menu
menu

連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.9

秀吉が死に、家康に不穏な動き……。清正は危機感を強める 伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」#9-1

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」

この記事は、2020年1月10日(金)までの期間限定公開です。



前回のあらすじ

安土城と運命を共にした父から「城取り」の秘伝書を受け継いだ藤九郎は、加藤清正に仕えて肥後に渡る。到着後すぐさま、地元の民を味方につけて治水を成し遂げ、清正に取り立てられた藤九郎は朝鮮出兵にも同行し、成果を挙げた。しかし、帰国早々、清正から大坂城に勝る城を急ぎ造れと命じられ、頭を悩ませていた。しかもその矢先、いつも藤九郎を励まし、片腕として働いてくれていた弟の藤十郎と秘伝書を、火事で失ってしまったのだった。

 第四章 天下静謐

 一

 小さな島国に大きな嵐が吹き荒れようとしていた。
 とよとみひでよしろうもうによって引き起こされたぶんろくけいちようの役は、諸大名の勢力均衡の上に成り立っていた豊臣政権の屋台骨を揺るがすほどの衝撃だった。しかも何ら得るものなく撤兵という事態になり、渡海させられた諸大名は大きな痛手を負った。
 慶長三年(一五九八)十二月にちようせん半島からの撤兵は完了したものの、豊臣家はとうきよまさほそかわただおきはちいえまさふくしままさのりとうどうたかとらくろながまさあさよしながら武断派と、いしみつなりら奉行衆、もうてるもとひでいえうえすぎかげかつたけよししげを中心とするりよう派(文治派)に分裂し、一触即発の危機を迎えていた。
 双方の対立を利用して勢力の拡大を図ろうとしていたのが、諸大名中最大の二百五十五万石の版図を持つとくがわいえやすだった。家康は武断派に近づき、勝手に子弟の縁談を進めるなどして、早くも秀吉の遺訓に反することをやり始めた。
 それでも秀吉はその生前、自らの死後、家康が勃興してくることを見越し、その歯止めを様々に用意していた。その最たるものが諸大名第二位の百万石を有するまえとしいえだった。しかし利家が翌慶長四年(一五九九)うるう三月に死去することで、大きな歯止めはなくなった。
 利家死去の夜、武断派七将は石田三成のだんがいを求めてふしまで押し寄せ、三成を追い込んだ。この時は家康の仲裁によって事なきを得たが、三成は隠居させられ、政治の表舞台から姿を消した。
 この仲裁によって天下の信望を一身に集めた家康は、同年四月、伏見城西ノ丸へと移った。
 続いて家康は「たいこう殿下の遺命」と称し、よど殿を自らの正室に迎え入れようとする。体のいい人質である。これにひでより側近のおおはるながが強く反発し、一時は淀殿を連れてこうさんに逃れようとさえした。
 こうした一連の事態に、清正は危機感を抱いていた。家康の台頭を抑えないと、豊臣政権が瓦解すると思った清正は、親しい大名たちとひそかに盟約を結んだ。これが前田としなが、細川忠興、黒田長政、浅野ながまさ・幸長父子、まさむねと交わした反家康同盟である。だが最大勢力の毛利輝元の同意が得られず、同盟は具体的な行動を見せる前に自然消滅した。
 こうしたことから、清正は次善の策として、万が一の場合に備え、秀頼をする城を造ることにした。

 慶長四年九月、図面を抱えたとうろうは一人、ちやうすやまに登った。すでに五十回ほど登ったと思うが、くわれの儀を翌日に控え、最後の検分をしようと思ったのだ。
 茶臼山の落葉樹は、これが最後となるのが分かっているかのように紅葉していた。その色彩の奔流の中を歩いて山頂に着くと、先客がいた。
 先客は一人、紅葉に彩られたくまもとの町を眺めていた。
 先客が誰かは、その広い肩幅と大きな頭からすぐに分かった。
「これはきんかん殿ではありませんか。何を眺めておられる」
 その男は敵意をあらわにした顔を向けてきたが、藤九郎のことを思い出したのか、すぐに柔和なものに変わった。
むら殿でしたか。故国では、お世話になりました」
「こちらこそ。もうこの国には慣れましたか」
「はい。何とか──」
「今日はお一人ですか」
「ええ。こうして木々が色づくのが不思議で、つい山頂まで来てしまいました」
「そうでしたか。こうした光景は、故国で見られないのですか」
「はい。朝鮮国は禿げた山ばかりなのです」
 朝鮮半島には禿山が多かった。長い歴史の中で伐採が続き、植樹してこなかったためにそうなったのだが、藤九郎たちが半島で城を造った際にも、建築用木材に事欠くことが多くて難渋したのを思い出した。
「この国の人々は、山の木を大切にするのですね」
「はい。そうしないと、次の時代に困りますからね」
「半島の人々はそうではない。すべて自分のことしか考えなかった」
「生きるのに精いっぱいだったからでしょう」
 それが民族性の違いなのは明らかだが、戦乱が激しかったのは日本の方であり、どうして半島に植樹の習慣が根付かなかったのか、藤九郎には不思議だった。
「それにしても金宦殿は、随分と和言葉が上手になりましたね」
「ええ、こちらで生きることを決意した時から、懸命に学びました。今では和言葉で書かれたものも、読めるようになりました」
「それは凄い。上達が早いですね」
 藤九郎が複雑な笑みを浮かべる。
 金宦は本人の意思にかかわらず「ぎやく」とされ、朝鮮国にいられなくなった。むろんその原因は日本軍の侵攻にあったのだが、そうした運命を受けれ、前を向いて生きようとしていた。
「殿からは二百石ものろくももらい、今は勘定方で働いています」
「それはよかった」
「私は故国を侵略した日本が憎い。しかし殿のご恩は忘れません。終わったことは終わったこととして、過去を忘れて前を見ていきたいのです」
 その胸中を推し量るすべはないが、故国を捨てることが金宦の意にそぐわなかったのは明らかだ。それでも金宦は過去を振り捨て、新たな道を歩もうとしている。
 ──わしも、いつまでも過去にこだわっているわけにはいかない。
 藤九郎は、かけがえのない弟と父の秘伝書を同時に失った。それが自信の喪失につながっていたのだが、ようやく大工頭として、自らが陣頭に立つはらを決めることができた。
「過去にこだわらないあなたは立派だ」
 藤九郎の言葉に、金宦が首を左右に振る。
「立派なことはありません。わが国では過去にとらわれ、いつまでも憎悪の感情をき出しにする人々のことを〝フアビヨン〟と呼んで嫌います。そうした先人の教えが、脈々と受け継がれているのです」
「そうだったのですね」
「しかし私などは、殿に比べればたいした者ではありません」
「何を仰せか──」
「嘉兵衛殿は誰よりも立派だった」
「その通り。嘉兵衛殿は誰よりも立派だった」
 藤九郎の脳裏に、嘉兵衛の笑顔が浮かぶ。
 金宦が問う。
「日本人は『サダメ』という言葉をよく使いますね」
「はい。日本人は何事にも最善の努力をします。それでも避けられない運命に出遭ってしまえば、従容としてそれを受け容れます」
 金宦が首をかしげて問う。
「ショウヨウとしてとは──」
「慌てたり騒いだりせず、ゆったりと心を落ち着け、何事でも受け容れる心構えのことです」
「それが、自分の意にそぐわないことでもですか」
「はい。最善を尽くした者は、どのような運命も受け容れられます」
 金宦の顔に笑みが浮かぶ。
「従容として、か。私の国にはない言葉です」
「日本だけにある言葉なのかもしれません」
 二人の間に沈黙が訪れる。狭い海を隔てているだけだが、文化的にも精神性の面でも、両国の間には大きな隔たりがあった。
 金宦が話題を転じる。
「この地に、大きな城を築くと聞きました」
「はい。殿の言いつけで日本一の城を築くつもりです」
「そうですか。城はいい」
「それは、どういういいですか」
「城はそこから動かない」
 金宦の言っている意味が、藤九郎には分からなかった。
「はい。城は動きませんが──」
「城は守るためのものであり、攻めるためのものではありません。どんなに強い城を築いても、他国に攻め入ることはできない」
 ──そういうことか。
 藤九郎は衝撃を受けた。
「そうです。城は守るためのものであり、攻めるためのものではありません。世のせいひつを守るために、われら城取りは城を築くのです」
「それは、とてもよいことです」
 自国を攻められ、国土を引き裂かれた者にとって、それはを吐くような言葉に違いない。
「金宦殿、われらはもう他国へ攻め入りません。この国が静謐であれば、それでよいのです。わが殿も、半島からもろこしに攻め入ることに、当初は何の疑問も感じませんでした。逆にヤンバン階級の支配から民を救うという大義を掲げていました」
 朝鮮国には支配階層の両班、医師や教師といった知識階層の良民、そして売買の対象とされていたの三階層があった。しかも全国民の六割が奴婢で、そのえんの声は海を渡って日本にまで聞こえてきていた。豊臣勢は奴婢層を味方に付けるべく解放者を装い、侵攻当初は奴婢階層の歓迎を受けるほどだった。
「それがむなしいことだと、殿は気づいたのですね」
「そうです。殿は誰にも負けない武人であろうとしました。しかし半島に行って気づいたのです。『人を殺すことが武人の仕事ではない。人を守ることが武人の仕事だ』と」
「殿はそう言ったのですね。いち早く、それに気づいていれば、あれほど悲惨なことは避けられたのですが──」
 その言葉には、万感の思いが籠もっていた。
「だからこそ恒久の静謐のために、この城を築くのです。金宦殿のお力も、ぜひ貸して下さい」
「もちろんです。勘定方として力を尽くすつもりです」
「ありがとうございます」
 藤九郎は深く頭を下げた。
「では、これで──」と言って去りかけた金宦が言う。
「私は築城についてよく分かりませんが、仕事柄、各地の朝鮮の城には行ったことがあります。こちらとあちらの城の造り方は根本から違うので、お役に立てるかどうかは分かりませんが、もしも何か困ったことがあったら、話を聞きに来て下さい」
「かたじけない」
 藤九郎は金宦の思いやりに言葉もなかった。
 本来なら日本人は、憎みても余りある侵略者なのだ。にもかかわらず憎悪の感情を捨て去り、この国のために尽くそうという金宦の気持ちに、藤九郎は打たれた。
 ──過去にこうでいせず、前だけを見つめる。これが真の男だ。
 藤九郎も金宦を見習おうと思った。
 ──とうじゆうろう、見ていてくれ。
 天の藤十郎が力強くうなずいた気がした。

▶#9-2へつづく
◎第 9 回全文「カドブンノベル」2019年11月号でお楽しみいただけます。


「カドブンノベル」2019年11月号

「カドブンノベル」2019年11月号


第 7・8 回は→「カドブンノベル」/第 6 回以前は→「本の旅人に収録。


関連書籍

カドブンノベル

最新号 2020年1月号

12月10日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP