田周辺の詳細図面を見つけ出すと、それを筒に入れて懐にねじ込んだ。
「又四郎、馬を借りるぞ」
「はい。お気をつけて」
 かさをかぶり、みのを羽織った藤九郎は、又四郎の乗ってきた馬にまたがり、一路蓮台寺を目指した。

#10-1へつづく
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