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連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.12

工期が短くなっても質は落とせない! 城造りへの情熱が妙案を生む――伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」#9-4

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」

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 四

 又四郎の声が、ただでさえ手狭な藤九郎の家中に響き渡る。
「各地の農村に対し、追加で夫丸を徴発するなど言語道断です」
「しかし、それをやらねば年内に城を完成させられぬ」
「だからといって、これ以上、領内の村々から働き手を奪えば、農耕ができず、来年のものなり(収穫)は期待できません。いや、期待できないどころか、働き手が田畑を耕せなければ、足弱(老人や子供)の中には、飢え死にする者が続出するでしょう」
 藤九郎が、詳細の日程と必要人員が書かれた「日取立て」を見つめながら言う。
「駄目だ。どうしても人が足りない」
「それは分かっています。しかし、これだけの人数でやらねばならないのです」
 肥後各地から徴発した夫丸は一万五千から二万ほどになる。微妙に時期をずらしつつ、これらの人々を故郷に返して農耕を行わせ、それが終われば、また城造りに戻すという極めて細かい「日取立て」となっている。だが、それさえも年内に城を完成させるとなると、根本から練り直さねばならないのだ。
「しかも相手は人です。これだけ働けば相当に消耗しますし、中には病で倒れる者も出てきます」
「分かっている! だからといって、わしにどうしろというんだ!」
 藤九郎は遂に声を荒らげてしまった。
「すまない」
「いいんです。藤九郎さんが怒鳴れる相手は、私しかいない。私でよければ、いくらでも怒鳴って下さい」
「いや、もう気が済んだ」
 又四郎がため息交じりに言う。
「こうなれば、当初の算段におおなたを振るっていくしかありません」
「そうだな──。堀の外周を縮小し、城域全体を狭めるか」
「どうやって狭めるのですか。茶臼山の大きさに合わせた堀を二重に回さなければならないんですよ」
「その通りだ。しかし──」
 二人の間に沈黙が漂う。その時、障子の外でたつの声がした。
「よろしいですか」
「ああ、構わぬ」
 たつが二つの茶碗と皿を載せた盆を持ってきた。
「姉上、また薬湯ですか。まいったな」
「これを飲めば心が落ち着きます」
 ──又四郎とやり合う声が聞こえていたのか。
 たつの心遣いが藤九郎にはうれしかった。
「たつの言う通りだ。苦いものを飲めば新たな発想が出てくるかもしれぬ」
「そいつは訳の分からない理屈だ」
 又四郎が高笑いする。
「又四郎には、こちらの方がよいかもしれませんね」
 たつが皿の上に載せてきた白布を取る。
「あっ、小麦団子だ」
 たつの作る小麦団子は薩摩芋の甘さを塩味で抑えた絶品で、藤九郎も大好物だった。
「これがあれば、苦いものも飲めますね」
「姉上はうまいな。はいはい、飲みますよ」
 二人は薬湯を飲み、団子を食べて心を落ち着かせた。
 藤九郎が団子を見つめながら言う。
「この団子の原料となる芋は薩摩で取れたものだ。肥後でも薩摩芋は取れるが、なぜか薩摩の芋の方がうまい」
「同感です」
 又四郎は夢中でしやくしている。
「晩秋から初冬にかけて、薩摩芋を満載した渡し船が白川を渡ってくる」
「そうでしたね。われわれが芋船と呼んでいるやつですね」
「ああ、芋船は白川の支流の坪井川や井芹川を使い、隈本城下近くまで来る」
「そうですね。小船なら、うまく川を乗り換えて隈本城下まで来られます」
 ──待てよ。そうか!
 藤九郎が、団子をのどに詰まらせる。
「ははは、藤九郎さんらしくない。どうしたんですか」
 慌てて薬湯で団子を飲み下したので、喉が焼けるように熱い。それでも団子が胃のに落ちると、藤九郎は言った。
「隈本城下は、幸いにして河川に恵まれている」
「もちろんそうですけど、それがどうかしましたか」
「どうもこうもない。それなら堀をうがつ必要はない」
「えっ」と言って又四郎が絵図面をのぞく。
「城を取り囲む河川を堀に見立てればよいのだ」
「あっ、そうか!」
 又四郎が膝を打つ。
「隈本の南には白川という大河がある。まずそれを外堀と見立てる。次に白川の支流の坪井川と井芹川を白川から切り離した上で合流させて水量を増やし、茶臼山を囲む堀とする。茶臼山内の曲輪を分かつ堀は小さいので空堀のままでよい」
 又四郎が藤九郎の発想を飛躍させる。
「それはいい考えです。さらに合流させた川から西へと向かう支流を掘り、高橋の入江につなげば、城下と有明海がつながることになります」
 高橋の入江は、有明海まで続く河川物流の要だった。
「むろん白川の水運も利用したい。白川が最も坪井川に近づくところにいしども(石の堤防)を設け、白川をさかのぼってきた船の荷は、石塘を伝って坪井川の船に積み換えて城まで運ぶ。石塘は水害をなくして新田を開発できるので、一挙両得で農民たちも喜ぶはずだ」
「しかも川の付け替えだけなので、堀を掘るよりもはるかに少ない労力で行えますね」
「その通りだ。これなら城の堀としても、河川交通網としても、また治水にも役立つ」
「そういえば源内殿は、治水を専らとしてきたのではありませんか。堀をうがつことより、河川の付け替えの方が得意ですよ」
「あっ、そうだったな。これはよい」
 その時、障子の外から再びたつの声が聞こえた。
「あなた様、又四郎、まだ団子がありますけど、もっと食べますか」
「団子はもうよい。それよりも、たつ、でかしたぞ」
 たつが障子を開けて団子の皿を置く。
「何がでかしたのでございますか」
「いや、そなたのお陰で、大きなやつかいごとが一つ片付いた」
「はあ」
「姉上の団子のお陰です」
 又四郎が再び団子にかぶりつく。
「よく分かりませんが、よかったのですね」
「そうだ。本当によかった」
 その後も二人のかんかんがくがくの打ち合わせは続いた。一晩では細部までは詰められなかったが、最大の難点だった堀の掘削がなくなったことで、人員計画が随分と楽になった。
 夜半になり、又四郎は「これで愁眉が開けました」と言って帰っていった。

 深夜になって寝室に入ると、まだたつは起きていた。
「先に寝ろと言ったのに」
「まだ旦那様が起きているのに、先に寝床に入るわけにはいきません」
「九州では、そういうものなのか」
「はい。こちらの女子は、相手が旦那様であっても言いたいことは言います。しかしその分、旦那様に尽くします」
「なるほどな。それが九州の女というものなんだな」
 藤九郎が寝床の上に胡坐あぐらをかく。
「だから喧嘩の時は遠慮しません」
 たつの真剣な口調に、つい藤九郎は笑ってしまった。
「そなたには苦労を掛ける。だが、これがわしの仕事なのだ」
「分かっています。存分に腕をお振るい下さい。旦那様は『もといちしろとり』なんですから」
「日之本一かどうかはどうでもよいことだ。ただ日本一の城を造り上げる。わしに課せられた使命はそれだけだ」
「あなた様は、真の城取りなんですね」
「ああ、それしか取り柄はないからな」
 たつがしみじみと言う。
「持って生まれた才を使い切ることこそ、男子の本懐です。わが父は一介の農民でしたが──」
 たつが悲しげな顔をする。
「妻子けんぞくのため、地域のため、力の限り生きました」
「そうだったな」
 藤九郎の脳裏に、ろうの面影が浮かぶ。
「死の直前、父は『無念なことは何一つない』と言っていました。当時はその真意など考えようともしなかったのですが、今となっては、それがいかに含蓄がある言葉か分かります」
「義父上は最期の時、『無念なことは何一つない』と仰せになったのか。わしも、そんな言葉を口にして死にたいものだ」
「何を言うのですか。あなた様には、まだまだ生きてもらわねばなりません」
「そうだな。だが先々、何があるかは分からぬ。死が突然訪れても、悔いのないように今を生きたい」
 ──父上、あの時、悔いはありませんでしたか。
 藤九郎の父は、仲間たちと一緒に安土城を守って死んだ。その時、父が何を思っていたのか、今なら分かる気がする。
 ──戦国に生きる者には、いつ死が訪れるか分からない。だからこそ今を懸命に生きるのだ。
 藤九郎の脳裏に、不慮の死を遂げた藤十郎の面影もよぎった。あの時は、「さぞ、無念だったろうな」と思ったが、藤十郎も全力を尽くして生きていた。
 脳裏に浮かぶ藤十郎が、人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「兄者、わしには何の悔いもない。やるだけのことはやったのだ。兄者もやるだけだ」
 ──そうだな。藤十郎。わしも、やれるだけのことをやってやる!
 その時、ふと傍らを見ると、たつが静かな寝息を立てていた。
 たつの横顔を見ながら、藤九郎は全力で城造りに取り組もうと思った。

>>#9-5へつづく ※11/8(金)公開
◎第 9 回全文は「カドブンノベル」2019年11月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2019年11月号

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