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連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.15

男は高熱に浮かされながらも、城造りの妙案を思いつく。熊本城を作った男の一代記。 伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」#10-2

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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 七

 藤九郎は夢を見ていた。正確には、夢とうつつの間で実際にあったことを思い返していたのだが。
 幼い頃、父のろうもんの帰りを待つ間、藤九郎は父の書院に入り、城の絵を見るのが好きだった。今から思うと、父は試行錯誤を繰り返していたのだろう。様々な絵の傍らには、大きく×印が付けられたものが何枚も重ねられていたからだ。
 紙は貴重なものだが、家の築城奉行ともなれば、いくら使っても構わなかったのだろう。それは、藤九郎の背丈ほども積み上げられていた。和紙はふすまの裏張りなどに再利用できるが、それらは織田家にとって極秘事項に当たるので、父は×印の付いたものがたまると、自ら裏庭に運んで燃やしていた。それゆえ父は、不要となった城の絵を見ることは許したが、一切の持ち出しを禁じていた。
 父が没にした城の絵を見ながら、藤九郎は様々に思いを馳せていた。そしていつしか「城取り」になることが当然のように思えてきた。
 六、七歳になると、見るだけでなく、没になった紙の端に城の絵を描くようになった。
 ある日、藤九郎は想像の城の絵を描くことに熱中し、父が帰ってきたのにも気づかなかった。
 書院に入ってきた父は、藤九郎をとがめるでもなく、「おっ、城の絵を描いているのか」と言って、背後からのぞき込んだ。藤九郎がかしこまると、父は「構わぬから続けろ」と言ってくれた。
 すでに描いた絵の一つを掲げ、父が言った。
「藤九郎、これでは天守が石垣からはみ出しておるぞ」
「あっ」と思ってよく見ると、父の指摘通りだった。
「天守でもやぐらでも、石垣の上に載せるものは、石垣の上端に合わせなければならぬ」
「そういうものですか」
「ああ、そうするのが常道だ。しかし待てよ──」
 父が藤九郎の絵をじっと見る。
「そうか。これはもしや──」
 父が真剣な眼差しで考え込む。
「藤九郎、よきものを見せてもらった。次に築く城は、そなたが描いたこの絵のような城になるやもしれぬぞ」
 父の顔に笑みが広がる。藤九郎には何のことだか分からなかったが、父が喜んだので、自分の絵が役に立てたと思ってうれしかった。
「藤九郎は、父上のお役に立てたのですか」
「ああ、立てたぞ。そなたは、知らぬ間に新しきものを生み出していたのだ」
「何を生み出したのですか」
「はみ出しよ」
「えっ」
 父が絵を指差した。

 その時、天井の節目が目に入った。
「おお、義兄上、目覚めましたか」
 はっとして起き上がろうとすると、頭がずきずき痛む。藤九郎は再び寝床に横たわった。
「ここはどこだ」
「自分の家ではないですか」
 周囲を見回し、藤九郎はあんした。
「あなた──」
 たつが目に涙を浮かべている。その背後からさとが、たつの肩を抱いていた。
「二人が寝ずに看病したおかげです。熱も少し下がってきました」
 次第に記憶がよみがえる。
「そうか。わしは蓮台寺の河畔で倒れたのだな」
「はい。驚くほど熱があったので、いったん蓮台寺に寝かせ、その後、こちらに運び込みました」
「すまなかったな。それで、あれからどうなった」
「雨がやんだので、慎重に水越を造り直すと源内さんは言っています」
 窓の方を見やると、確かに外が明るい。
「わしは長く寝ていたのか」
「三日ほどです」
「何だと。その間、普請の進捗はどうだった」
「徐々には進んでおります。しかし──」
 又四郎が背後に顔を向けた。
きたがわ殿、よろしいか」
 後方に控えていた北川さくが進み出る。
「この長雨で石の切り出しと運搬も滞っており、とても段取り通りには行きません」
「どのくらい遅れている」
「四日ほどです」
「そうか──」
 藤九郎がため息をつく。
「やはり石垣ができてからでないと、上物の正確な図面は描けぬのだな」
「それは、これまでと変わりません」
 石の加工技術に限界があり、どうしても天守台の上面は不等辺四角形になってしまう。そのため石垣ができてからでないと、天守の正確な図面が描けない。
「すまぬが、体を起こしてくれ」
 藤九郎が上半身を起こそうとしたので、それを又四郎が手伝った。
「どうしてそうなるのだろう」
「今更何を仰せか。とくにたびのように、石垣に『扇の勾配』を持たせる場合、天守台の上面を正確なけいにすることは、極めて困難です」
 くまもと城では、石垣の裾から上に行くに従い垂直に近くなる「扇の勾配」を取っている。この場合、いずれかの角が鋭角か鈍角になってしまうので、それをどこかで調整しなければならなくなる。それだけで天守台の上面を正方形にできなくなるため、層塔型天守は築けず、自ずとぼうろうがた天守になる。
「それは分かっている」
「では、何を──」
「待てよ。何かが引っ掛かっている」
 藤九郎は痛む頭の奥から、何かを引き出そうとした。
 ──そうか。これまで石垣に囚われすぎていた。石垣を矩形に造ることはないんだ。
 皆が固唾をのんで見守る中、藤九郎がかすれる声で言った。
「天守を石垣からはみ出させればどうだろう」
「どういうことですか」
 作兵衛と又四郎が首をひねる。
「張り出しだ。さすれば、すべては解決する」
「張り出し、と仰せか」
 作兵衛が又四郎を見る。
「そうだ。最下部が天守台よりも一回り大きな天守を築くのだ。つまり石垣の上端部から天守の最下部をはみ出させる」
 懐から墨と書付を取り出した作兵衛が、さらさらと絵図を描いた。
「このような感じですか」
「そうだ。四辺すべてをはみ出させる」
「なるほど」
 又四郎が顎に手を当てて考え込む。
「こうすれば、天守台の形状に天守は左右されず、天守の図を先に作ることができる」
 作兵衛が膝を打つ。
「これは行けるかもしれません。それにしても、どうしてこの考えに行き着いたのですか」
 藤九郎が弱々しい笑みを浮かべる。
「夢のお告げだ。いや、実は父上との会話を思い出したのだ」
「父上とは、づち城の縄を引いたというむら次郎左衛門殿のことですか」
「そうだ。安土城と命運を共にした父上のことだ」
 のぶながの妻子けんぞくを守るという名目で武士たちが逃げ出した中、最後まで安土城を守ろうとした木村次郎左衛門の名は、城取りたちの間で知らぬ者がいないほどだった。
「しかし──」と又四郎が口を挟む。
「上物、すなわち天守が石垣より大きくなるので、があった時に崩落する危険が高まります」
「わしもそれを危惧した。だが夢と現をさまよっている間に、答が見つかっていた」
 その道に習熟した者は、過去の経験や知識が、眠りが浅くなった時などに突然現れることがある。
「と、仰せになられると」
「大木でを造り、その上に天守を載せたらどうだ」
「あっ、それなら安定しますね」
「うむ。柱と根太を十字に組ませることができるので、強度も増すはずだ。つまりまず土台材を敷き、その上に天守の床板を支える根太と、根太を支える横材を渡せば万全だろう」
 又四郎がうなずく。
「それなら天守が安定するだけでなく、天守が石垣の外側に張り出しているので、雨の時も雨滴が城の基部に落ちません。つまり基部が腐食から守られます」
 作兵衛が首をひねる。
「しかし根太を組んで石垣の外に張り出すとなると、雨の時に天守の屋根から滴る水滴が根太にかかり、根太の腐食が進みます」
 又四郎が答える。
「根太を露出させるのではなく、しつくいを塗り込んだらどうでしょう」
 作兵衛が首を左右に振る。
「それでも限界はあります。漆喰を塗り込むだけで、雨滴が全く浸透しないということはありません。数年つと、黒カビが浮かんできます」
 その時、「待たれよ」と後方から声が掛かった。
 姿を現したのはきんかんだった。
「お倒れになったと聞き、見舞いと報告も兼ねてやってきました」
「報告とは──」
「朝鮮から渡海してきた瓦職人たちが瓦を焼く窯ができました」
「ああ、そのことか」
「これで、いつでも大量の瓦が焼けます」
「それはよかった。しかしそれと根太とは、どうかかわりがあるのだ」
「これです」
 金宦が懐から書付を取り出した。それには奇妙な形の瓦が描かれていた。
 三人の視線がそれに集中する。
「これは何だ」
てきすいがわらです。この部分をご覧下さい」
 金宦が瓦の先端部分を指差す。
「日本の瓦にはこうした仕掛けがないので、雨水が壁のようになって落ちるだけです。しかしこの瓦には角度が付いているので、雨滴が真下に落ちません。つまり根太の部分に落ちないようにできます」
 又四郎が声を上げる。
「これまで雨滴の処理は城造りにおけるやつかいごとの一つでした。しかしこの瓦を使えば、雨滴の垂れる位置を決められるので、根太に掛からないようにできます」
 藤九郎の頭の中で、大天守の姿がおぼろげながら浮かび上がってきた。
「金宦殿、かたじけない」
「何を仰せか。持てる知恵をすべて出すのは、とう家の武士の務めです」
「加藤家の武士か。いい言葉だな」
 金宦が加藤家に根を下ろす覚悟をしたことが、ひしひしと伝わってきた。
 先ほどから絵図をにらんでいた又四郎が言う。
「これで天守を築く上での厄介事がすべて片付きました」
「そうか。よかった。では、正確な縮尺の絵図面を描こう」
 そう言って立ち上がろうとした藤九郎だったが、たつがそれを押さえた。
「お願いですから、無理をなさらないで下さい」
「もう日がないのだ。急がねば──」
 その時、又四郎が両手をついた。
「義兄上、お願いがあります」
「何だ」
「その絵図面を私に描かせて下さい」
「何だと。部材一つまで、すべて厳密に描かねばならぬのだぞ」
「分かっております」
 又四郎が少し下がって平伏する。
「だからこそ、やらせて下さい」
「そなたにできるのか」
「やるしかありません。いや、必ずやり遂げます」
 藤九郎と又四郎が視線を合わせる。
 ──いつの間に、そこまで成長していたのか。
 藤九郎は多忙に任せて、又四郎に何かを教えてやった覚えはない。だが又四郎は、藤九郎の仕事を見ながら、いつの間にか城取りの仕事を覚えていたのだ。
「よかろう」
「ありがとうございます」
 又四郎が畳に額をこすり付ける。
「そなたが──」
 藤九郎がかすれた声で言う。
「この城を──、この『もっこす』の城を築くのだ」
「もっこす」とは、頑固なまでに揺るぎない人気質を言う場合に、よく使われる。
「はい。必ずや!」
 突然、疲れが襲ってきた。方向性が決まり、緊張から解放されたためだろう。
 たつが藤九郎を気遣う。
「今日は、このくらいにしておきましょう」
「そうだな」
 そこにいる人々を見回すと、藤九郎は言った。
「皆の力を合わせて『もっこす』の城を築くのだ」
「おう!」
 皆が応じる。
 ──これでよい。これで何とかなる。
 里の手を借り、藤九郎は再び横たわると目を閉じた。

#10-3へつづく
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